Side.B サムライ少女は剣を抜き、彼は此処に帰還する
一条と鈴木が竜殺しと合流する半刻ほど前。
一条達が向かった西門とは真逆の東門。
そこには密かに王都へと忍び寄る影が、夜闇に紛れてその異形の形を潜めていた。
その数は見えるだけでも十数を超える。潜んでいるとなるとそれ以上の数は確実に存在しており、もはやこの東門は囲まれていると考えてもいいだろう。
その門の上に一人、石垣の後ろに背中を付けて待つ四人の少女がいた。
「彩花ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫。まだバレてないみたい。汐梨さん、そっちは準備できてる?」
「……一応、標的はロックしてるけど。いくら勇者の弓だからって、全部仕留め切れるわけじゃないからね?」
「わかってる。出来るだけ多く削りたいだけだから……」
「撃ち漏らした時はアタシに任せて!」
元気の良い声を返す少女……蓼丸桃花は、隠れている人達にもバレてしまいそうなくらいに大きな声を出して、優梨にしーっ、と嗜められる。
「隠れてるくらいだから少人数なんだろうけど。最悪、精鋭揃いだから気をつけなきゃね」
「……アンタ、そこまで考えられるようになったのね」
「どういう意味!?」
思い返される古い思い出。
一人で突っ走って転んだり、気になる人に突撃して気不味い空気を作っちゃったり、頭は良い癖に考えないことが多いからやることなすこと空回りが多い日々だった。
けれどそんな優梨が、後先のことを考えて友達にアドバイスをするくらいに成長していた。ずっと優梨のフォローをし続けた彩花にとってこの優梨の成長は、まさに大躍進であった。
「…………さて、私が先陣を切るわけだけど、準備は万端かしら?」
「もちろんだよ!」
「ええ。前線は頼むわ」
「任せたからね!」
「うん。……じゃあ、」
スッと立ち上がり、夜闇に覆われた草原を睨む。
「いってきます」
「気を付けてね」
門の上から飛び降りる。
スタンと地面の草を揺らして着地した彩花は、ゆっくりと前の敵を見定める。隠れてはいるが隠れきれていない魔族が数名。しかし全て斬り伏せる以上、目立った問題ではない。
「早乙女一刀流剣術」
「××××! ×××××××××!!」
魔族の1人が叫ぶ。着ている甲冑を見た限り、おそらくあの集団の頭角だろうか。
魔族は完全実力主義だと言う。ならばあれが1番強い敵なのだろう。
殺すべき標的を視認した後、姿勢を低くして、チャキン、と音を鳴らし剣の鍔を弾いた。クラウチングスタートにも見える、歴とした抜刀の構え。
「岩礁突き」
早乙女流。
江戸時代末期の無銘の剣術家、磧童心が開いたとされる小さな流派が系譜とされる古流剣術。人を殺めることに特化しており、堅実に首を狙い澄ました殺人特化の技法や足運び、断つための刀を鈍器として扱う力技等、およそ体術に近い剣術だ、
『勝つためなら手段を選ばない』を地で行くその有様は、元の世界の剣術界に多大な批判と不満を煽り、次第に入門する人は少なくなっていた。それを真っ当な剣術として再構築したのが、今の早乙女流の師範代である彩花の父だった。
元の剣術の面影を残した一刀流から始まり、二刀流、抜刀術等、彩花の父は天性の才能を活かして様々な技を編み出し、しかし元の剣術を絶やすことなく続けた技術なのである。
そしてそれは彩花にも伝授され、父親の才能を引き継ぎ、剣士としての才能を開花させた彩花は完全に極めた。今の彩花の強さとは親子二代で作り上げた、言わば早乙女家の華なのである。
(脚の筋肉に力を込めて、カウント3秒。1秒毎に一歩踏み出し、剣の射程内に入り込んだ敵に斬り込む3連撃)
一歩、踏み込む。
愚かにも射程内に入り込んだ敵に、彩花は研ぎ澄まされた刃を振るう。鞘から引き出した剣を円型に振るい、鎧に固められた胴体を切り裂く。
二歩目。
今度は無防備になった右腕を切る。動脈を切られた魔族の腕はぶらんと垂れ、生涯動かなくなってしまう。その一連を見届けることもせずに、彩花は次の一刀の準備を始める。
三歩目。
故に最後。体全体で力んで急ブレーキを掛ける。しかし剣を持った片手の勢いを止めることはせずに、心臓目掛けて剣を突き出した。
「…………ふぅ」
「×××××××××××××!!!!」
注意するべきは3点。
