51話 VS百腕巨人
百腕巨人。
神代から伝わる伝説の巨人の一種で、神代の英雄譚『マグリア戦記』の主人公、剣士マグリットに力を貸す操術師が残した、朽ち落ちた操術式の成れの果てとされる魔族だ。
百の巨腕を全て掌握しており、見た目に劣らないタフネスとストレングスを兼ね備えた、魔王軍と敵対する人間にとってはかなり厄介な存在である。
自慢の巨躯と百腕は全てを蹂躙し、武人の死体をも凌辱するほどの殲滅力を有している。そのせいで魔王軍との対決の際には、唯一の弱点である知能指数の足りなさを利用するしか、人間側には勝ち目がないと言う魔族だ。
それが何故こんな場所にいるのか。
ここはカゼルタの近く。そしてカプア近郊である。
魔王軍と人間軍の戦線からはかなり離れた場所に位置する地域のはずだ。魔王軍が遠回りを画策して遠回りさせるにしても、この頭の足りない魔族を使うのか。それとも何か別の力が働いているのか。
フィリアは後者の線を考える。
おそらくティコが『七罪』が覚醒寸前まで進化したことによって、『世界』の抑制力が働いたのだ。
と言うことは――
「接続者か」
ともすれば話は通じる。
おそらく『世界』が『七罪』を感知して、その抑止力として接続者を召喚したのだろう。しかし接続者が召喚されるには、それ相応の魔力が必要となるが、その供給元はと言えば――
「この世界そのものが魔力源と言うことか」
おそらく何らかの結界だろう。
カプアの街からもカゼルタの街からも、この天をも貫く断崖絶壁が見えなかったと言うことは、おそらくこの世界がこの接続者に与えられた専用の結界と言うことだ。
『世界』の中に新たな世界を作り出して、それを媒介に接続者を召喚する。そもそも接続者とは『世界』との接続に成功したよっぽどの大物だ。それを召喚するだけでも膨大な魔力を消費すると言うのに、裏技荒技を駆使して召喚していやがったのだ。やはり『世界』は破格なのだろう。
「――しか……しッ!」
捲れ上がる地面から逃れるために、フィリアはその場から退避する。
「……攻撃は無差別か。リーシャさんが帰ってくるまでには、何とかしておきたいですね」
これからおそらく、リーシャはお荷物を連れて帰ってくるだろう。
お荷物を背負っている中で、この無差別爆撃を生存するのは困難だろう。リーシャの生存ルートだけは残しておきたい。一番簡単なのは百腕巨人の攻撃に合わせて殺人鬼を始末することだ。
しかしそれはあの百腕巨人が『接続者』だと言うことが前提として必要である。
前者の考えである、魔王軍の放った遊撃部隊であれば厄介なことこの上ない。その場合は殺人鬼と結託して討伐しなければならなくなるだろう。一人で巨人討伐は無理だ。それこそ伝説に語られる英雄でもなければ。
「……やれやれ。どうしたものか」
フィリアは余裕のある無表情で、理性を余す殺人鬼と百腕巨人に向き直った。
ーーー
――なんだ、あれは。
壁のように高く聳える巨人。飢えた獅子のように凶悪な瞳孔は、始終此方を睨み続けている。
親の仇でも見るかのような視線だ。私が殺した中に彼の親でもいたのだろうか。巨人の中には小巨人と言う人間と巨人のハーフが存在するらしいが、殺した中にあれの親でもいたのだろうか。いや、あれは百腕巨人だ。憎まれる覚えがない。
巨人の百腕は全て此方に向けられている。しかもその殆どが拳を握っていて攻撃姿勢だ。
これから起こることは大体わかる。あの百腕が雨のように私に向けて撃ち込まれるのだろう。
「……っ」
ずぅんと地面が揺れる。
波打つように動き始めた大地が脈を打ち、足元を覚束なくさせて私をパニックに陥れる。しかしすぐに思考を切り替えて、その場から離れて体勢を整える。
「……ふーっ」
