Side.B そして、運命は動き出す
「第一王女様……? なんで、いえ急にどうして?」
「カシワラ・ユーリ様に会っておきたかったのですが……此方にはいらっしゃらないのですか?」
「いえ、今は奥で……」
「誰だったの?」
「あ、今来ま…………おい」
たしかに手と顔は洗っていた。
しかし、服が未だに血塗れだった。こんな姿の親友を公衆の面前に出せるほど、彩花の肝は据わってはいなかった。
不思議そうな顔をする優梨に呆気に取られた彩花は、頭が痛くなるのを感じてかくんと膝から力を抜いてしまう。
そりゃあ声質が低くなってしまうのも無理はないだろう。
何処からどう見ても、殺人事件の後だったのだから。
「アンタ……!」
「……? あれ、貴女はだれ?」
「初めましてユーリ様。私はシャルロッテ。一応、この国の王女です。……し、しかし、独特な格好ですね」
「ああ。さっきまで研究してたから。片付けも済んでいない部屋ですけど、どうぞ入って――」
――ダメダメダメダメ!!!!
「アンタ馬鹿じゃないの!? お姫様をあの部屋に入れるつもり!?」
「え? でも部屋の前に待たせておくわけにもいかないでしょ?」
「血塗れの部屋に入れるよりはマシよ!……す、すいませんシャルロッテ姫。少しばかりお時間を頂けませんか?」
「突然押しかけてしまったのは此方ですし、良いですよ」
「ありがとうございます!」
そう言って彩花は優梨を引き摺る勢いで部屋の奥へと引き戻す。その時の表情は、般若のように鬼気迫っていた。ドナドナされる優梨が、肩を震わして命の危機を感じるほどだ。
「もう! そもそもなんで自室でやってるのかって事が問題なのよ! アナタには乙女心みたいな物が無くなったの!? 少しくらいは羞恥心と言うか、倫理を確かめなさい!」
「なんだかお母さんみたいだね」
「お母さんでもこんなことは言わないわよ! まったく、これだから……」
ぶつぶつと文句を言いながらも親友の部屋の片付けの手伝いをする彩花は、さながらオカンのようであった。
心臓や腸と言った腐敗しやすい臓器を保管用の水属性魔力が込められた魔道具(保冷バッグ)へ、その他は簡単に収納できるところへ、しかし腐らないように仕掛けを施しながら片付けを進めて行く。
掃除や洗濯、脱臭、換気等の、一通りの作業を終えて、ようやくお姫様を部屋の中へと招く。
やはりまだ臭いが残っているのか、お姫様は小さな鼻をスンと鳴らして確かめていた。
「――さて、早速本題に入りたいのですが……」
椅子に腰掛けたシャルロッテ姫が、机を挟んで優梨に向き合う。
しかし、その視線は優梨に向いておらず、どちらかと言えばその背後で奇妙なポーズを取る彩花に……
「……何をしておられるのですか?」
「なんでもないです!」
「あの中にはね――」
「言うなバカ優梨!」
頭を小突く勢いで怒声をあげる彩花は、必死になって声を荒げる。
ビクッと肩を揺らして驚いた優梨が彩花に視線を配るその後ろで、はぁと息を吐いたシャルロッテ姫が話を変えようと、んんっ、と咳払いをする。
「とにかく! 私がここに来たのは他でもありません。カシワラ・ユーリさん。貴女には探し人がいますね?」
「…………うん」
「そして貴女の想い人でもある。違いますか?」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
顔をカァッと赤く染めて顔を逸らす優梨は、まるで釜茹でにされた蛸のように赤くなって照れていた。完全に恋する乙女だ。
この恋心に気付いていないと言う内情を知っている彩花は、もはや面倒臭くて揶揄おうとする気力が沸かない。
しかしその内情を知らないシャルロッテは、顔をひくつかせて作り笑いを浮かべることしか出来なかった。
下手をしたら虎の尾を踏んでしまう危険性があるのが、何とも厄介だ。彩花は密かにシャルロッテに同情する。
「……えっと、もし、貴女が想い人に会えるとしたら、貴女は会いたいと思いますか?」
「それは……」
優梨が言葉を濁す。
そして助けを求めるように此方へと視線を向けてくる。どうやら答えに迷っているようだ。
それもそうだ。今の優梨はどう取り繕っても、暗い部屋に閉じこもって人体の研究をしている、側から見たらマッドサイエンティストそのものだ。
そんな自分を見て欲しくないと思うのは当然だろう。
しかしそんな優梨の思いとは違うベクトルで、彩花も考え事をしていた。
(会えるとしたら? あの王女、なんで優梨の想い人の所在を知ってるみたいなこと言ってんの?)
彩花の疑問を抱いているのを尻目に、優梨は頬を染めながら、シャルロッテの質問に答える。
「会いたいとは、もちろん思う……よ? けど、今のわたしが彼に会っても、平常心でいられる気がしないんだよ……ね。だから……その、会いたい気持ち半分、あと、会いたくない気持ちが半分って、ところ、かな……」
(う〜ん、めんどくさい!)
恋する乙女は、元来面倒くさい生き物である。
何処かの恋愛小説で書かれていた言葉を噛み締めるシャルロッテは、しかし実物を前にして心が折れそうになっていた。
事実は小説よりも奇なり、とは実に的を射ている言葉だ。今の優梨の恋愛感情は、恋愛小説で描写されるものよりも数段階面倒臭い物へと昇華している。
王宮に隔離されて、花よ蝶よと愛でられた末に、恋をすることがなかったシャルロッテは、今や国に恋をする王女へと変貌していた。
故に、人が人に恋をする様を見るのは、とても堪え難い事だったのだ。
「けど、会えるとしたら…………会いたいな」
「そうですか。では、付いてきてください」
王女は椅子から立ち上がりそう言った。
「付いていく……?」
「――って、何処に!?」
「決まっているでしょう」
急なことぇ頭が付いていかない優梨と彩花を尻目に、シャルロッテは口角をニッ上げて、全てを見透かす小悪魔のように笑った。
「カセ・アキラさんのところですよ」




