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Q.平凡な高校生は異世界で生き残れるのだろうか?  作者: 光合セイ
第一部マグナデア編

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6話 優しい夢見な女の子

 ゴソゴソと大きな鞄の中を漁る。中には先程シャルに手伝ってもらって確保した物資の数々が仕舞い込まれている。


「メシよし、水よし、スマホよし」


 今しているのは荷物の確認だ。今度『実践訓練』と言う名目で遠征がある。そこで実際に生き物を殺してレベルを上げるらしいが、俺のメインはそこではない。


 昨日シャルと話した内容を踏まえ、隙を突いてこの王宮から逃げ出すのだ。


 隙を突けるかは分からないが、いくら歴戦の騎士であれど俺以外の勇者のお守りをしていれば俺には気が回らないだろうし、夜の闇に紛れれば逃げ出すことも可能だろう。


 コソコソと怪しい動きをしている俺の背後から、コンコンっとドアを軽く叩く音がした。ビクゥッ! とさながら犯人の如き動揺を見せた俺は、扉の向こうの人物に問いかけた。


「だ、誰ですかぁっ!?」

『あの、私だけど……何かやってるの?』


 穏やかで優しいソプラノの声。日本で何度も俺に話しかけてきた女声だ。この声の持ち主は、俺の知っている限り1人しかいない。

 ドアを少し開いて声の主を確認する。


「あ、あぁ……柏原さんか。どうしたの?」

「そろそろ訓練の時間だから言いに来たんだけど……今日も参加しないのかな?」

「……うん。悪いけど、柏原さんの方からヒューズ団長に言っておいてくれないかな?」

「わかった」


 パタパタと音を立てて足音が離れていく。正直な話、最後に会っておきたかったのだが、あと数日もしないうちに別れることになるのだ。思い残しは作らないようにした方がいいだろう。

 しかし再びパタパタと人の気配が戻ってきて、俺の部屋の前で止まった。


「嘉瀬くん」

「柏原さん? 何?」

「入るね」

「いや、――はい?」


 ……あれ、今なんと? 「入ってもいい?」じゃなくて「入るね?」って言った? 聞き間違い?


 無論、聞き間違えではなかったらしく、クラスのマドンナは遠慮をせずに俺の部屋に入って来た。

 日本人特有の黒い瞳。ロングの黒髪は腰まで伸びていて、一挙一動するたびにさらりと揺れている。今は学生服ではなくこの世界の服を着ているのだが、しかし学生服を着ている印象が強かった美少女は、コツコツと上履きの裏で音を立てて、ずかずかと無造作に俺へと歩み寄ってくる。


「え? ぁ、え?」


 至近距離まで近づいた綺麗な顔に、俺はたじろいで背後へと退く。しかし後ろには大きな鞄があるせいで、これ以上後ろには退けない。

 そして柏原さんは俺の背後の鞄に気付いて、怪訝な瞳で俺を見つめた。


「……何処か行くの?」

「え……あ、ああいや、その……」

「こんな大きな鞄、王宮内で持ち運ぶには不便すぎるよね? もしかして今度の遠征の準備? 中身、見せてくれない?」

「い、いや、それはダメでしょ……」


 実は男の子には女の子以上にプライベートがあるんだよ。だから見せられないよ。――なんて。そんな冗談を言って済ませれば良かったのだが、柏原さんは有無を言わせぬ迫力で俺に詰めるせいでそうもいかない。漂ってきたフローラルな香りが、俺の鼻腔を甘く擽る。

