58話 徴兵からの自衛権
カプアの街に着いた俺が案内されたのは、一見すると何処にでもあるような小さな喫茶店だった。
普通の古民家を改築して造られたようなその店は、この世界に来てからは味わうことがなかった昭和レトロな、自然と背中と肩肘張る雰囲気を漂わせていた。
日本では一人でいることが多い陰キャだった俺は友達となんかもこんな所に来ることはなく、鳥肌が立つくらいには緊張が心に張り付いている。なんだろう。借りられた飼い猫って、皆んなこんな思いしてんのかな?
「ここで少しお待ち下さい」
「は、はい!」
そう言ってフィリアさんは出て行った。
喫茶店内で人を待つ。
陰の者にはちょっとした試練だ。
ちょんと座るが、何を頼めば良いのかわからない。一先ずメニュー表を開いてみるが、メニューがそもそも日本とは違うから迂闊には頼めない。俺はどうすれば良いんだ……?
「こちら、マン茶になります」
「あ、はい。ありがとうございます」
マン茶。
植物系モンスターのマンドラゴラから取れた茶葉を、煎じて作る煎茶だった筈だ。
口触りはまろやか。喉越しはスッキリ。後味はさっぱり。抹茶と麦茶の良いところだけをブレンドしたかのようなお茶だ。オムライスのような味が口に残る物を食べた後に、食後のお茶としては最適かも知れない。
取り敢えず何も頼まずに、ズズッとマン茶を啜って待っていると、カランと店のドアが開いて、ぞろぞろと騎士甲冑を着た人達とともに、その中で一際目立つドレス姿の少女がやって来た。
ドレスの少女は此方の視線に気付くと、にこりと微笑んで小さく手を振った。
「お久しぶりです、アキラさん」
「お、久しぶりです。シャルロッテ姫」
「もう。シャルで良いと言ってるのに」
「こ、公的な場所では流石に駄目ですよ。貴女は王女なのですから」
「いいじゃないですか。此処には会話を口外するような不埒者はありませんよ」
「そ、そうですか?」
「そうです!」
可愛らしい笑顔で言う。
彼女の笑顔はとても自然に出来ており、作り笑いかどうかもわからない程に仕上がっていた。
俺の笑顔はどうだろうか。
取り繕っているように見えているだろうか、それとも自然な笑みに見えているだろうか。俺は作り笑いが下手な人間だったから、こう言う場で笑うと言うことが苦手なのだ。
普通に暮らしている分には、自然な笑いは簡単に出来る。しかしやっぱり、日本ではあまり人間と関わってこなかったせいで、意識的に笑うと言うことが出来ないのだ。
ついでに言葉を噛みまくっている。
やけに口が回らない。久しぶりの再会で緊張しているのだろうか。どうにも俺らしくない。王族オーラは凄いけども、
「ふふっ」
「どうされましたか?」
「すいません。あの時の貴方との会話が凄く鮮明に残っていまして……。こんなやり取りをしたなぁ……と」
「ああ、やりましたね」
「互いに猫を被っていましたね」
「まあ、流石に王族には敬語くらいは使いますよ」
「敬語なんて使ってましたっけ?」
「使ってた……はずですけど?」
「うーん……使ってなかったはずですが……」
そう、だったか?
流石にそんな不遜な態度は取っていなかったはずなのだが……。まあ、過ぎてしまったことをあれこれ言ってても仕方ない。
「それで、今回はどのような御用件で?」
「切り替えが早いですね」
「まあ、冒険者をやってますから」
「そうですか……。それで、本題でしたね」
「…………」
「……そうですね。では問題です」
「……は?」
いきなり問題が始まった。
「私は何故、貴方に会いに来たのでしょう?」
「……知りませんよ」
「それでは問題になりませんよ」
「…………安否確認?」
「残念。2割正解です」
「2割ですか」
裏を返せば2割しか心配して貰えていなかったと言うことだ。
まあ、勇者と一緒に召喚されたとは言え、俺は何処の馬の骨とも知れぬ操術師だ。
民の面倒事を一手に引き受けなければならない王族としては、たった一人の操術師を心配する方が問題か。
「……ええー……」
「降参ですか? 降参ですかっ?」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「そりゃあ、貴方に勝てたからですよ」
「…………」
シャルは心底嬉しそう笑う。
きっと、俺の笑顔は引き攣っているだろう。
「では、答えを」
「はい」
真面目な素面に戻ったシャルが背筋を正す。
俺もそれに倣って背筋を正した。
「まず、第三次人魔大戦が起こることを知っていますか?」
「いえ、ここら辺は、土地柄戦争系統情報には疎い地域でして……」
「そうですか。では、詳しくお教えましょう」
こほんとシャルは説明口調になる。
「実は先日、王宮内の預言者が『魔物の大群が攻めてくる』とお告げを貰いまして。そのせいで王宮内は大混乱に陥っているのですよ」
「……預言者の、お告げ?」
「そこに着目するとは。さすがですね」
「褒めても何も出ませんよ。あっ、後で俺の娘を紹介しますよ。是非可愛がってやってください」
「しっかり絆されてるじゃないですか。……しかし、この短期間に娘? お相手は早産な種族の小人ですか?」
「違いますよ。ちょっと大きな戦いがありまして。その際に魔力衝突で生まれた妖精の子供です」
「なるほど」
つまりあの子供は、俺とリーシャ、ティコ、フィリア、そして百腕巨人の間に生まれた子供ということになる。人間、エルフ、そして巨人の血を引くとかハイブリッドが過ぎる。
ふむと頷き納得したシャルに、俺は逸れてしまった本筋に、話を引き摺り戻す。
「それで、第三次なんちゃらってのがどうしたんですか?」
「第三次人魔大戦ですよ」
「その人魔大戦がどうしたんですか」
質問をするも、俺は察していた。
何故、シャルが人魔大戦の事を話したか。そして何故、シャルが直々に此処へ来たのかも。
「そもそも、勇者はこの大戦での戦力を補強するために喚び出された強大な存在なのです。だからこそ喚び出された者には、相応の働きをしてもらわねばなりません」
「…………この先、あまり聞きたくないですね」
「聞いてもらわねば困ります」
完全に話が見えた。
と言うことはつまり、この姫様が言いたいことは……
「人魔大戦に参加してください、アキラさん。貴方にはその責務があります」
「…………っ」
俺は密かに、苛立たしげに舌を打った。
予想通りだったのだ。察した通りだったのだ。
「が」
「……が?」
「貴方は操術師です」
「まあ、はい」
「勇者ではないのです。私には貴方を戦争に参加させる強制力はありません。だから、選んでください」
「……俺が?」
「はい。戦争に参加するか、否か」
シャルの表情は、固くなっていた。




