55話 VS百腕巨人《決着》
あたりの惨状を見渡しながら息を吐く。
俺の操術と巨人の攻撃の余波によって、しっちゃかめっちゃかに禿げた無貌の荒野。剣聖の剣によって吹き飛ばされていく葉や、剣圧から放たれる強風によって靡く木々。混沌と化した地獄絵図だった。
ちょっとやりすぎたかな? と思いはしたが、よく考えてみれば、主な攻撃の余波は完全に巨人の攻撃によるものであり、俺の数だけが取り柄の攻撃は関係ない。
むしろ俺は余波を弱めているのであって、自然に恨まれる筋合いはないと、胸を張って言えるだろう。張る胸を何処に向ければいいのか知らないが。
ともあれ、俺と巨人の攻防は未だに続いていた。
組み手のような掴み合いから始まった攻防はもはや、どちらが先に殴るかの殴り合いへとシフトしていた。
やはり巨人の腕は質が良くても百しかないので、個々が弱くても無限に生み出せる俺の百手は、この果てしない殴り合いには最適だった。
「《剣閃花》!」
しかも今はあの剣聖の助力を得ている。
聞いてみればなんでも、あの剣聖とリーシャは親戚同士らしく、それだけに俺の中で彼女は、さらに信頼のおける仲間としての株が急上昇していた。
しかしそれでも守るだけだ。
俺が攻撃に乗り出せることは、おそらくこの先あり得ない。当然だが、俺の戦法は守り切ることだけが取り柄なのだ。数を用いて攻撃を凌ぐことだけが、俺の持ち得る戦術なのだ。
だからこそ、どうしようかと迷う。このまま攻撃に乗り出してしまっても良いのだろうか。しかし、攻撃に乗り出せば背後に控えるリーシャ達が被害を受けてしまうのではないか。
難しい問題である。
「ちっくしょう……」
魔力が体内を廻る度に、内臓が煮え繰り返るようにに熱くなるのがわかる。やべぇ、めっちゃ熱い。涙が焦って出てくる程度には熱い。
「痛ってぇ……!?」
蒸し返るような吐き気と、張り付いて気持ち悪い冷や汗が止まらない。喉元過ぎれば熱さを忘れるらしいが、その熱さが喉元で暴れ散らかしているせいで、ずっと痛いままである。
「アキラさん!」
「リ、リーシャ……?」
背後に控えていたはずのリーシャが、飛び回り逃げ回る俺の大地へと飛び乗ってきた。ぜぇはぁと息を切らしており、急いで来たのがわかる。
「酷い汗です。大丈夫なんですか!?」
「あ、あぁ……、大丈夫大丈夫。あと少しだけ粘れば、後は野となれ山となれだ。剣聖が何とかしてくれる」
「でも、無理をしていますよね」
「安心しとけ。無理なんかしてねえよ」
「そうですか……」
納得する素振りを見せたリーシャだったが、俺の頬を伝う汗を見て、やはり納得しきれない表情で俺を見た。
「……アキラさん。奴隷の身分で恐縮ですが、少し我儘を言ってもよろしいですか?」
「いまぁ? ちょっと待って割とキツいんだけど」
「わたしがトドメを刺してもよろしいでしょうか?」
トドメを?
