62話 出立の刻
人魔大戦が始まると言われても、結局のところそれは予言が的中する前提での話なのだ。
近いうちに始まるとはシャルが言っていたのだが、これはシャルが断定したことではなく、王宮に在籍している凄腕の預言者が言っただけの凶言。
第二次で燻らせている感情が、いつか爆発して第三次勃発みたいなことがないわけでもないが、起こらなければ平和な日常が続くだけだ。
俺は今日も遊びに来たスコットさんとナズナが遊んでいるのを横目に、食後の食器洗いに勤しんでいた。
この世界には洗剤がないため、皿洗いは水洗いのみだ。しかし食事大国である日本生まれである以上、俺の食事に対する欲は捨てずに、料理と皿洗いに向けている。
一目見て磨き残しがない程度にはキラキラと輝く皿に満足した俺は、冷たくなった手を布で拭きながらリーシャの元へと近づく。
「今月は大丈夫そうか?」
「はい。なんとかなりそうです」
リーシャに任せているのは金銭関係だ。俗に言う家計簿と言うやつである。
日中は俺が仕事(土木関係)に出ているので、リーシャにはナズナの面倒を任せている。そのため俺はあまりお金を使わずに取っておく癖が付いてしまった。
だから稼いできた給料のほとんどは、ナズナの養育費に充てることにした。
しかし俺がナズナと一緒にいられる機会は、リーシャに比べれば極端に少ない。
パパっ子として――と言うか魔力の波長が似ている俺しかいない状況で生まれてきてくれた故か、父親嫌いにはなっていないようだ。
しかしこんな状況がいつまでも続けば、親離れしていってしまうのも時間の問題……
「由々しき事態だ」
「親バカですね」
……なるほど、これが親バカと言うのか。
娘に親バカになる父親の気持ちが良く理解できる。すみません。娘に嫌がられてるのに絡む親バカの皆さん。今まで小馬鹿にしていて、誠に申し訳ありませんでした。ようやく気持ちが理解出来ましたよ。うちの子マジ可愛いです。
しかしそんなことも言ってられない状態だ。戦争が起きたら参戦する。それが今の俺の、最優先でやるべきことだ。
シャルの頼みは断ってしまったが、それはそれとしてやらなければならないことが、人魔大戦には沢山ある。命の恩は返さなければならない。
「スコットさん。少しお話が……」
「ナズナちゃんのことでしょ〜? 聞いてるわよ〜」
「え」
「リーシャちゃんからね〜」
「え」
そうなの? と思いリーシャを見る。
リーシャは頷くだけ、しかしそれで十分だった。
「神妙な気持ちになっていたのって、もしかして俺だけ?」
「アキラくんが死ぬとは思えないしね〜」
「逃げるが勝ちのアキラさんですから。魔王軍如きの足の速さで、逃げ腰アキラさんを殺せるとは思えません」
「うん、リーシャ。後で話をしような?」
だれが逃げ腰だよ。
百腕巨人戦では勇猛に戦っただろ。
それ以外の冒険? 知らない子ですね。
「こんな可愛い子なら、いくらでも守ってあげるわよ」
「お願いします」
「任せなさい。というか、多分、カプアの冒険者なら全員が手伝ってくれるかも知れないわね」
「……へ?」
あの裏路地のお兄さんばりに強面達が?
