60話 誘い
「ただいま〜……」
「あ、お帰りなさい。アキラさん」
「パパー!」
俺がカゼルタの宿に帰ると、出迎えてくれたのはリーシャだった。それに続いてナズナが飛び付いてくる。バタバタと勢い良く駆けてくるので、転ぶのではないかと心配でならない。
「あら、お帰りなさい」
その声に俺は耳を疑う。
しかし幻聴ではなかったらしく、振り向いた先にいたのは悪友のパーティメンバーであるスコットさんだった。その後ろでは「邪魔してるぜ」などとほざいている赤髪の男が一人。
彼は我が家の机に剣を立て掛けて、どうにも慣れた感じで梅茶を啜りながら寛いでいる。
「バカラに、スコットさんまで……どうしたんだ? 俺はもう冒険には行かないって言っただろ?」
ナズナの事もあるし、俺は冒険には行かない事にした。
それは事実上、冒険者を辞めたことと同義であり、冒険者としての収入は今後認められないと言うことだ。
だからこそ、俺は普通の操術師らしく、いつもは工事現場なんかで働くようになった。日中は汗水を垂らしながら働き、帰ってきた後に見る愛娘の顔はとても愛しいのだ。親父、日本では親孝行してあげられなくてごめんね……
心のうちでもう会えないであろう父親に感謝を告げていると、バカラは首を振って俺の言葉を否定した。
「いやいや、別に冒険の誘いじゃなくてな。ナズナちゃんに会いにきたんだよ」
「貴方達にこんな可愛い子供がいるなんてね〜。ヤることはヤってるのね〜貴方達」
「スコットさん! 勘違いです! そもそもこの子は――」
「まあ、確かに戦ることは戦りましたね」
「アキラさん!?」
「あら〜♡ 惚気かしら? それとも恋バナ? どっちにしても聞いてあげるわよ。どんどん黒歴史を晒しなさいな」
「スコットさんまで!」
ちなみにナズナの事はバカラ達には話してある。冒険者活動を休業するとギルドに宣言しに行ったときに、ついでに話しておいたのだ。だから間違えても、俺とリーシャがそういう関係だと勘繰るはずもないのだが……
顔を真っ赤に染めて焦りながら説得を試みるリーシャを、慣れたようにいなすスコットは、やはり意地悪く笑っていた。
女性陣の仲睦まじい様子を横目に見ながら、俺とバカラの男性陣は、俺の膝に乗せたナズナに一口サイズに割った茶菓子を餌付けしながら話していた。
「ナズナちゃんは良い子だな〜。アキラなんかよりも相応しい父親がいるんじゃねえか?」
「はっ倒すぞ、クソ馬鹿ラ。この子は俺の子供だ。誰にもやらん」
「親バカ極まってんな。子離れ出来んのか?」
「しない。永遠にしない。俺が墓標の下に行くまで、この子は俺が守る」
「それ、リーシャちゃんに言ってやって欲しいんだがなぁ……」
「なんでリーシャに……。あいつは俺よりもずっと強いぞ」
「そりゃ知ってるが……嗚呼、こりゃダメだ。すまねえ、リーシャちゃん」
天に祈るように「アーメン」と唱えるバカラに怪訝な目を向けるが、ポリポリと愛らしく茶菓子を頬張るナズナの存在に、そんなことはすぐどうでも良くなった。
「ンなことよりもよ」
「ん? なんだ?」
「今日、お前ちょっと暗くねえか?」
「……なんで、そう思う?」
「なんとなく。ちっとばかし暗えなあって思ってよ」
「……そうか。暗いか、俺」
「リーシャちゃんに聞いたぜ。お姫様に会って来たんだってな。すげえじゃねえか。なんか嫌味でも言われたのか?」
「…………嫌味だったら、どれだけ良かっただろうな」
顔に出ていたのか。
それは少し、いやかなり油断した。
リーシャが心配していなければ良いのだが……
「まあ、ちょっとな。人生決めるような選択があったんだよ。人間なら誰しもが通る道だ」
「ほう? 詳しく聞きてえところだが……ちょいと待っててな――リーシャちゃん! アキラが話あるってよ!」
「……へ?」
「いや、ですから――あ、はい!」
スコットさんと言い争っていたリーシャが、途中で言葉を切って此方へパタパタと音を立てて向かってくる。俺の膝からナズナを奪い取ったバカラな、口角を上げてニヒルに笑う。
「テメェ! バカラ!」
「ナズナちゃんは預かっとくぜ。お前らがこの子に気を向けたらいけねえかんな。ちゃんと話し合えよ。お前らは冒険をしなくても、パーティメンバーなんだからな」
「アキラさん、何か御用ですか?」
俺の席の隣に立ったリーシャは、席に座っている俺と同じ目線になって問うてくる。
「いや……その、えっと」
「話すのが嫌なら、やめても良いのですよ。どうにも、バカラさんが仕組んだ時間のことのようなので」
俺から視線を逸らして、黄金の瞳を細めてバカラを睨む。
やっぱり彼女は優しい。俺が話しづらい空気を出している事にいち早く気付いて、早い段階でヘイトを段取りを付けた張本人へと向ける。
しかし、やめてやってくれ。あいつは俺の弱い心を矯正するために、敢えてこの空気を作ってくれたのだ。今回悪いのは、全面的に俺だ。
「リーシャ」
「はい」
「話がある」
俺がそう言うと、リーシャは優しく微笑んで「はい」と頷いた。俺の言葉を待ち望んでいたかのように、嬉しそうに微笑んだ。
だからこそ、俺の胸は締め付けられる。
彼女に残酷な言葉を突き付ける俺を、今すぐ殴ってやりたい。けれどそんな俺を待っていてくれるリーシャを、裏切りたくない俺がいる。
息を吸って、吐く。
深い、深い呼吸。肺が酸素で満たされて、俺の頭をクリアにさせる。
「……俺、戦争に参加したいんだ」