 目線を合わせようとしながら、目線を合わせられない男特有の葛藤に悶える俺の前で、柏原さんが落ち込んだ表情になる。


「……あのね、嘉瀬くん。これから話すことは、バカだなぁって聞き流してくれてもいいけど、出来れば聞いて欲しいんだ」

「う、うん」

「……嫌な予感がするの」

「予感?」

「……うん」


 柏原さんは俯きがちに上目遣いで俺を見る。


「昨日、ね。嫌な夢を見たんだ」

「ゆ、夢……?」

「何かが……私にもわからない、けど、何か大切な物が無くなる夢を……見たの」


 シュン……、と落ち込む柏原さん。なんか愛玩小動物みたいで庇護欲がそそられる。違う。待て待てそうじゃない。


「……いやいや。俺関係なくね?」


 気迫を押し戻すように柏原さんの肩を掴んで、少しの距離を取る。健全な男子は女子と一定以上の距離を保たなければ死んでしまう病気を持っているのだ。


 だから決してヘタれたとかそんなんじゃないから。病気だから。男子諸君、気を付けたまへ。


 ――しかし今の話題は俺に直接関係はないのではないだろうか。


 何か大切な物が失われる気がすると言っただけで、それが俺に関する何かというわけでもなく、むしろ主な関係あるのは柏原さんなだけで……


 ごちゃごちゃに混沌と化した思考を整えようと奮闘していると、目の前の少女がふふっ、と可愛らしく笑った。


「柏原さん?」

「ごめんね。そんなに取り乱すとは思っていなかったから……嘉瀬くんって、こんなに話してくれるんだね」

「え、俺ってコミュ障だと思われてた?」

「ちがうちがう。そういうことじゃないよ。ただ、日本(あっち)では愛想笑いしかしてくれなかったからさ」


 愛想笑い。そりゃメチャクチャしてきたが。

 むしろ愛想笑いなしでは生きていけない世界だったと、勝手ながら思うのだが。


「……そうかな?」

「そうだよ。悲しんでる時も、苦しんでる時も、嬉しそうな時も、私が……ううん、私だけじゃない。他の人が話しかけても愛想笑いしかしてなかったじゃない」

「そうだったかな……」

「鈴木くんが話しかけた時なんて……」

「あいつは別枠」


 鈴木の場合に限り、俺は弱者から圧倒的弱者にジョブチェンジする。効果は社内的地位のダウン。俺はさらに縮こまる。


 それもこれも原因はあなたにもあるんですよ、柏原さん。むしろあなたが根本的な原因になってるんですよ、柏原さん。


 俺は口には出さずに文句を垂れつつ、明後日の方向を向いて自嘲の笑みを浮かべる。


 俺の俺らしくない少し辛辣な言葉に、柏原さんが吹き出して笑う。


「あははっ、そういうところだよ。もしかしてそれが素だったりするの?」

「どうだろうね。俺だって、俺のことがわかってなかったりすることあるから」


 わかっていたら貴族の皆さんに命を狙われることなんてなかったはずだ。自意識が高ければ、もっと上手く立ち回っていたのかもしれないのだから。


 それにしても柏原さんって、笑ったり落ち込んだり、喜怒哀楽の激しい子なんだ。初めて知った。いつも笑顔なんだと思ってた。どんな聖人君子だそれは。


「……」

「でっ! 嘉瀬くんには、今回の遠征をお休みしてほしいの」

「休み?」

「それは……っ!」


 何かを言いかけて、ハッ! と何かに気付いたらしい表情を浮かべた柏原さんは、顔を真っ赤に染めて俺の胸板をポカポカと叩いてくる。なんでだ。理不尽だ。


「もぉーっ!」

「なに一体どうしたの? 痛い、痛いから」


 ご自分の筋力値と俺の耐久を比べてほしい。ちょっとした攻撃でもダメージ入るから俺。勇者とはいえ女子の攻撃を本気で痛がるほど軟弱だから、俺。


「あ、ごめんね……」

「んにゃ、だいじょぶだいじょぶ」


 女の子にダメージを入れられたと言う精神的ダメージは受けたものの、身体的ダメージはなかったに等しいので良しとしよう。男子としてそれで良いのかはこの際置いておく。悲しくなるもの。


「俺は遠征に行くよ。じゃないと本当に木偶の坊だし、役立たずのまま日本に帰るのは嫌だから」


 建前はこんな感じでいいだろうか。


 いや、実際にこの言葉に虚言などはない。木偶の坊のまま終わるのは嫌だし、役立たずのまま日本に帰るつもりは毛頭ない。足を引っ張るのだけはごめんだ。


 勇者として呼ばれなかった俺は人一倍の努力をしなければ戦力になり得ない。レベル上げだってその過程として予定に組み込んである。ある程度の知識も得ているし、この世界では普通の職業である“操術師”を、不遇職のままにし続けるつもりもない。


 俺の虚偽と決意の言葉を聞いた柏原さんは、普段は笑顔が浮かんでいる顔に憂色を浮かばせて俺を見つめる。


「……わかった。でも約束っ!」


 ピンっ! と人差し指を立てて俺に向ける。

 そして柏原さんは穏やかに微笑んだ。


「絶対に……生きて帰ってね!」


「……それ、同じ戦場に向かう奴に言う言葉かなぁ」

「言うよ。だって私たちの中で、嘉瀬くんが一番弱いんだもん」

「傷つくなぁ……」


 しかし実際にそうなのだからしょうがない。

 俺は腹に残るものを無視して割り切ってしまう。女の子に言われてしまったのはアレだが。


「わかった。柏原さんもね。生きて帰ろう」

「うんっ!」


 一つ頷いて破顔する。そして、「あ、もう行かなきゃ遅れちゃう! それじゃあね!」と言って俺の部屋を出て行った。


 いつでも彼女は、柏原さんは優しかった。


 柏原さんは優しい女の子だ。毎日のように話しかけてくるし、ぼっちだった俺にアドレスだって教えてくれた。俺みたいな愛想笑いではなく、本物と呼べる笑顔を絶え間なく見せてくれる。それが全員に向けられている優しさだってことは、そんなことはわかっている。


 だから今の気分が高揚しきった自分が気持ち悪くてしょうがない。あとで思い返したら吐き気を催すことは間違いないだろう。


 けれど嘉瀬皓は――今だけは、この高揚した気持ちを楽しんでいたいと……心からそう思い苦笑を浮かべた。



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