思いの外声が出なくなってきたく口を必死に回し、俺は毅然とした態度のリーシャに問いかける。
「……な、んで?」
「あなたが苦しむ姿を見ていられないのと、わたしは恐らく、現状一番動けるほどの体力を残しているからです。一撃で屠るには十分な火力を出すことは容易でしょう」
「そりゃまた大変結構な妄想なことで。そこら辺も剣聖に任せといた方がいいんじゃないか」
「けど、現在フィリアさんもトドメを刺すまでには至っていません。恐らく、決め手が足りないのではないかと」
「……たしかになぁ」
それは俺も危惧していた事柄だ。
フィリアが攻めを、俺が守りを担当していた攻防戦だったが、しかしそれであの百腕巨人の鉄壁の守りを攻めきれていないのは明白だ。それを何処で攻め切ろうかと言う懸念も、同時に俺の中では浮かんでいた。
そしてそれを提示してくれたリーシャには、かなりの信頼を置いても良いのではないかと思案してしまう。
「……一撃だけだ。任せていいか?」
「もちろんです。貴方の奴隷を信じてください」
「――わかった。頼む」
そしてリーシャは「お任せください」と言って、腰に提げた剣の柄を取る。陽光を反射する刀身からは、一条の白刃が放たれていた。
一瞬だけその光に戸惑うも、しかしリーシャの隠す氷山の一角であるには間違いないと踏んで、視線を百腕巨人へと戻した。
百腕巨人には隙がない。むしろ剣聖の攻撃に耐えながらも此方の隙を窺っている。防御に回さなければならない手は、全て剣聖の攻撃に用いている。数だけが頼りの俺の攻撃には、半分以下の巨腕で対応してやがる。……いや、成る程。
隙は此処か。
「リーシャ、お前専用の一本道を作ってやる。だから前だけを見て突き進め。俺がお前を守ってやる!」
「…………」
「ちょっと!? 何で呆けてんの!?」
「……あっ、は、はい!」
顔を薄く赤色に染めて呆けるリーシャに文句を言うと同時に、俺は土塊の百腕を操っていた両手を地面に突いて操術式を展開する。
魔力はすでに流し込んでいるため、今度のは操るためだけに魔力の循環を促したのだ。であれば必然、俺はリーシャに意識を向けなければならない。
見るとリーシャは鞘の調子を確かめているようであった。たしかに走っている途中に剣が無くなったら、剣士としては大惨事なのだ。
確認を終えたリーシャと目が合う。首を動かしたように見えた。準備完了と言う合図だろう。その可愛げのある仕草に、俺はふっと薄く微笑む。
「行ってこい!」
「――はい!」
大地から伸びる土柱。剣聖のために作った道を再び、今度はリーシャのためだけに伸ばし始める。目的地は百腕巨人の頭上。ここであれば誰にも邪魔されず、一閃を打ち込むことができるだろう。
土柱の上に乗ったリーシャは、目の前の百腕巨人目指して凄まじい速度で駆け出す。チーターもかくやと言うほどに凄まじい勢いのスタートダッシュだ。その衝撃で土柱にヒビが入ってしまった。補強しなければならないだろう。
駆け出したのをよそに、俺は再び操術式を地面に展開する。土塊の巨腕を全て放棄。意識の九割をこの操術式へと向ける。
「――接続開始」
操術式は先程展開したのを再利用すれば良いだろう。だから共感覚は必要ない。
「リーシャを守るぞ、『五十の魔脳』!」
再接続。
俺の立つ地面から現れたのは魔法陣のような奇々怪界とした模様の幾何学模様。それは白く煌々と発光していて、まるで万華鏡を思わせるような美しさだ。
その中心に浮かび上がるのは、百腕巨人――をモデルとした土人形。その頭部分である。
窒息する可能性があるからガ◯ダムのモビ◯スーツのように中に入って操術することは出来ないけれど、それでも第三者視点からの客観的視点に頼って動かすことは出来る。
けれどここではロボット操縦はやめておこう。俺は攻撃をする側ではなく、攻撃を支える側だ。
そして、それを魔力の動力庫として稼働させ、俺にかかる負担を半減させる。すると土を操るのに一々これを通さなければならなくなるが、それでも単純作業だけをやるだけならこれは必須アイテムだ。
ばかばかと性懲りも無く打ち込んでいた俺の攻撃が止んで、不審に思ったヘカトンケイルの目に映ったのは、剣を持って万有引力の法則に逆らった大地を走る一人の少女だ。
それに危機感を持って対処しないほど、彼の頭は空ではないだろう。一応《接続者》だのなんだのと呼ばれているのだ。それなりに理性を持っていてもおかしくはない。
そして理性を持っているのならば、彼がリーシャに対して強襲をかけない手はないだろう。
「強襲をかける? 知ってんよ。だから、俺がいるんだよ」
俺は悪どい笑みを浮かべているだろう。
きっと、単純に楽しみなのだ。
「攻撃が次々と潰される。それってさぁ。一体どんな気持ちだぁ?」
