52話 操術師の本気
ヘカトンケイルは元の世界の伝説にも残っている、超人型のモンスターだ。
主な出典はギリシャ神話にある。詳しくは知らないが、血縁上は主神ゼウスの叔父にあたる3人の巨人。五十の頭と百の腕。そしてあまりの醜さ故に実の父であるウラノスにタルタロスに幽閉されていたが、ティタノマキアの際にゼウスが戦力として加えるために解放し、キュクロプスとともに勝利に貢献したらしい。
いきなりそれと同名のモンスターが出てきたからとは言え、それを俺にどうしろと言う話に帰結する。俺は一介の学生徒だぞ。天地を揺るがした巨人相手にどう立ち回れと?
今はあの剣聖さんが立ち回ってくれているお陰で、俺達に体勢を整える猶予を貰っているが、それがどれだけ時間を稼げるかは完全に剣聖の実力次第だ。
いや、しかし――
「ヘカトンケイルかぁ。……うわぁ、ゲームでしか見たことねえよ。すっげぇ」
「げぇむと言うのはわかりませんが、初めて見ることに関しては同意です。あんな異形の怪物、初めて見ました」
「いつも戦ってんのは人型だろうと動物型だろうと、日本でもよく見かけた類のヤツばっかだからなあ。それがいきなり、デカくて非人間型のモンスターだなんて」
見上げるほどに大きいヘカトンケイル。
巨人族と言う魔族がいるのは知っていたが、しかしここまで大きいと戦う気を無くしてしまうのは人間として当然のことだろう。
やはり自分よりも大きな敵と言うのは、恐怖の対象でしかないわ。何あれ。どうやって倒せっての?
「ティコ。あれどうやって倒せばいい?」
「……で、…………の」
「あん?」
「なんで! 助けようとするの!?」
突然大声を張り上げるティコに、俺は頭に『?』を浮かべて反応する。
「……どうした? なんか変なもんでも食ったか?」
「変なものを食ったのはあなたでしょう! なんであなたを襲った私を怖がってくれないの!?」
「はあ? 俺、お前に貰ったもんしか食ってないんだけど……」
キレ散らかすティコに対する俺の反応は淡白だ。仕方ないだろう。何故怒っているのか、まるで理解できないのだから。
むしろ怒るべきは自分の方だと思うんですがねぇ。拉致監禁されて、強姦されて、偽造の愛を強要されて。やだー、立派な犯罪じゃないですかー。
「私は怖いよ。あんなに酷いことをしたのに、あなたの純潔すらも奪ったのに、それでもまったく怒ろうともしないあなたが、抵抗すらもしないあなたが、怖くて怖くて仕方がないよ!」
「…………えーと、」
「しかも挙句、死にそうな私を助けにくる!? もう意味わかんない! 私なんか放っておけばいいのに! 私が死ねば、あなたは助かるのに!」
「えっ、ちょっ、どう言うこと? 言動がめっちゃ矛盾してるんだけど。えっ?」
「……貴方は死にたかったのですか?」
ティコの意志を汲み取ったらしいリーシャが、地団駄を踏んで怒りを表すティコに問いかける。
それに怒り任せの怒号とともに叫ぶティコは、一歩前に出てくるリーシャの胸ぐらを掴み、唾と涙で汚れた顔面を拭うこともせずに頭を振る。
「違う! 私は死にたくない! けど、私が死ねばあの人の役に立てる! 私はあの人の役に立ちたいだけだ! そうすれば、世界には、もっと……」
「…………どうやら、良くも悪くもわたし達は似ているようですね」
「というと?」
「貴方に対する感情が似ていると言うだけです。これ以上は触れないでください。乙女の領域ですよ」
「あっ、そう……」
やはり『?』しか浮かばないが、詮索するなと言われのなら、俺はこれ以上詮索しない。
男には男の秘密があるように、女には女の秘密があるもんね。探られたくない秘密だってあるよね。きっと。
「アキラさん。この殺人鬼に代わってお聞きします」
