63話 それはある日、夢の中で
『…………て…………きて…………起きて』
夢現の間を彷徨うような感覚とともに、アキラは耳に届いたか細い声で覚醒する。
開いた視界一杯に収まっているのは、アキラが見たことのない中性的な顔立ちの女性。光を失った虚な瞳に、透き通った白い肌の女性。灰色の髪がアキラの顔を擽り、同時に後頭部の柔らかい感触に驚愕を感じる。
俗に言う、膝枕だ。
母親が耳掻きをしてくれた時以来の、久しぶりの女性の膝枕。知らない女性にしてもらっていると言う点を除けば、男として悦ぶべき特殊事案だろう。
しかしアキラは何故か、彼女は男だと思ってしまう。見た目は完全に女性。矛盾が生じるが、しかしそこまで気にはならない。女性の身体的特徴もいくつか散見される。
だと言うのに、だ。そのせいか、喜び恥ずかし高鳴る胸の鼓動も、密かに鳴りを潜める。
「きみは……?」
彼……いや、彼女に問いかける。
彼女は虚な目を刹那の間閉ざすと、再びアキラの目と視線を交わして答える。
『◯◯……いや、エバ……ううん、アグノス。今のボクは、そう呼んで』
「わかった……なぁ、アグノス」
『なに?』
アグノスは首を傾げる。
「キミは、何者なんだ?」
『……それは、まだ答えられない。けど、貴方の敵ではないことは明言する』
「敵ではない……味方ってことか?」
『違う』
「じゃあ、なんなんだよ」
『この世で最も関係がない者。それがボク達の関係』
「……はあ? 関係がないだぁ?」
アグノスの言葉に、今度はアキラが首を傾げた。
関係がないのに、こんなところで不思議体験するか? いや、ないね。
俺は思ったことをそのまま口に出す。
「関係がないのに、なんでキミは俺と話してるんだ? もっと身近な人と話してやれよ」
『ボクとキミの、『身近な人』に対する認識はあまりにも違う。だからボクにはキミの言う『身近な人』と言うのがわからない』
「それ、あんまり言わない方が良い。友達できないヤツの台詞だぞ」
『ボクは概念的な友達なんて、出来ないからね』
「わかるよ、言い訳したくなるその気持ち」
元々俺はぼっちだったからね。
周りの人間と自分の趣味が違うだけで、内輪から外される世界に生まれたからよくわかる。
ちなみに俺だって趣味の合うヤツを探せていれば、ぼっちではない程度のコミュ力の持ち主なのだ。
リーシャやバカラ、スコットさん、冒険者ギルドのヤツらと同じ環境で生きていられるのもそのおかげだ。
周りの奴らに合わさず生きられるこの世界は、おそらく元の世界よりも素晴らしい世界と言えるだろう。血縁者が1人もいないと言う寂しい気持ちもあるが。
『それより、ボクがキミと話している理由』
「おう」
『キミが、ボクの関係者じゃないから』
「……?」
またしても、意味がわからない。
と言うか、アグノスの言い方は、少し説明が足りないような気がしてならないのだ。
「おい、それってどう言う――」
『これ以上は、言わない。それと、本題』
「これ、本題じゃなかったのか」
まぁ、言われてみればそうか。
呼ばれた側である俺の質問は終わったが、呼んだ側であるアグノスの話は聞いていない。
『ボクを、助けて…………契約をして欲しい』
アグノスは切に祈るように、胸の前で手を握って虚な視線を此方に向ける。まるで神に願っているようだ。
そんなお願いをされても困る。
「キミを助けるための契約?……いや、俺よりももっと他に適任がいるだろ」
『……? だれ?』
「いやほら、勇者とか」
『でも、キミは、その勇者を助けに行こうと……してるよ?』
「おう。まぁ、シャルのついでにな。アイツらは勇者だし、そんな簡単にはやられないだろ」
俺よりも強いヤツだっているはずだ。
一条や鈴木なんてその代表格だろう。俺よりも強く、俺よりも多くの人々を守ることができる。
俺が守れるのは精々、守ろうと決めた人だけだ。その枠はすでに空きがなく、リーシャとナズナ、そして命の恩人達で埋まってしまっている。
『キミは、勇者と言う存在を過信してるね』
「他の人も大概そうだがな。少なくとも皆、昔の俺よりは強いし。ほら、一条とか鈴木とか、それこそ柏原さんだって」
