48話 リスタート
「――――――――、あ」
真暗な洞窟の中。
朝かも夜かもわからない。唯一わかるのは、両腕が紐で縛られていることだけ。眠って疲れを取っていた俺は、体感での時間感覚を失ってしまった。光も入ってこないのだから当然だ。
けたたましい爆発音。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
昨日も今日もずぅっとこの状態。何も考えることが出来ないのが、何かを考えている時よりもツライなんて知りたくもなかった。本当に意味を為さないクソみたいな情報だ。
大地を揺らす衝撃。
「五月蝿い」
さっきから一体何なんだ。
ドタバタガシャガシャとはしゃぐだけはしゃいで、こっちに迷惑をかけていることを一切考えていないようではないか。考えて? ねえ。もうちょっと考えて?
この洞窟がどれほどの大きさなのか。ティコからは聞かされてはいないが、そんなに大きい洞窟ではないだろう。
だから俺が言える義理はないだろうが、もうちょっと静かにしてくれませんかね。この小さい洞窟では響くんで。
「――――ふぁ、ふぅ」
欠伸が出る。
気管を通って肺に吸収された酸素が、覚醒した頭を回し始める。回り始めた頭が知識を求め、今の轟音と衝撃についての考察を要求する。
倫理観のしっかりとした現代日本で、安穏とした生活を送っていた頃の俺からしてみれば、まったく予想もつかない出来事なのだが。俺の頭が知識を求めていた。知識欲のようなものだ。
「――ふむ」
普段はこんな音はしない。
いつもはまったく、静かなものだ。それが彼女に捕まっていた初期の俺にどれだかの不安を与えていたのか、今でも覚えている。脳裏に刻みこまれた恐怖は鮮明に覚えている。
「……と、言うことはだ」
誰かが来ているのだろうか。
ティコにとっては予期せぬ客か。あるいはあたりでたまたま現れた、今まで現れなかった獣との戦闘か。俺としては前者だと確信する。何故なら――
「……やっと、か。リーシャ」
首を後ろに倒して見えない空を見る。
ようやく。ようやくだ。ようやく来てくれた。この何もない地獄から助けに来てくれた。
感謝の念を唱えると同時に、遅いんじゃないかと不満をぶつける。
仕方ないのはわかっている。頑張ってくれたのもわかっている。呆気なく捕まって情報を何も残せなかった俺が、何かを言える立場ではないこともわかっている。
けれど、あまりにも精神を摩耗しすぎた。
風呂に入っていないせいで汗で湿った服。空調もなく、湿った空気のせいで行為の際に飛び散って腐った精の臭い。吊られ続けてもはや限界の腕。
体力はすでに限界だ。心は何度黒く堕ちかけたか数えていない。けれどいつか救いがあるとわかっている状況での、まさに生き地獄。
「…………ぁ」
ガクン、と身体が揺れた。
緊張の糸が解けたのだろう。ドッと押し寄せる疲弊に姿勢が崩れ、途端に息切れが起きてくる。
「大丈夫ですか、ご主人様」
ガシッと肩を掴まれる。
見上げると金髪翠目の耳長少女。
暗い闇の中で見上げるには不相応な、しかし決して魔の者ではない神聖性を持った美しい顔立ち。森の神秘を思い出させる、女神の顔だった。
そうかお迎えの時間か。
俺は両手の指を交差して――
「――おお、アキラ。死んでしまうとは情けない」
「いや、死んでないですよ? というか、死んでもらっては困ります! わたしが何のために助けに来たと――」
こんなリーシャっぽい女神様っているんだなあ。
いや、違う。待てよ……?
世界には3人くらい自分と同じ顔がいると聞く。
しかしその確率といえば天文学的数値だ。
そんな乱数が死後に出てくるはずがない。
ハッッ!?(察し)
ま、まさか俺の後を追って……!?
なんて健気な従者なんだっ!
