64話 楽園の怪物
そこは、俺は夢でも見ているのか、と自分を疑ってしまうほどに綺麗な場所だった。
そこにはおよそ想像できるものが全て在り、しかし草原故に草木以外何も存在しない解放感のある、人間にとっての理想郷を再現したかのような場所だ。
エデンの園を知っているだろうか。
旧約聖書の『創世記』に登場する架空の地名。人祖アダムが創造された場所であり、後に創造された『女』であるイヴとともに暮らしていたとされる楽園。善悪を知る果実の成る生命の樹の植えられた場所だったとされている。
この世の何処にも存在せず、しかし人類の源流として今なお解析が続けられている未踏の大地。いずれ人類が到達するはずだった理想郷のことである。
例えるとしたらそんな楽園の風景だろうか。見た限りでは日本でも中東でもなく、体感的にヨーロッパのような気候だ。しかしいずれ方舟によって運ばれる動物達はいないし、木が立っているとしてもたった一本だけだ。楽園と言うには物寂しさが強い。
だからこそ、俺が創造する。
寂しい世界に文明を。
暗い世界に灯火を。
操術師としての力を使い、俺が世界を創造する。
それが新しい俺の力。
ついに手に入れた異界の勇者・嘉瀬皓のチート。
その名も――――
「《楽園郷》!」
再び至るべき楽園の模倣。
魔法で偽造した理想郷の贋作
宙を砕き大地を拓く。
山を創り、谷を創り、
海を創り、命を育む。
操術による異世界創造。
それが俺に与えられた権能だった。
「……ッ!」
ちょっと違うが、原理は『無限回廊』と似ている結界型魔法だ。俺の場合は左眼に仕込まれた魔法陣が、術者の意識の下発動して、術者の見える限りの世界を上書きする能力。指定した範囲の世界を創る『無限回廊』とは、そこだけが違う。
世界の一部分を抉り取るだけあって代償は大きく、人間の可能な域を優に超える情報処理能力を求められ頭痛が頭を蝕んだ。ズキンと来る酷い鈍痛。鈍器で殴られるかのような鈍いはずのいたみなのに、しかし何処か頭を刺されるかのような鋭い痛みだ。
『五十の魔脳』で魔力の通りを少なくしていると言うのに、これほどまでの痛みがする。もし『五十の魔脳』を使っていなかった時のことを考えるとぞっとしてしまう。
また、少しだけだが怠さも感じる。体内の魔力を全て搾り取られると、精神疲弊が起きるのだと言う。体内の力が吸い取られるような感覚があったから、おそらく魔力が無くなったのはそこだろうか。
「嘉瀬くん、大丈夫? 操術師なんだから、私のサポートに回ってくれても………」
「……大丈夫、ちょっと疲れただけ。早乙女さんこそ下がってていいよ。ここは男である俺が頑張らなきゃね!」
こめかみを押さえる俺を気遣ってくれる早乙女さんに、どんと胸を叩いて、大丈夫だからと言う旨を伝えて下がるよう促す。
「……さて、さっさと終わらせようか」
魔力が雷を帯びたかのように白く弾ける。
世界創造は如何なる時も雷霆から始まるのである。ほとんどの天空神が光を纏っているように、この世界の天空神である俺の操術にも雷の白光が帯びる。
「所詮、この世界は使い捨て。好きに弄って好きに捨てる。俺だけの世界だからな。……さぁ、低脳の魔族共。お前ら、この世界で暮らす度胸はあるか?」
手厚く歓迎しよう。世界の創造者として。
異世界からの来訪者達を。
「 生まれろ 」
楽園の土が盛り上がり、生まれ出でるのっぺらぼうな土の巨人。その絶無の視線が向かう先は、創造主とは別種の人間、魔族と呼ばれる概念の擬人化達。
「ォォ――――――――!!!!」
「×××!!」
土の巨人が咆哮を一つあげると、魔族達は「化け物め!」とアキラを罵倒して、果敢に矛先を向けて突撃してくる。
