49話 《色欲の悪魔》
ぶつかる剣と鎌の交差点に、小さく赤い灯が生まれる。
上段から振り下げられた銀の剣と、下段に構えられた鎌が衝突するのに然程時間はかからない。
しめて2秒ほどだけだ。その一瞬の間にも交わされる思いは多量の情報となって脳髄に染み渡る。
互いが互いを退けるため、あるいは打ち倒すために得物を振るった。その勢いは増していき、何も考えられないほど壮絶な戦いと化していた。
「彼の所へ行かせろッッ!!」
「行かせません。あなたは危険です」
自分のやるべき事はわかっている。
殺人鬼は彼の下へ向かうため。
剣聖は殺人鬼をここに縫い付けるため。
自分の欲望のために。世界の安寧のため。
相反する2人の思いがぶつかり合う。
1合、2合とぶつかり合う度、自分の体力が削れているのがよくわかる。かなりの強敵だ。
ステータスだけで言えば剣聖が圧倒的に上だ。上のはずなのだ。だと言うのにかなり互角の勝負になっている。
(――遊ばれている!?)
「ラァッ!?」
「お……っと。力任せの攻撃ですか」
「悪いかッ!?」
「ええ――とても」
鎌を振ったところにはすでに剣聖はおらず、背後から余裕のある声音とともに現れた。
パァン! と鋭い一撃が首筋に叩き込まれる。
手刀だ。折れない程度の力に調整し、さらに的確に動きを封じれる箇所を叩かれた。
(――わかって、いたけど、)
強い。
その一言に限る。
剣の技量。力の調節。瞬間の駆け引き。
どれを取っても一級品。
いや、そんなちゃちい言葉で片付けて良いものではない。
ではなんなのだと問われれば口籠ってしまうが、しかしティコが何も言えなくなるほどに力の差は歴然となっていた。
攻められる時は果敢に攻めて、護るべき時は勇猛に己を守り抜く。引き際もわかっている。口出しできる事は何一つとしてない。完璧だ。
倒れそうになった身体を脚の力だけで力強く持ち上げて、パァンと頬を叩いて、失われそうになった意識を取り戻した。
「……! クソ、クソクソクソ!!」
「未だ立ちますか。頑張りますね」
「愛する人のためだもの。これくらいはね!」
「その意識を他へ向けてくれれば、どれほど良かったものか……」
呆れため息を吐いたフィリア。
けれど自分に後悔はないのだ。
愛する人のために戦い、
死闘を演じて何かを護ると言うことが、
これほどまでに心地の良いことだったとは。
愛したい。愛されたい。
大切なモノを守りたい。
あの強大な敵を殺したい。
――だから、
「あなたは私だけのモノ。
私はあなただけのモノ」
「……?」
――使うことに、悔いはない。
「逃がさないし逃げ出さない。
離さないし離させない」
人間が扱うには、膨大すぎる魔力量。
肌で感じるビリビリした感覚は、火傷をするかのように熱い。まるで熱された鉄板で焼かれているかのようだ。
事実、ティコの肌は高濃度の魔力でジリジリと焼け始めており、熱が一切ない現在の状況では、これでもかと言うほどの違和感を醸し出している。
「……ま、まさかっ!?」
それに剣聖が気付かないわけがない。
狂う魔力の奔流に気付いたフィリアは、その源がティコにあると確信して、剣を携えてティコへと肉薄する。
「あなたには私の全部をあげる。
――だからあなたは私を見て?」
1、2、3と斬撃を加えていく。
しかしティコとフィリアの間に発生した魔力障壁が、フィリアの肉薄を食い止める。これで近接は不可能になった。
「私を知って。私を感じて。あなたよりも。もっと。もっと私を見て。ずっと。一生。永遠に」
見るも哀れな剣聖の姿。
何をしようとしているのかを知っているのに、
止める方法さえも知っているのに届かない。
ニィ、と笑うティコの嘲笑を見ることしかできない。
「あなたが。あなたを。あなたに。あなたへ。あなたと。ずっと。ずっとずっとずっとずっとずっと」
「クソッ! 《剣閃花》!」
ギャリィ! と何かを引っ掻く音がした。
フィリアの《剣閃花》と障壁がぶつかったのだ。
しかし砕く事は出来ない。
もはや打つ手は打ち切った。
結局止める事は出来なかった。
「――クルオシイホドニ、愛してる」
少女の皮を被った、色欲の悪魔が誕生した。