『それは違うよ、アキラ』
「あ?」
『少なくともあの時、貴方の実力は召喚された中でも、中堅』
「それはないな。俺はあの中で最弱だ」
『ううん。ボクの見立てだと、一番弱いのは一条勇気だよ』
「それはないな、絶対だ」
そんなことがあるわけがない。
アイツは俺達の中で最も多くのスキルを所持していた。ステータスも、あの中で誰よりも高かった。そんな奴が、あの中で一番弱い……いや、弱いわけがない。
筋力は騎士団長を吹き飛ばせる程度にはあったし、体皮の防御力も並みの拳撃であれば弾くほど。魔力だって自動回復するから、ほとんど無限みたいな物だし……
アイツが弱いのはなんて言われたら、それよりも弱い俺達はどのレベルの存在なのだろうか。俺達は必要だったのだろうか。
必要がない、なんて言われたら、それこそ俺達は立てなくなってしまうことだろう。王国に反旗を翻して、勇者としての力を存分にこの世界の人間へと容赦なく打つけるだろう。その程度の力は、もう得ている。
けれど、アグノスの見解は違うらしい。
『あのスキルの多さは、言えば諸刃。しかも鋭い切れ具合の、厄介な代物』
「伝説の剣だと思うがな」
『高いステータスは慢心に繋がる。戦闘の素人がそんなものを持ったら、自滅しかねない。だから、あなたのステータスは理想的』
操術しか出来ないけどね。土しか動かせない、クソみたいな能力なんだけどね!!
『だからこそ、キミに頼みたい』
「……自分を助けてくれ、ってか。無理だ。無理無理。俺はこれから死力を尽くして、守らなきゃいけないヤツらの所へ行くんだ。お前に構ってやれる余力はない」
『うん。けれど、下手をしたらあなたは死ぬ。けれど、キミはボクが死なせない』
「つまり戦場に行かせない……お前が俺の障害になる、ってのか?」
だとしたら、今のうちに殺っておくのも……
『ううん。壁を壊す、鈍器になる』
アグノスの考え方は、俺の考え方とは全く逆だった。
『だから、守り終わったあと、あなたには来て欲しいところがある』
「俺は一応、一児の父親なんだが」
『ボクも、だよ。まぁ、ボクの子供は、もう数えられないけど』
「だったら父親としての、親心ってのはわかるだろ。諦めてくれ」
『っ…………』
シュン、と明らかにアグノスは落ち込む。
その落ち込む様は何処となく儚げに見えて、願いを断ってしまった罪悪感に駆られる。
さらに目元まで潤ませ始めた。何か事情があるのだろうが、その事情を話そうとしないあたり、俺は彼女を信用することが出来ない。
「あー……えっと、事情があるなら、聞くぞ」
『……いまは、言えない。けれど、いつかあなたには話す。だから……!』
鼻腔を擽るフローラルな香り。
男とは思えない女性の様な香りが鼻先まで近づき、俺は顔面を真っ赤にして後退りする。
男からこんな香りがして良いのか、と言う疑念が腹の底からふつふつと湧き上がる。
まぁ、出された条件を考えなければ、この契約はかなり好条件だ。リスクはその時になんとかすれば良い。今の最優先目標は王都に侵攻して来た魔王軍の討伐だ。
「…………わかっ、た。わかったよ。契約する。すれば良いんだろ」
『あり、がとう……!』
「けど、障害を壊す鈍器になる、っつっても、具体的に何をするんだ?」
『あなたに加護を与える。多分、今のあなたにはそれが十分』
「加護? そういやお前、最初女神だとか……」
瞬間、ガクンと膝が崩れ落ちる。
俺の頭よりも低い位置にあったアグノスの顔が、俺の頭一つ分上の位置に見える。
「――――あ、?」
『異界から来訪せし土の操術師、カセ・アキラ。あなたに、土より生まれし我が真名の名の下に祝福を授ける。満たせよ、満たせ。力を、満たせ。
我が真名は――――
[◯◯◯]』
ぽわっ、と目の前が白い光に包まれる。
しかしその光は決して眩しいものではなく、むしろ何か優しいものを感じる。
暖かい。温かい。
木漏れ日に包まれるかのような陽だまりの中で、身を投げ出して日光浴をしているかのような気分だ。
やがて、怠惰な眠気が襲ってくる。
『あなたに、星の祝福を』
アグノスの性別がはっきりしないのは、彼(彼女)の出自に関係しています。