せめて最後くらいは労ってやらねば……
「ああ、リーシャ。あなたもついてきてくれるのね。共に空の国へ旅立ちましょう」
「縁起でもないですよ!? いや、わたしはあなたの奴隷ですし、魔界だろうと天空だろうと付いて行きますけど!」
「――さあ!」
「意外と余裕ですね! 心配して損しました!」
俺を縛りつける縄を剣で斬りながら、元気そうに喋るリーシャ。なんだよ元気じゃねえか。なんで死んだんだよこいつ。
首を傾げているとぐいっと頬が引っ張られて、パチンと両頬を叩かれる。両頬サンドをされた俺は、唇を厚くしながらリーシャと目を合わせる。
その顔は真剣だった。
巫山戯るな、とか。心配したんだぞ、みたいな感情が込み上げてきている表情だ。
なんだかふざけていた自分が馬鹿らしく感じて、サンドしているリーシャの手を離させ、ボサボサの頭を振った。すると途端にスッとした。どうやらハイになっていたようだ。
「すまん。興奮してた」
「お疲れ様でした。お水をどうぞ」
「サンキュ。……ふぅ。久しぶりのリーシャの味だ」
「言い方が卑猥ですよ。まだ興奮してますね?」
「何故バレたし」
真顔で言う俺に、リーシャはふにゃと微笑む。
そして俺の肩を抱いて、肩に額を当てて、ぷるぷると不規則に震え出す。肩が湿った何かが伝った。泣いているのだろうか。
「不安だったんです。あなたがいなくなってしまうと思うと、わたしの身体が震えたんです。怖かったんです。わたしを拾ってくれたあなたが、わたしが目を離したところで命を落としてしまうなんて、思いたくなかったんです」
「……そうか」
これは文句なのだろうか。
あるいは懺悔なのだろうか。
自然と俺は、その肩を抱きしめ返す。
「全部。ぜんぶあなたのせいですからね、ごじゅじんさま。アギラざん! ぶじでよがっだ! ほんどに、ぶじでよがっだ!」
「悪かった。心配かけたな。すまなかった」
口から出るのは許しを請う言葉ばかり。
もっと色々とあるだろう。
しかし出てこない。
まったく使えない、馬鹿な頭だ。
もっと勉強しておけばよかった。
「リーシャ」
「……はい」
囁くように声をかける。
泣きべそを掻いたリーシャは、俺の肩を濡らしながら顔を上げる。スンと鼻を啜り、眦に涙を溜めたその顔は、何かを訴えてきているようだ。
「色々話したい事はあるけど……。取り敢えず、助けに来てくれてありがとう。感謝」
「……当然です。わたしはあなたの奴隷ですから」
「それでもだ。救助者にお礼を言うのは、遭難者の義務だからな。感謝の礼くらいは言わせてくれ」
「…………」
すると、恥ずかしそうにリーシャは俯いた。
白く長い耳は赤くなっている。やはりうちの奴隷は可愛らしい。コツンと額をを俺の胸板にぶつける仕草は、縮こまった猫のようだ。抱きしめたいところだが、そんなモラルだかマナーだかに反する事はしたくない。ぐっ、と欲望を堪える。
「それと、これからの話だが……」
「…………そうです! これからの話!」
「お、おう? なんだか食いつき良いな。どうした?」
「洞窟の外でわたしの同行者が、あの殺人鬼と戦っているんです!」
「同行者?」
「かなりお強い方なのですが、実力はわたしからしたら未知数ですので、是非とも助けに入りたいのですが……」
「……俺の許しが必要と?」
「はい」
「……。……まあ、好きにやったら良いんじゃね?」
「ありがとうございます!」
嬉々として立ち上がるリーシャ。
なんだか俺を助けにきた時よりも元気になっている。なんだろう。男なのだろうか。嫉妬するわけではないのだが、なんか、こう、もやもやするものがある。
「行きましょう! アキラさん! 立ってください!」
「お、おう…………――――あら?」
ずるっと地面に滑り落ちる。
脚に力が入らない。というか、脚の力の入れ方を忘れた。なんだこれ。地面に這いつくばって混乱する。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。なんとか…………おろ」
ダメだ。脚が動かない。
「……リーシャ」
「はい」
「俺を置いて先に行――」
「行くわけないでしょう。ほら、腕を回してください」
「すまねえ」
リーシャの肩に腕を回す。
よたよたと歩き始める前の赤ん坊のように、不安定な足取りで洞窟の外へと向かう。
――決着まで、残り20分。




