57話 王女の来訪
春が過ぎれば夏が来る。
俺がこの世界に来たのは、どうやら春の初めだったらしく、その頃はまだ春風も暖かいものだった。それからおよそ3ヶ月ほど経ち、今や真夏の暑さが際立って肌を焼いている、
群青色の空を見上げると、白い綿雲がふわふわと浮かんでいる。雲は自由だ。いくら浮かんでいても誰にも怒られない。日本では空気に浮く癖があった俺は、何度そんな自由な雲に憧れることがあっただろうか。嗚呼、雲になりたい……
俺はレンガ作りの平な屋根に寝そべり、夏の暇な時間を利用して昼寝に勤しんでいた。
隣には金髪の幼女が、フリフリの洋服を着てきゃっきゃっと楽しそうに笑っている。それに対応しているのはリーシャだ。2人が並ぶと姉妹に見えなくもない。
「パパ〜♪」
「おうおうナズナ。良く来たな。一緒に寝るか?」
「ねる〜!」
「まだお昼過ぎです。昼食を摂ったばかりでしょう。丸々と太って牛になってしまいますよ」
百腕巨人戦の後、起きたら腹の上で寝ていたこの幼女――ナズナ(俺命名)だが、どうやら本気で俺を父親だと思っているらしい。
完全に人違い甚だしい由々しき事態なのだが、しかしリーシャが言うには、魔力の波長がなんたらと言う理由で血統上は完全に俺の娘なのだとか。
その理由なのだが、ナズナの魔力の半分は人間で出来ているのだが、もう半分は妖精として出来ているらしい。いわゆる微妖精――あるいは半妖人と言うやつなのだとか。
微妖精は人間と妖精の魔力が交じ合うと出現するらしい。そしてあの百腕巨人戦で俺が濃密な魔力を使ったことにより、大地との共感覚が微妖精の形成を早めた結果、人間の姿形を取って現界したのではないか、と言うのがリーシャの見解だ。
俺を父親だと認識していたのは、形成している魔力が自分の魔力と酷似しているからなのではないか、と言うことだ。
説明してくれたリーシャも、話し方が完全にフィーリングのそれだったので確証がないことは確認済みだ。やっぱり魔法はよくわからん。
「パパ〜♪ パパ〜♪」
「はいはい。俺は此処にいるよ」
「うきゃーっ!」
ガシガシと頭を撫でてやると、幼女は嬉しそうに奇声をあげる。
それを隣で座って見ていたリーシャがボソッと呟いた。
「まるで本物の父親ですね」
「本物の父親だからな。そういうお前はよく出来た姉に見えるぞ」
「やめてくださいお父様。わたしがよく出来ているのは周知の事実ではないですか」
「くねくねすんな。世辞を真に受けんな。つかお父様言うなよ、泣いちゃうぞ」
「おや、では胸をお貸ししましょう。拙く貧しい胸ですが、貴方を快感へと誘う技術をお見せします」
「……チョットナニイッテルカワカラナイ」
……最近、リーシャが変な方向へ成長してしまっている。
その理由と言うのがしょうもないもので、俺が童貞を卒業したからと言うのだ。
何というか、リーシャはティコに対してすごい敵対心というか、反抗心を持っている。そして俺も薄々気付いていたのだが、俺に恋愛感情も持ってくれているらしいのだ。
それに限ったら嬉しい話なのだが。そのせいで彼女が俺の純潔を散らしたと聞いたときの取り乱した様と言ったら、これまた凄まじいものだった。
はあ、と息を吐く。
明るく振る舞ってくれる事自体は嬉しい。しかしその反動で、リーシャは積極的にボケてくるようになった。お陰で俺がボケにツッコむ頻度が上がり、暇をするような時間がなくなってしまった。ずっとやっていると疲れてくる。
「パパ〜」
「ん〜? なんだ愛娘よ」
「だれかくるよ〜」
「誰か?……ん?」
ナズナが指を指す方向に、屋根伝いを飛ぶ1人の影が見えた。あんな派手に飛び回ることが出来る身体能力の持ち主は、俺はこの世で1人しか知らない。
「フィリアさんですね」
「……また面倒事に巻き込まれそうだな〜」
「偏見ですよ。フィリアさんはお優しい方です。わたし達を事件に巻き込むような真似なんて……」
「ドラゴン殺しまわってる実力者が、なんで俺達を訪ねてくると思う?」
「えーと、それは……」
「貴方に頼み事があるからです。アキラ」
話している間に到着したらしい。
フィリアから視線を逸らしていた俺は、突然会話に入り込んできた女声に反応する。
「ですよね」
「はい。シャルロッテ姫が、カプアでお待ちになってます」
「……シャルが?」
「えっ! シャルロッテ姫って……」
リーシャが驚愕の目を向けてくる理由もわかる。
シャルロッテ……シャルロッテ・ド・ウェルガマ第一王女は、子宝に恵まれなかった国王の、唯一の跡取り娘だ。要するに次代の女王、めっちゃ偉い人なのである。
そんな人が見た目一般庶民である俺をカプアで待っていると言うことが、どれだけ異質的な事なのか。この世界に住む人間であれば想像も付かない出来事なのだろう。
俺は密かに息を吐く。
「今から向かいます。付いてきて貰えますか?」
「……急ぎますよ」
「わかってますよ。リーシャ、ナズナを頼む」
「ア、アキラさん……」
不安そうに見てくるリーシャに、よしよしと俺の頭を撫でてくるナズナを渡す。2人の視線を受けながら、俺は重いため息を吐き出した。
「……じゃあ、行ってくる」
「………あ、あの、アキラさん」
「ん?」
「わ、わたしも……」
「…………お前も行くのか?」
「……いえ、行ってらっしゃいませ」
「お、おう?」
今度の来訪に何の意味があるのかは知らない。
けれど、あまり俺を厄介事に拘らせないでほしい。俺はこれでも今の生活を満喫しているのだ。
いつ命を狙われているのかがわからない王宮で、再び生活するようになるのはあまり善い選択だと思えないのだ。
固めた決心を曲げることがないように密かに覚悟を固めた俺は、急ぐフィリアさんの後を操術で大地をスケートボードのように動かしながら追いかけた。




