56話 俺はパパじゃねえ!
朝。
俺が目を覚ますと、そこは懐かしさの感じるベッドの上だった。純白のシートと薄い掛け布団に挟まれた最高のフィット感で俺の睡眠欲が再びカンストし、起き抜けだと言うのに瞼が下がっていくのを感じる。
しかし腹の上に人一人分の重みと温もりを感じて、閉じそうになった瞼を開く。
この2週間ほどの経験でだいたいわかる。どうせティコあたりだろう。……いや、待て。そういえばあいつ、衛兵に捕まってはいなかっただろうか。
昨日の夕方。
百腕巨人戦から帰って来た俺、リーシャ、剣聖、ティコの四人はカプアの門番に捕まった。
俺、リーシャ、剣聖は冒険者の証を提示することで事なきを得たのだが、指名手配書の出回っているティコは門前で捕まり、衛兵舎へと連行されて行った。
リーシャに聞いた話によると、ティコには男7人女2人を殺し回った連続殺人鬼の疑惑が出回っているらしい。
なんでも、連続殺人鬼とティコの服装や容姿等の特徴が完全に一致しているのだとか。俺の知らないところで、とんでもないことやってたのな、あいつ……
まあ、そんな経緯があって、おそらく今もティコはカプアの衛兵舎で取り調べを受けているはず。ここにはいないはずなのだ。じゃあ誰だ? こんな恥じらいのないことをするヤツは……
頑張って枕に乗った快適な首を動かして、下腹部あたりに乗って、すぴーと気持ちよさそうな音の主を見ようとする。
幸いにもその少女は仰向けに寝ていた。まず目に入ったのは金髪ブロンドの髪だ。次に人間よりは少し長く丸い耳。端正に整った目鼻立ちは、やはりエルフを思い起こさせる。
俺の身の回りでエルフと言えば、やはりリーシャだ。リーシャがこんな寝相の悪さを発揮したことなんてないのだが、
――しかし、それはリーシャではなかった。
「――え?」
まず見た目の年齢だけを言えば、確実に一桁代だ。おそらく五頭身くらいだろう。ちなみにリーシャは大体七頭身くらい。肌の色は白く、しかし所々に健康そうな赤色が差していた。
極め付けが、完璧なまでの裸身だった。
「犯罪臭しかしねぇ」
頭を抱えた。だって仕方ないだろう。狭い部屋に男女が2人。何も起こらないはずもなく……。幼女に手を出すほど、落ちぶれてないはずなんだが?
ティコの件を通して鍛え上げられた冷静さをフル活用して、起きたばかりの覚醒前の脳を回転させる。
ちょい待ち。昨日俺は何をした?
久しぶりの帰郷で疲れ切った身体を休めるために、まず最初に風呂屋へと赴いた。そして汗と臭いとフェロモンを流した後、腹に何かを入れるために冒険者ギルドに行って、リーシャと剣聖と一緒に腹が膨れるまで料理を食った。そのあとは疲れでふらつく身体をリーシャに支えられながら剣聖と別れを済ませ、馬車に揺られながらカゼルタへと帰郷した筈だ。
その先のことを全く覚えていない。何で?
いや寝たのか。突然眠気が襲って来て、馬車の中で眠ってしまったのだ。だからその先の事を覚えていないのだ。
そんな自己弁護を考えていると、コンコンと扉が叩かれる。
「アキラさん。入りますよ――」
「えっ、ちょ、待っ――」
あれ、俺今許可を出したっけ?
「……アキラさん?」
「…………何だい?」
「その、妙に凹凸のある布団の中に、何が入ってるのですか?」
「はははっ。何を言っているんだリーシャは。面白いヤツだなぁ!」
「……もそもそ動いてるんですけど」
「えっ!? ちょ、おまっ……!」
「嘘です」
「…………鎌かけやがったな」
一瞬で見破られてしまった。
隠し通せるとは思っていなかったが、やはり布団の中に入れると言う選択肢は間違っていたのだろう。
仕方なく顔だけを覗かせる。一緒にベッドの中に入っているのは、色々と不味い気がしたので俺は出たが、俺のベッドの中ではすやすやと見知らぬ少女が寝ていた。
「その子誰ですか?」
「知らないよ。朝起きたら布団の上に乗ってたんだ」
「今日の予定は衛兵舎だけかと思っていましたが、敏腕精神科医の方にも助けを乞わなくてはならないのですね」
「ちょっと待って衛兵舎? それ、カプアのだよね? カゼルタじゃないよね?」
「あの殺人鬼と同じ牢獄に入りたいのですか? 大丈夫です。わたしはいつまでも貴方の出所を待ち望んでおりますので……」
「違うからね!? 流石にこんな小さな娘に手なんか出さないから! 信じて!」
「本当ですか?」
「なんでそんな懐疑的なんだよ!」
流石に限度があるわ! こんな年齢一桁代の子になんか手は出せねえよ! 日本の高校生の倫理観を舐めんなよ!
「…………うみゅ」
「あっ、起きたみたいですよ悪鬼羅さん」
「お、おう、そうだな……。ちょっと待て。なんか俺の呼び名に少し悪意を感じたんだが」
「気の迷いですよ安忌裸さん」
「お前、今絶対バカにしてるよなあ!?」
今絶対口角上がってたよ!
この状況を楽しんでやがるな、この女!?
