5話 満点の星空の下で……
「あれがサルトリクス座ですよ。それであれがクウォーカー座です。あ! あそこの5つの星が連なっているのが、ペンタグラムと呼ばれる春の五恒星です! ……綺麗ですよねぇ……」
「はあ……」
場所は芝生が生い茂っているテラス。世界を優しく包み込む夜空には満天の星々が輝いており、地上に微かな光を照らしている。芝生に座って空を見上げているせいか、首が痛くなってきた。
この世界にも天体に名前が付けられていることは知っていたのだが、天文学に詳しくない俺からしてみれば、何のことかさっぱりだ。
しかしシャルロッテ姫には星見の気質があるらしく、知識も豊富で、どれがどの星座なのかを瞬時に見抜いている。
……まさかこんなことになるとは。
先程から俺の頭の上には『?』が浮かんでいる。
オリオン座や双子座流星群とかのレギュラーな物は知っていても、マイナーな星は知らない俺からしてみれば、この世界の星座なんてちんぷんかんぷん。
早く部屋に戻りたい一心で、俺はシャルロッテ姫に話しかけた。
「それでシャルロッテ姫は、」
「シャルでいいですよ?」
「……それでシャル姫は、」
「シャルでいいですって」
意地でも『シャル』呼びをさせようとするシャルに根負けし、俺は気になっていたことを問う。
「……それで、シャルはなんで俺を呼んだんです? 多分ですけど俺のことは知っていますよね?」
「はい。召喚された勇者様の1人なのに、操術師として呼ばれたイレギュラーの方ですよね」
「もしかして、それに関係しますか?」
「……関係はない、と言ったらウソになりますね」
ふぅ……、と深くため息を吐いてシャルは立ち上がる。地面に座っている俺を見下ろす形で俺を見る空色の視線。狙っていたように風が吹き、腰まで伸びる金髪が流れるように靡く。
「単刀直入に言います。操術師カセ・アキラ様、この王宮は危険です。今すぐにでもお逃げください」
空色の瞳に炎のような熱意が込められる。先程までの柔和は笑顔は何処へやら。天体への好気に満ちた子供っぽい笑顔も消え、キリッとした表情で俺を見ている。
熱意を帯びた視線を向けられた俺は――
「――え、やだ」
自分でも驚くほどの冷静さを保ち、使わなければと心掛けていた敬語も途切れ、反射的にシャルの願いを断った。
× × ×
空気が固まる。自分が発した何気ない言葉に、シャルも俺も時間が凝結したかのような、薄寒い時を過ごす。
凍結した時間の中で熱を持った2人の少年と少女は、互いの絡み合う視線から目を逸らさない。なんとも奇妙な状況に屈して、話しかけたのは少女のほうだった。
「――真意を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「こっちの台詞なんですけど」
しかし此処から逃げ出すと言うことは、自ら危険な世界へと飛び出すことと同義だ。元いた世界のように治安維持が出来ている世界なのか、操術師としての戦い方、そもそも逃走資金はどうやって集めるか。
知識が足りていない部分は経験で補わなければならないが、しかし召喚されたばかりの俺には、致命的なまでに経験が足りない。
……そもそも。
「なんで俺を逃がそうとしているのかがわからない以上、俺が逃げるメリットはないでしょ。理由を聞かせてください」
俺は明確なまでに敵愾心を露わにする。シャルには悪いが、俺は元からこういう性分なのだ。
「……わかりました。話しますから、睨まないでください」
シャルは目を細めて睨み返してくる。
「……先程の話を聞いていたのならわかっているとは思いますが、貴方を殺そうとしている貴族は、極小数でも存在します」
「うん」
「その貴族はいわゆる栄光派と言う輩で、現状の把握よりも未来の栄華しか見据えない者達です。その者たちの考えは単純で、手に取るようにわかります」
「ほうほう」
「おそらく彼等はこう考えていることでしょう――『勇者の物語に操術師は不要。ならば殺せ』と」
「……うわぁ」
俺は論外な言葉に呆気に取られる。
いくらなんでも支離滅裂すきるだろ。なんだよその凝り固まった残虐思考は。……ははぁん、さては信長だな? 『不要なら。殺してしまえ。嘉瀬皓』。外道すぎるにも程がある。
「我ら王族なら貴族の行動を制限し、法外な活動を抑制することも出来ます。しかしそれは表の、日の当たる場所でのこと。日の当たらない場所での行動を制限することは厳しいです」
「……つまり、暗部ってのを使われるかもしれないってことですか?」
「……はい」
先程の3人が話していた俺の殺害方法――『暗部』と言うものを使われるのだろう。漫画やアニメのようなサブカル知識を頼りにするなら、社会の闇を殺す殺人集団のことを指すのだろう。
「なんだって俺が……」
「栄光派の者どもは、勇者を崇拝する宗教から派生した組織の組員が多いですからね。隠匿すべき暗部の多い貴族思考と混同して、過激な輩が多くなってしまったことが我らにとって最難解なんです」
「そっちで止めることって出来ないんですか?」
「私も王族として、勇者様への攻撃を食い止めなければいけないとは思っています。普段なら勇者様が自衛することで時間を稼ぎ、その間に我が騎士団が暗部の者を押さえつけるのですが……」
「俺にそこまでの戦闘能力がないと」
「失礼ですが……はい」
……べ、別に悔しくなんかないもんね!
他の勇者が規格外なだけで、俺は平凡で人畜無害な青少年なだけだもんね! 他の勇者が化物なだけなんだもんね! ふんっ!
なんだこの俺キモいな。
悔しさのあまり一周回って賢者に至った自分は放っておき、俺は俺の考えを述べる。
「……まぁ、たしかに俺は弱いですけど、弱いからこそ外に出ない方がいいんじゃないんですか?」
「此処に残る方がよっぽど危険です。今のアキラ様は場所が特定されていますし、いつ暗部が差し向けられるかわかったものではありません」
「外にいた方が狙いやすくなったりするもんじゃないんですか? 1人でいる時に狙われたらたまったもんじゃないんですが」
「操術師と言う職業は、外にいる時にその本領を発揮します。能力の程度は知っているのでしょう?」
「まあ、それなりには」
俺だって無益に訓練をサボっているわけではない。
操術師と言う職業は勇者と違って、古くからこの世界に存在しており、操術師の職業を持った英雄も数人存在する。英雄がいると言うことは武功があり、戦闘方法だってあると言うわけだ。
つまり操術師には操術師なりの戦い方がある。だからこそ文献を漁り、知識を蓄え、能力の限界を知っておく必要がある。
俺が試した限りでは、4号球のサッカーボールくらいの土しか操れない程度の能力だ。攻撃にも防御にもならない小手先の技術。今のレベルでは、それくらいしか出来ない能力なのだろう。
(面倒だなぁ)
心の底からそう思う。異世界に召喚されるだけでも面倒極まりない事柄だと言うのに、俺だけ操術師として呼ばれたと言う状況が、さらなる面倒を招いていると言わざるおえない。
彼方には彼方の元から存在していた事情があり、こんがらがっていた事態の渦中に俺という存在が登場し、そのこんがらがった事態に巻き込まれてしまった。
予測できた事態なのに、隠しておけばよかった事実を公表して、さらに事態をややこしくしてしまったのは完全に俺の責任だ。
そして――取らなければいけないのが、責任と言う物だ。
俺は諦めと決意が孕んだため息を吐いた。