終始優位な位置で高見の見物を決めてやがったヤツが、足元以下にいたヤツに引き摺り落とされる様を見るのが、楽しみなのだ。
先ほどよりも質量を持った巨腕を差し向ける。攻撃を仕掛けるためではなく、今度は防御の意識を引くために。
しかし易々と受けてくれるわけでもない。いくら質量が増したからとは言え、所詮は土塊だ。だから百腕巨人は此方への対処に向けていた巨腕の一部だをリーシャに差し向ける。
無論、知ってた。百腕巨人の強みは、個々の力が途方もなく強い百個の腕だ。それを器用に操って、草原を荒野に変えるほどに蹂躙するのだ。
その一本が、一人の人間に向けられていいものではないことも、俺は知っていた。単純な力勝負になれば、俺たちは負ける。人間が巨人に勝てるはずがない。
「頭を使えよ。能無しか?」
そう。力負けしてしまうのだ。だから腕自体には危害を加えない。危害を加えたところで、高が知れる程度の足止めにしかならないのだ。やったところで意味を為さない。
だからこそ、無防備になっている胴体にこそ、俺の意識を向けてしまえばいい。
「――――ッッ!!!」
「俺特性の半自動ランニングマシンはどうだ? 片足だけだけど、ちっとは運動出来そうか?」
百腕巨人と聞いて最初に浮かぶのは、百個の巨大な腕だ。人はこんな巨人を対処する時に、まず先に百腕をなんとかしようと躍起になるだろう。だから百腕巨人も百腕ばかりに意識が向いてしまう。
だからこそ、足元が覚束なくなる。
まったく、馬鹿だ馬鹿だと密かに馬鹿にしておいたが、まさか本当にここまで馬鹿だとは思わなかったぞ馬鹿野郎。
もはや負ける気がしない。
だってもう、あそこには――
「――――アロンダイト」
最後の一撃がいるのだから。
「――――80%」
リーシャが剣を抜く。
すると百腕巨人の胴体に傷口が開き、ずぱっと小気味の良い音を立てて血潮が吹き出した。
「……おいおい、あいつ、剣を抜いただけだよな?」
「――――ッッッッ!!!!」
火事場の馬鹿力だろうか。
転げたままの姿の百腕巨人は、剣聖の対処に向けていた腕さえも掻き集めて、出来る限りリーシャの攻撃の邪魔をしようと防御を固める。
このままではリーシャが斬撃を放っても、おそらく威力が減退して百腕巨人は生き残ってしまう。
最後の一撃で彼奴が生き残るのが、今一番想定される最悪のシナリオだ。そして生き残ったヤツは、『世界』から得ている無限の魔力で回復を始めてしまうことだろう。
ヤツを仕留めるには一撃でなければならない。それは恐らく百腕巨人当人も含む全員が理解していることだった。
「このッ!」
「――ッ!」
「クッ!?」
俺も剣聖もリーシャも、反応が遅れた。遅れてしまったのだ。己が役割を全うするために必死になっていた。故に、予想ができたことにさえも、反応が出来なかったのだ。失態だ。失敗した。
……しかし、その腕の近くに一つ、小さく動く黒い影があった。
「『七罪』開帳」
ふわっ、と鼻を宥める香りがした。
その匂いは戦場全体に伝わっており、その場にいる戦士の鼻腔を擽る。何処かで嗅いだことのある匂いだ。
そう思い、ぴくりと反応した右手を見る。
……そうか。この場で戦っていたのは、俺たちだけではなかったのだ。
「〝退廃誘う情欲の大罪〟」
匂いが弾ける。
同時にその小さな黒い影が姿を現して、凄まじい膂力とともに、香る匂いで拘束が弱まった巨腕の盾を腕力だけで吹き飛ばす。まさに剛力だ。
「貴女――!?」
「行って! 魔剣士!」
ティコ・シャンポールだ。
姿を隠していた彼女は、いつのまにか巨人のそばまで近寄って、巨人に一矢報いる好機を狙っていたのだ。
やはり暗殺者と言うのは厄介極まりない者だ。しかし、味方になればこれ以上ないほどに力強い存在だった。
「――ありがとう!」
お礼を言う。謝礼は改めて、後で良いだろう。だから、リーシャは余力を残すことなく、本気で己の魔剣を振るう。
「『狂える魔剣・80%』!」
鞘の中に仕舞われていた白い光が、リーシャが剣に魔力を込めると同時に溢れ出る。その先は百腕巨人に向けられて、斬撃は全て百腕巨人に叩き込まれる。
その衝撃波だけであらゆる物が吹き飛び、俺も油断すれば吹き飛ばされそうなほどに力強かった。いや、操術で編んだ地面の盾がなければ吹き飛ばされて、頭を打って再起不能に陥っていたことだろう。それほどまでに凄まじかった。
薄黒い砂埃が巻き上がり、視界が灰色に覆われる。砂埃が晴れ一番に目に入ったのは、挽肉よりもさらに細かく身体を裂かれ、火山灰のように舞い散る巨人の肉塊と。
巨人がいたであろう場所に出来た大きなクレーターと、その中央で横たわる小さな身体のエルフの少女だった。