「まあ冗談はともかく」
「冗談で済む話じゃないんだよなぁ」
「冗談で済むならそれに越した事はないですよ。そんなことよりも、この子がいつアキラさんのベッドに潜り込んだかです。それを確認しないことにはどうも……」
「……信じてくれんのな」
「一晩中寝ていたのは知っていますから」
知ってるのか……
……いや待て。昔ならともかく、今は完全に個室にしてるからわからないはずでは……
状況の矛盾に首を傾げるも、俺のそれを気にも留めずにリーシャは、起きたばかりで痒い目を擦る金髪幼女に問いかける。
「むぅ……」
「おはようございます。起き抜けで申し訳ないのですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「……だれー?」
「わたしはリーシャ。そしてこちらが――」
「――パパ!」
「そう、パパ……え?」
リーシャが驚愕の目で見てくる。
しかし一番驚きたいのは俺だ。
今、俺のことをパパと言ったかこの娘。
と、とりあえず……
「おはーパパだよー。よく寝てたねー。……違う違う違う違う! 何言ってんのこの子何言ってんの!?」
「アキラさん……、いつの間に……!」
「違う違う違う違う! 俺に子供はいない! 待ってくれ! 俺は童て……じゃないけど! とにかく子供は作ってない! あいつだって一応避妊はしてたみたいだし!」
「あいつ?」
「待って待って! そんな怖い顔しないで! 違うから! 俺は子供なんて作ってないから!」
「そうですか。……それで、奥様の方はどちらに?」
「違う! 違うから!」
「パパー。おなかすいたー」
混沌ここに極まれり。
可愛らしくお腹をきゅるると鳴らした全裸の少女を毛布に包み、俺に軽蔑の視線を向けてくるリーシャと、その視線から逃げ出すように部屋から出て席の確保へと向かう俺は、やはり妙なところでコンビネーションを発揮していた。
ーーー
「……そう、彼は見つかったのですか」
「ええ。元気そうでしたよ」
ランプの光が良く映える夜。
フィリアは王都へと戻り、1人の少女と食事を共にしていた。夕方まで百腕巨人と戦っていたはずなのだが、やはり彼女はこの世界の最強格。長距離の高速移動も容易だった。
フィリアは事の顛末を語る。
それを聞く少女――シャルロッテ姫は、ほっと安堵を息を吐くと共に、何が嬉しいのか嬉々とした表情になる。
「まさか『湖光の一族』と共にいるとは……。やはり彼には運命の大波が付き纏っているようにしか思えてなりませんね」
「勇者として召喚され、栄光派の者に追われ、奴隷解放と言う前代未聞の大業を成し遂げ、今度は百腕巨人をも討伐した。まるで物語の英雄ですね」
「そうね。どうやら私の判断は間違っていなかったようで安心しました」
嬉しそうに茶を口に運んでいたシャルロッテだが、次には思案するような懐疑的な表情になる。
「カプアにいるとなると、やはり戦線復帰は難しいかしら。あそこは戦線からは真逆。少し遠いものね」
「まるで王都まで数刻ほどで移動する私が怪物だとでも言うような口振りですね」
「あの人はこの世界に来て一年も来ていないの。そう言う意味では生まれたばかりの赤子同然なのよ? 貴女みたいにテレポートの真似事は出来ないわ。当然でしょう、神代級冒険者さん?」
「そうですね」
釈然としない面持ちで納得する。
アキラの操術を見た後に、あれを生まれたばかりの赤子と比喩することが、フィリアの頭が飲み込めないのだ。
あれは少なくとも、間違いなく赤子などではなかった。この世界での最強格の足下には匹敵するほどの操術だった。それほどまでに綺麗な操術だったのだ。
「ともあれ、私の目的は貴女に伝えてある通り、近く起きる第三次人魔大戦に彼を出兵させることです」
「赤子同然ではなかったのですか」
「そんな怖い顔をしないでちょうだい? あれは赤子と言っても、中に神が住んでいる現人神よ。決して軽んじて放置して良いものでもないの」
「……私は彼の出兵は反対です。彼が哀れだ」
「何、同情したの?」
「ええ。親から引き離された子供と言うのは、やはり誰しも哀れに思えて仕方がない」
「実体験かしら」
「はい。私も孤児でしたから」
フィリアは孤児だった。
第二次人魔大戦の折に両親を亡くした彼女はマリアン修道院に引き取られ事なきを得たが、彼は独力だけで今の地位を確保した。
それを王族の都合で無くすと言うのは、やはり彼が哀れに思えて仕方がないのだ。
「……そう。私にはわからない事ね」
シャルロッテは興味なさそうに新しく注がれた茶を飲んだ。
「けど、私は同情するつもりはないわ。私には王族としての責務があるの。力のある者を一騎当千の英雄にする責務があるの。彼はその力を得た。なら後は使うだけよ」
「……貴女には、人の心がないのですか」
「前を見るとはそう言うことよ。何処までもエゴに突っ走る。そして目の前の障害を無作為に壊す。……貴女も、私の障害になってみる?」
不敵な笑みを浮かべてフィリアを見る。
その青い瞳には紅蓮の炎が渦巻いていた。絶対に意見を変えないと言う意志。そして負けないと言う自信のある目だ。この彼女を敵に回すのは厄介だろう。
「遠慮しておきます」
「賢明ね。なら、追加クエストよ。彼をここへ引き戻すための手筈を整えておいてちょうだい」
「……わかりました」
頷いたフィリアは席を立つ。
そして窓から飛び降りた。ちなみにここは王城の最上階に一番近い、見晴らしの良い部屋。娘に甘い父に頼んで譲り受けたのだ。飛び降りれば必死である。
しかしシャルロッテが窓から顔を覗かせた時には、フィリアの姿はなかった。すでにカプアへと発ったのだろう。彼女の足なら数日掛かる距離でも数刻ほどで着く。なら、今から出るとしたら深夜あたりになるのだろう。
「…………ふぅ」
ため息を吐き出し、空を見上げる。
空には雲一つなく、しかし真暗な真月だった。




