54話 こうして、操術師と剣聖は邂逅する。
ズガガガッ! と土と拳が打ち合う戦場。
その中を悠々自適に、スィーっと動く地面に乗せられ、まるでボード上に立つサーファーのように駆けずり回るアキラは、数多の巨腕を避けながらついにヘカトンケイルの鼻先は到達した。
ヘカトンケイルの顔はやはり大きく、まるで背後に聳える断崖絶壁の如く、その場にいる者に超えられない試練を課している門番のようでもあった。
なんかデカイのムカつくから悪戯でもしてやろうと思い、鼻ん中に土でもぶん投げて窒息させてやろうかと画策をするが、鼻が50個もあるためその悪戯を断念。そんな精密操作は出来ません。
どうしてやろうかと思案していると、俺の巨腕一斉掃射で余裕が出来たらしい剣聖が、空を蹴って此方へ近づいて来た。
なにあれすごい。
「助力いただき感謝致します。お陰で余裕が出来ました」
「それは良かった。休んでおいてください」
「いえ、そうもいきません。私はすこし、貴方と話がしたいのです」
「……俺と?」
「はい」
妙に畏まった態度で話す剣聖に、俺は厄介事の気配を察知する。そのせいで顔が引き攣ったのは御愛顧にしてください。厄介事は好きだけど、他の厄介事の最中に来られるのは嫌いなんです。
「貴方の名前は、アキラで宜しかったでしょうか」
「まあ、はい。そう呼ばれてますね」
「では、貴方の本名はカセ・アキラで、よろしいですか?」
「…………何処の者だテメェ」
俺はギルドでは名前を『アキラ』で通している。だから冒険者ギルドと言う組織自体は、俺の本名を知らないはずだ。しかし何故かこの剣聖は、俺の本名を知っている。
考えられるのは2つ。
一つ目は、俺がこの世界に来たばかりの頃、シャルに教えてもらった『栄光派』なる組織だ。
彼らは『勇者』を重んじており、勇者と共に召喚された『操術師』を殺そうと画策していた輩だ。要するに、彼らにとって俺と言う存在は目の上に出来た蛆でしかない存在なのだ。俺の首を狙っているのだとしたら、おそらく奴らだろう。
二つ目は、シャルが俺の居所を割るために寄越した間者かだ。
シャルの思惑通り、俺は王宮から逃げ出すことに成功したのだが、しかし予想とは違う方法になってしまった。予想とは違うと言うことは、予想外の場所へ逃げたと言うことであり、俺の安否はシャルには伝わっていないと言うことである。
どちらにせよ、どうしてこの広大な世界で俺を発見出来たのかは予想が出来る。
あの奴隷騒動の後、どうやらカプアの街近くに奴隷が新たに街を作ったのだそうだ。興したのは言わずともあの中の奴隷。その代表者の名前はクリスとか言う狼人だそうだ。
違法とは言え奴隷だけの街と言うことで、奴隷を容認している国である以上、国にとっては見過ごして良い案件ではない。日頃から奴隷を物のように使っている国民からしてみれば、いつ報復してくるかわからない危険分子だ。そのせいでちょっとした問題になっていると聞いたことがある。本格的な戦闘には至っていないようだが。
おそらくその騒動の中に操術師がいたと言う情報があったのだろう。非戦闘職である操術師だ。いるのは相当おかしいことだろう。しかも俺はあの奴隷商の代表に、文字通り泥を食わせたのだ。情報が広く出回るのは致し方ないことである。
ともあれ前者だったら最悪だ。この戦闘に乗じて俺の首を狙ってくるのは容易だろう。俺はそれを警戒し、剣聖から離れようとすると――
「待ってください。私は貴方の敵ではありません」
「信用できないな」
「それは致し方ないです。けれど少なくとも、私が貴方に刃を向けることはありません。そこは信じてください」
「…………」
やはり信用出来ない。
そう言って斬り掛かってくるのが通常の反応だろう。「バカめッ! 油断したな!?」と言うヤツだ。だから俺は油断することなく警戒心を上げ続ける。
「私はシャルロッテ姫から依頼を受けて、この街へ貴方を探しに来たのです。どうこうしろとは申し付けられていません」
「……あんた、あの姫さんの何なんだ?」
「何でもありません。私はあくまでも冒険者。シャルロッテ姫は私の依頼主です」
「すこしは信頼できそうだな」
あくまでも金の関係と言うことだ。
金ほど信用出来る代物は存在しない。目に見える信頼性と言うヤツだ。ならば仕方ない。すこしは警戒を解いておこう。
「それで、シャルはどうしてる? 元気か?」
「はい。毎晩天体観察をして、その度に女王様に怒られているくらいには」
「あの人そんなことしてんのかよ」
呑気か。
俺がカプアで冒険者活動をしている間に、あの人天体観察して怒られてんのかよ。
「それでシャルロッテ姫からの伝言なのですが……、話している場合ではなさそうですね」
「お気づき頂き感謝。……野郎、俺の波状攻撃に慣れて来やがって。しかも魔力の廻りが悪くなって来たんだけど。……まさかあいつ、なんかやりやがったな」
頬を伝う冷や汗に、俺は肩をぶるりと震わせる。
大地から与えられている魔力の廻りが悪くなって来たせいで、俺の体内魔力がガリガリと削れている。お陰で気怠さが表情に出てきてしまった。
俺の余裕のない様子を見て、剣聖はふむと何かを思考する素振りを見せると、「やはり、ですか」と言って人差し指を顎に当てた。
「――と言うことは、《接続者》で確定ですね」
「……こねくたぁ?」
聞き慣れない単語に俺が首を傾げると、剣聖は詳しく説明してくれる。教棒や鞭でも持たせたら、スパルタ女教師にでもなれるのではないだろうか。
「《接続者》とは世界の力の均衡を守るために、『世界』によって生み出された調停者のことです。《接続者》は『世界』と接続していて、無尽蔵の魔力を『世界』から得ています」
「……なにそれ。明らかに俺の無限魔力循環の上位互換じゃん。ガチの無限の魔力ってなんだよ。世界公認の公式チートかよ」
「まぁ、与えられた使命が使命ですからね。彼らは『七罪』と呼ばれるスキルの保有者の抹殺を使命としています」
「OKわかったもう大丈夫。これ以上俺の頭をパンクさせないでくれ」
知らない単語ばかりだ。
これ以上知らない単語が出てきたら、今度こそ頭がパンク&ショートしてしまう。そうなったら『百手の散弾銃』を解かなければならない。頭が壊れてしまうのは個人的に不味い事態だ。
「ちょっ、まじむり……。あいつの体力、どんなチートだよ……」
「私が出ます。道を作ってはもらえないでしょうか」
「……おう。道を作るのは操術師の役目だ。攻撃は頼みましたよ!」
「お任せください」
ズズズッと大地から数本の土柱を作り出す。
その上にヒョイと驚異の跳躍力で乗った剣聖は、まるで草原を駆ける狼のように駆け出した。




