61話 兵達は夢の跡、操術師は夢の御前
時は、アキラがカゼルタへと帰っている最中へと遡る。
白い雲が右から左へと流れて行く。
アキラに誘いを断られたシャルは、見るも豪華な馬車の中で一人、窓の外を見ながら俯瞰に暮れていた。
同じ目線から見る田舎特有の田園風景ではなく、王女と言う雲の上の存在としての冷たい視線。はぁ、と息を吐き出すと、その風景が凍ったように暗く見えた。
「フィリア」
「はい」
王女の呼び声に、馬車に乗っていなかったはずの女性が、短い返事とともに姿を表した。
剣を携えた冒険者だ。
彼女は剣聖と呼ばれる冒険者で、世界最高位の片手剣使いだ。使う剣は『カタナ』とか言う片刃の剣だ。両刃じゃないのにどうして使えるのか、と言う疑問があるが、しかし問うても「実力です」と言うだけなのをわかっている。
そんなことよりも、王女は冒険者な聞かなければならないことを問うた。
「ちゃんと、伝えて来てくれたかしら」
「……はい」
王女の問いに冒険者はやるせなく頷く。
しかし冒険者の表情は固い。やりたくなかったことをやらされた、とでも言うかのような表情だ。
そのあからさまな態度を見て、王女は小さく笑う。
「ふふっ、貴女だけよ。私に対して、そんな風な顔をするの」
「不思議でなりませんね。嫌なことは嫌と言えば良いのに」
「皆が皆そう思ってると思ってるの? 残念でした。私には信頼するに値する親衛隊が付いているの。頼めば何だってやってくれるわ」
「言い方が悪女のそれですよ」
「王女とは腹の中に住むのは悪女なのよ。どんな手を使っても国を守らねばならないからね」
妙に達観した面持ちで言う。
しかしすぐにふふっと笑みを溢して、顔を厳しくするフィリアに笑いかけた。
「失望したかしら?」
「それは、何に対してですか?」
「私と言う存在に」
「いえ、これっぽっちも。それが貴女の生き方であるというなら、私はそれを否定はしません」
「……そう」
小さく頷いて再び窓外を俯瞰する。
やはり、味気のない田園風景が広がっているだけだった。
ーーー
「戦争へ行きたい、ですか?」
「ああ」
俺の首肯にリーシャが戸惑う。
それもそのはずだ。自ら戦争に行きたいなんて言い出す狂人のイメージは、おそらく俺にはないだろうから。彼女が困惑するのも当然だ。
「で、でも戦争なんて……まさか人魔大戦? ここ最近は小競り合いくらいが関の山では……?」
「シャル……シャルロッテ・ド・ウェルガマ第一王女と会っていたのは知ってるよな。そこで聞いたんだよ」
「いえ、まさか……」
「第三次人魔大戦だよ。近々起こるんだってさ」
「そんな……!」
リーシャが必要以上に怖がるが、しかしその理由がわからなかった。
第一次は百年以上前。第二次は十数年前だったはず。
リーシャが経験しているとしたら第二次の方だが、たしか第二次人魔大戦はそんなに酷い被害を受けたと言う話は聞いたことがない。
死傷者163名。戦争とは名ばかりの国家間での抗争程度だ。それがエルフの森まで及んだと言う話は聞いていない。
何故そんなに怯えているのかと問うてみると……
「その頃なんです……わたしの森が、奴隷商達に焼かれたのは……」
「あぁ……」
とんでもない地雷を踏んでしまったらしい。
おそらくあの奴隷商達が第二次人魔大戦への注目度が集まる傍で、その機に乗じてエルフの森へ襲撃を仕掛けてエルフを奴隷へと堕としたのだろう。
「それは……悪かった」
「いえ、昔あっただけの事ですから、お気になさらず。それよりも貴方の話を聞かせてください。第三次人魔大戦に、何故参加したいんですか?」
「恩を返しに行きたいんだ」
「恩、ですか?」
「ああ……恩人達にな」
シャルも、柏原さんも、鈴木だって俺にとっては恩人だ。彼らは戦争に参加するのだろう。そういう運命にある。勇者と言うのはそう言うものだ。
俺は勇者として召喚されながら、その運命から抜け出してしまった。それはあのシャルの態度からもすぐにわかってしまった。俺は、勇者ではなく操術師なのだと。
だからこそ、操術師として彼らの救いになってやりたい。俺は彼らに恩を返したいのだ。
「……わたしは奴隷です」
「わかってる」
「わたしの行くべき所は、貴方がいるべき所です」
「そうか」
「わたしも付いて行きますよ。何処までも」
「ああ……けどな」
「?」
俺の言葉の切り返しに、リーシャが小首を傾げる。
「ナズナがいるんだよ」
「……ああー……」
「もし俺達が死んだ時、あの子を天涯孤独にするわけにはいかないだろ? どうすりゃ良いと思う?」
「わたしも貴方も死ぬわけないですし……まぁ、もしもがあったとしたら、スコットさん達か、フィリアさんに任せればいいのではないですか?」
「なんでスコットさん達? バカラの奴もか?」
俺があからさまに嫌な顔をすると、リーシャは苦笑して首肯する。
「あの方々はナズナを実の子供のように可愛がってくださってますし、もしもがあっても安心できます。まあ、収入が安定しない職業に就いているのは不安要素ですが……」
「だよなぁ……」
「けれど、愛があるのはわかります。あの方々に任せる理由には、十分過ぎますよ」
「……そうか」
リーシャの力強い言葉に俺は頷いた。
「じゃあ、大丈夫かな」
「ええ。何があっても大丈夫です」
俺の中でカチッと何かが嵌った気がした。
失われたパーツが、俺の心に嵌った気がした。
「じゃあ、一緒に行くか」
「はい!」
ニッと笑う俺とふにゃと笑うリーシャ。
俺達の話し合いが終わったのを気取ったのだろう。腹を空かせたバカラが晩飯を強請ってきやがった。
まあ、今日くらいは良いだろう。
気が早い戦勝祝いだ。