「アキラくんの子供を見たい、なんて言う女性冒険者も多いのよ? なんせ血生臭い職業柄、そう言うことにはあまり首を突っ込まない人が多いから」
「あ、あぁ……女性冒険者の人達か」
あまり話したことはないが、リーシャが「なるほど」と納得して頷いているのであれば問題はないのだろう。俺が関わりを持っているのは、そのほとんどが男性冒険者達との馬鹿騒ぎだ。
「じゃあその人たちにも、よろしく言っておいてください」
「わかったわ」
スコットさんは薄く微笑むと、目を細くして窓の外に目を向ける。外はすでに漆黒の空が世界を覆っていて、浮かぶ雲も空を飛ぶ鳥も隠している。
下へ視線を向けると、ふと、知り合いが夜の街を疾走しているのが見えた。比較的治安が良いとは言え、かなり不用心だ。
「……あら?」
「ああー! ばからー!」
「……ん?」
スコットさんと窓の外を見ると、汗を垂れ流しながら走る赤髪が見ある。あんな真っ赤な髪の色は、言わずもがなバカラだ。
何やってんだ、あいつ。
たしかアイツは今日、冒険者ギルドで男衆の宴を開いているのではなかったか。俺も呼ばれたけど、ナズナに影響しないように断ったのだ。
バカラは横を通る人の肩にぶつかり、大声で「すまねえ!」と謝罪の言葉を発しながらも一直線に俺達の泊まる宿屋へと走ってくる。かなり焦っている様子だ。
バタバタと下から音がして、一度その音は鳴り止む。しばらくすると再びバタバタとバカラが俺たちの泊まる部屋へと来て、バンバンと乱暴に扉を叩く。
「おい! アキラ! 開けてくれ!」
「はいはい。リーシャ、水を用意してくれ」
「了解しました」
ゼェハァと息を切らすバカラの顔は、赤を通り越してすでに青くなっていた。
「お、おい、ァ、アキラ! は、早く――」
「待て。落ち着け。リーシャ」
「はい。バカラさん、お水です」
「あ、あんがとな、リーシャちゃん…………んぐっ、ぷぁ! すまねえ。あんがと」
飲み終えたコップをリーシャに返すバカラは、俺に向き直ると、ガシッと強く俺の肩を掴んだ。少し痛い。
「アキラ! 今すぐに王都へ向かえ!」
「ど、どうしたんだ? そんな血相を変えて……人魔大戦はまだ起こってないはずだろ?」
「もう起こってたんだよ! ほんの2日前にな!」
――――は?
「待て、どう言うことだ」
「王都からこの街の冒険者ギルドに薬草摘みを依頼に来た商人が言ってた話だ! 魔族の強襲に遭って王都の一角は取られてんだとよ! それ以降の話は知らねえが……とにかく、急いだ方が良い!」
「で、でも、そんな状況になってんだったら、少しくらいは噂になってもいいんじゃ……?」
「この街には……っつか、この辺一帯の街や村には情報規制が張られてる! どうしてそんなことをしたのか知らねえが……」
この辺一帯に情報規制?
魔王軍との対立抗争が始まって、しかも後手に回った状況下でこの街を見捨てる気か?
いや、もしかしたら無為に不安を煽るような事をしたくなかったのか?
この街は王都からは言うほど離れていない。3日程度歩き続けるか、馬に乗って2日ほど走れば着く程度だ。
カプアが落ち着いた態度を見せていれば、他の村々や街は落ち着いた態度でいられるってか? それほどまでに、王都の戦闘力はばっちりってか?
「出遅れた……?……いや」
……まさかあの王女様はこれを見越していたのか?
思えば、シャルの来訪はおそらく最後通告だったのかも知れない。いやいや、強襲をかけられていると言うことは、魔王軍側にスパイでも仕込ませてなければ分からない話だ。
預言者が預言をして、何時の何処かを教えてくれないはずがない。ここは魔法世界だ。科学世界の予言よりは精度が良いはずだ。この世界の預言の主流は占星術だったはず。星見好きなあのシャルが……
「…………そう言うことかよ!」
つまり、此処まで読んでいたと言うことだ。
あの星見好きの王女様は、身を引いたと思わせてしっかり『焦燥』と言う名の精神攻撃を仕掛けて来ていたのだ。
本当に、勘の鈍さが忌々しい。
つまり彼女は全てを知って、俺を追い詰め、囲い込み、丸め込んで、敵方に見つからないように俺を駒として手元に仕込ませていた。
全ては、魔王軍打倒のために。
急いで支度を整える。
「……パパー?」
「ごめんな、ナズナ。パパ、ちょっと行ってこなくちゃなんないところがあるんだ。絶対に帰ってくるから、スコットさん達と待っていてくれ」
「……うんー?」
「わかんないか?……仕方ないなー!」
ナズナの脇を抱えて、高い高いと持ち上げてやる。
するとナズナは「うきゃー!」と楽しそうに笑った。
それを見て俺は、どうにも哀しい気持ちが溢れてくるのを感じた。やっぱり、どうしても離れたくない、と。
俺とナズナの戯れを見ていたリーシャは、すでに支度を終えていた。それを見た俺はナズナをスコットさんに引き渡し、パンと頬を弱く叩いた。
「――リーシャ」
「はい」
「行くぞ!」
「はい!」
アキラの言ってる意味がわからないと言う意見を頂いたので、ヒントとしてシャルのステータスを開示します。
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シャルロッテ・ド・ウェルガマ
種族:人間(17)
レベル:69
職業:占星術師
筋力:352
体力:245
敏捷:149
魔力:697
王宮剣術( VIII )・魔力可視化( II )
星見予想図( X )
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