『七罪』が身体に染み付いてきた。
それと同時に消失していた理性が戻ってくる。
頭はすっかりクリアになった。
どうやらこれ以上の進化は見込めないらしい。
と言うことは今の状態が、私の一番強い状態と言うことだろう。
ギリッと力強く拳が握られる。
戦闘が始まろうとしている。
百腕巨人は私に目掛け、己の百腕を解放した。
雨のように爆撃する百の巨腕は、大地を抉り、捲り上げ、私の、そしてあの剣使いの逃げ道さえも無くしながら無差別に攻撃する。
あの剣使いの仲間ではないことは確実だ。仲間であればこんな非常識な攻撃範囲で殴殺なんか考えもしないだろう。
敵の敵は仲間、と言うわけではない。むしろ三つ巴のような状態になってしまったが、おそらく私と剣使いは協力できるのではないだろうか。
しかし彼女が協力してくれるとは思えない。先程まで殺し合っていた仲だ。簡単に手を貸してくれるとは思えない。
であればこの拳の雨に乗じて剣使いを暗殺して、あの洞窟内に逃げ込むと言うのはどうだろう。
おそらく出口は崩落して、一生外には出れなくなると思う。しかしこれは絶好の機会ではないだろうか。中に入って行ったエルフは彼の仲間だ。その仲間を目の前で殺せば、愛好対象が此方に切り替わるだろう。
しかし一つ懸念するとすれば、仲間を殺した私に愛想を尽かすとか、そんな馬鹿げたことはないだろうか。いや、ある。可能性を手繰るとすれば、確実にそれが一番高い。
彼に嫌われるのは嫌だ。すごく嫌だ。ならこの案は却下だ。やはり殺さずに追い返すのが一番だ。そのためにはあの巨人を何とかしなければならない。
「ぐっ……ぅう……!」
耐えなければ。
あの人に再び会うために。
この巨人に打ち勝つために。
この巨人の攻撃を耐えなければ。
例え百の巨腕が殴りかかってこようと、私は耐えて彼に会わなければならない。
だから、
――拳が迫る。
絶対に――――
――風が止んだ。
「――――――――ぁ」
拳圧で生まれた風がぴたりと止んで、代わりに土埃が舞い上がる。ぴしぴしと小さな土塊が私に安心感を与えるように、不規則なリズムで私の頰に当たる。
目を開く。私を守るように聳え立つ大地の壁は、陽光を背後にする百腕巨人の影すらも覆い隠し、何物も通すまいと絶壁の要塞のように守護を完了する。
肩に手を置かれ、それに気付いて横を見ると、この2週間で見慣れた横顔が、ふらふらと千鳥足を無理やり揃えながら歩いて前に出た。
黒髪。狭い額。切れ目。優しい眼差し。薄赤い頬。長い鼻。薄い唇。広い肩幅。細い首。逞しい手。固い胸板。細い腕。華奢な胴体。長い脚。ボロボロになった洋服。誰にも等しい無償の笑顔。
「まったく、うるさいから何が起きてんのかと思えば。ありゃなんだ? 巨人? なに。進撃でもして来たの?」
「わかりません。わたしの預かり知らぬ所で起こってたことですから。取り敢えず敵だと言うことは間違いないですね」
「そりゃやべえな。ところで俺、巨人に良いイメージを持ってないんだよな。敵味方がはっきりしてて、実に都合が良いよ」
隣にエルフを侍らせる彼は、土の壁の先に立つ巨人を見上げる。そして不満を言うのかと思いきや、まさか楽しそうに笑って、エルフの少女と談笑していた。
まるで物語に語られる英雄のように、苦境に笑いながら立ち向かう彼。
彼は昨日までのことが無かった物かのように、いやしかし、確実に覚えている思い出として脳裏に過去を刻み込みながら此方へ振り返った。
「ティコ。大丈夫か? 助けに来たぞ」
彼はニッ、と朗らかに笑った。
今更感ありますが、《接続者》や『七罪』といったこの作品特有の単語については、「そんなのあるんか」くらいに流しといてください。
けれど興味がある方は考察をオススメします。