1,倒しても慢心しないこと。
2,技に身を委ねないこと。
3,これが剣術の技であることを忘れないこと。
剣術の大会は基本的に一対一で行われる。したがって試合に手を出す者はおらず、倒しても気を付けるべきは倒した相手だけに意識を向けるだけで事足りる。
しかし此処は戦場だ、一人倒しても続々と次の相手がやって来る。技を使った後の彩花は疲れた体を起こし、次なる相手を見定める。
「――――赫炎の鏑矢!」
彩花の後ろが赤く光った。
まるで太陽のように赤々と光る赤銅の光。その光源である、伊藤汐梨の弓の先端では、轟ッ! と燃え盛る無情の炎。
矢が放たれる。
花火が打ち上がるように目で追いつける程度の、しかし人では追いつかないほどに速く上へ上へと上がって行く。
「雨!」
炎が弾け、分たれた。
赤銅の焔は何条もの流星と化して、地上で呆ける魔族たちに襲いかかる。体を貫き焼き焦がし、癒えることのない焼傷として己の力を刻みつける。
「――来た! 伊藤さんの補助魔法!」
先だって頼んでおいた補助魔法。
誰も手が届かない空からの奇襲。魔法を扱う弓使い、魔弓使いである伊藤汐梨であるからこそ任せられる全滅必中の補助魔法だ。
「××××××!!」
逃げろ、と叫んだ。諦めればいいのに、と彩花はため息を漏らすが、しかし逃げられる者は此処から逃げ果せるだろう。だからこそ、此処に彼女を連れてきた。
「無限回廊」
無限回廊。
蓼丸桃花の勇者としての器が用意した、彼女専用の結界型魔法のチートだ。
四角い箱のような物を作り、その結界内から逃げ出そうとする者を箱の中心へと転移させる、言わば脱出不可能な無形の監獄。汐梨の【赫炎の鏑矢】も指定内に組まれており、炎矢に当たらないというのは物理的に不可能になる。
「×××……! ××××××!!」
結界に囲まれた瞬間、逃げるのを諦めた魔族の1人が、彩花目掛けて突撃してくる。そうなれば他の魔族も襲いかかって来るのは必然となり、共に無限回廊に誘われた彩花が危ぶまれるのは当然となる。
予想していたよりも早い反撃に、型の準備をしていた彩花はたじろいで剣の握りが甘くなる。しかし流石は現代の剣豪と言うべきかすぐに剣を握り直す。だが魔族の行動が彩花の一歩先を行っていたこともあったのか、今から剣を振っても追いつかない程度には魔族の得物は近づいていた。
「やばっ……」
「逃げて! 彩花ちゃん!」
彩花の鼻先まで迫る、黒い得物。
振るわれる物が何だったのか、彩花には視認していないからわからない。けれど、人間の頭蓋を割れるくらいの物だったことはわかる。故に、彩花は初めて恐怖した。
これから死ぬ。死んで仲間に、友達に迷惑をかける。
ならばいっそ、死んでも戦い続ければ――――
「――――諦めるのは早いよ、早乙女さん」
ずんっ、と体が重くなる。
己を大地に縛りつける引力が倍増したのではないか、と錯覚を覚えてしまうほどに体に掛かる負担が大きくなる。
それは彩花に得物を向けていた魔族を同じだったのか、苦しそうに得物を振るう手を地面に下ろした。
彩花には何が起きたのか分からなかった。故に周囲を確認するために引力のせいで重い首を左右へ振り、最後に後ろを確認した。そこにはフードを目深に被った少年の姿があり、
――――瞬間、世界が切り替わる。
夜闇が暗く覆う草原世界から、太陽が頭上にでんっと昇っている草原世界に変わり、周囲を見渡すと自分と同じくいきなりの転移に戸惑っている魔族達も見えた。その先に一本の大きな木が聳え立っており、薄緑に光る大きな葉が滑稽にも戸惑う自分達を見下ろしているようにすら見える。
「なっ……!?」
「すごいだろ。あれの樹齢を計算できる人なんていないらしいぜ。なんせこの星が生まれる以前からあるからネ!」
「あ、貴方……」
昔とは違う雰囲気を纏った少年。姿形は変わっていないのに、昔の弱々しい雰囲気な無くなり、どこか貫禄のような物すらある不思議な少年。
嘉瀬皓。カセ・アキラ。親友が恋い慕う土の操術師は、英雄然とした風貌で、左眼の瞳孔を薄く赤く光らせながら、その草原に立っていた。
「どうも早乙女さん、お久しぶりです。それと、お騒がせしました。嘉瀬皓、地方の土地より帰って来ました!」
土の操術師が王都に帰還した。
早乙女流は架空の武術ですから、作者の文章力では描写するのに時間が掛かります。