「なんだ?」
「何故、彼女を助けるのですか? わたしには、助ける必要性を感じません」
リーシャの顔は素面だった。
そして至って真面目だった。
真剣な質問だ。
真剣に問いかけてきているのなら、俺は真剣に答えるのが礼儀だろうが、しかしシリアスなんてやってると時間を取られるだけになってしまう。全部答えようとするなら尚更だ。
「リーシャ。そしてティコ。お前らに質問に答える前に、言っておきたいことがある」
「はい」
「…………」
ならば少し、近道をしよう。
「女は男の宝物だ」
「は?」
「……は?」
「可愛ければ尚更だッ!」
「はあ?」
「……えっ?」
ドンと胸を叩いて俺は語る。
自慢気に俺の悟りを語る。
本題に移っても変なテンションは続く。
未だアキラは興奮状態だった。
「俺は遠い異郷の地からやって来たせいでな。沢山の嫌なことやメチャクチャ高い壁にぶち当たって来たんだよ。それでも頑張って来れたのは、やっぱりリーシャを筆頭にした可愛い女の子の優しさだったんだよ! これが何を意味するかわかるか!? やっぱり可愛いは正義だなってことだよ! 可愛いは正義! 醜いを悪とは言わないけれど、やっぱり可愛いのは絶対正義なんだよ! 可愛いが正義になるんだったら、俺も正義の味方になる!」
両腕を掲げて高らかに熱弁する。
やはりアキラは興奮状態だった。
アキラの瞳は、無駄にキラキラと輝いていた。
語る最中の女性陣の反応といったら、「何言ってんだこいつ」とでも言いたげにやや引き気味だ。それを見て理解されていないと勘違いし、さらに拍車がかかった俺に、それでも完全に顔を歪めて「キモチワル」と言わないだけ有難い。言われたらきっと俺は死ぬ。いや絶対に死ぬ。首を吊る。
「……まあとにかく! 可愛い女の子は護る! 男として当然の行いってヤツだ! わかったか2人とも!」
「は、はあ。アキラさん、やっぱりまだハイになってます?」
「うん!」
「うん、じゃないですよ! もう! せっかくの真面目な空気がなくなってしまいました! これから戦闘だって言うのに、どうするんですか!」
「知るか!」
「無責任!」
「……あの」
漫才を繰り広げる俺とリーシャに、おずおずと片手を挙げて質問してくる小動物が1人。彼女は不安げな表情を浮かべながらも、それでいて僅かな期待を持っている顔だ。
「もしかして、私を助けてくれるのって、貴方にとって私が可愛い部類に入るからってこと?」
「違うぞ?」
「えっ」
「いや、違くはないわ。お前可愛いし。でも違うんだよなー、これが」
「えっ、えっ?」
チッチッと人差し指を揺らす俺に、本気で混乱した様子のティコが珍しく狼狽える。
今日はやけに呂律が回る。
やはり久しぶりにリーシャに会えたのが嬉しかったのだろうか。
そうだ。きっと嬉しいからに違いない。言いたいことも言いたくないことも関係なく、俺は心地よい感情を持って会話を繋げる。
「俺を愛してくれる女の子1人護らないで、男を名乗れるかって話なんだよな」
「……えっ?」
「俺に暴行を働いた? 俺の純潔を無理やり奪った? そんなの途中経過に過ぎないだろ。俺は観察眼だけは自信があってね。お前が俺を本気で愛してくれていたってのはわかってたんだ。……いや、やっぱり無理やりってのは頂けないけど」
俺は確かな本心を語る。
アキラは興奮状態であっても理性消失状態ではなかった。
俺を愛してくれたのであれば、それ相応に返さなければなるまい。頭の螺子が一本は抜けている思考回路だ。自分でもわかっている。しかし、ここで彼女を助けなくては男が廃ると、心のどこかで誰かが叫んだのだ。
拳と掌でパァンと打ち鳴らす。
「そこで休んでろよティコ。操術師の本気って物を見せてやる!」