しかしそんな蛮勇極まる無謀な蛮行を土の巨人が、ひいてはアキラが許すはずもない。バチッ、と再び雷光を煌めかせ、楽園郷に操術を掛ける。
「無謀な突撃、大いに結構! 足元を掬われないと良いな、魔族にとっての英雄達よ!」
「××××!?」
俺の言葉に何かを言い返した瞬間、魔族達の膝が覚束なくなって這いつくばってしまった。
「だから言ったのに。足元がお留守だぜ」
俺は親指を下げて、奴らの失態を明確に教えてやる。
半自動ランニングマシン。冒険者としてクエストをこなしている時に思い付いた戦法だ。
俺の言葉に激昂したらしい魔族達は、自分の得物を手に取り、力の入らないはずの脚を懸命に動かして走り始める。
「あれ。うそぉ、それで立てんの?」
まぁ、言ってもランニングマシン。と言うよりも、それを無理やり模倣しただけのモノだ。そもそも走るための機械を模倣しただけだから、走れるのも当然と言えば当然だが……
いやはや、慣れと言うものは恐ろしい。異世界のアイデアでさえも慣れてしまえばこんなものだ。もう少し策を練るべきだったかと後悔する。
「――――早乙女一刀流剣術・奥義」
「……早乙女さん?」
姿勢を低くし剣の刃を下げた晴眼で、大きく息を吐き出し集中し始める。肺の空気を全て出し切ったのかと思ってしまうほど、空気を吐き出した早乙女さんは、ギンと獲物を見つけた猛禽の目付きで魔族を捉えた。
「六根星断!」
「うわぉ!」
一瞬のうちに魔族へと肉薄した早乙女さんは、見ていても気付かないほど速く背中から剣を上段へ振り上げて、恐るべき速度で振り上げた剣を振りかぶり魔族の身体を頭から両断した。血潮となって半分になった魔族は、右半分は後ろに倒れ、左半分は前へと倒れてきた。絵面はもはやスクラップホラーである。
しかし恐ろしいかな。一連の技は元の世界から早乙女さんが伝来した、魔法の魔の字もない世界の技なのである。三段に積み上げた瓦ですら綺麗に断つと言われる、早乙女流剣術の奥義なのである。現代の神秘だろあれ。
「おお〜……!」
思わず拍手喝采した。
本来ならお金を取って然るべき大業を、共闘すると言う形で見れることになるなんて思わなかった。早乙女流剣士まじやべぇ。
「これでわかったでしょ? 私は大丈夫だから、前線は任せて!」
「え、ぁ、おう!」
了解する。剣士との共闘は慣れている。ようするに、いつものことをやれば良いだけ。しかも《楽園郷》を開いて、もはや大地との共感覚を行わなくても良い状態なのだ。存分に俺の力を振るえる。
「土の巨人、改造!」
俺は土の巨人に手を伸ばして指示を出す。のっぺらぼうな土の巨人を解体し、その土で新たな巨人の鋳造を始めた。
土の巨人よりは背は低く、しかし五十の頭を持ち、百の巨腕を束ねるギリシャ神話最強の巨人。あの日、あの森で散々暴れ回った、今の俺の操術の鋳型。
「百腕巨人・偽!」
不敵に笑う無表情を思い出す。
後に聞かされた苦戦を思い出す。
そしてそれを鋳型として構築し、『俺』と言う溶けた金属を加工する。出来上がるのは勿論、百腕の巨人を模倣した嘉瀬皓だ。
「さぁ、計画的蹂躙を始めよう」
小さな百腕巨人は不敵に笑った。
そして楽園の端では中性的な少年が一人、実に満足そうに目を細めて笑っていた。
《楽園郷》
嘉瀬皓の権能。指定した範囲に結界を張る『結界魔法』ではあるが、発動するために必要な魔法陣は左眼に仕込まれている『結界眼』として術式が構築されている。使用時には左眼に魔力が通るため赤く光る(赤色はアキラの魔力の色)。
アキラにとって都合の良い世界(アキラにとっての楽園)を再現、移動する能力であるが、同時にアキラが指定すれば他人も連れて行くことも可能。
ただし『別の世界に転移した』と言うわけではなく『世界の一部を異界に上書きした』と言う方が正しい。




