47話 追随
「こっちです」
フィリアの言葉にリーシャは頷いた。
指さした方角へと進む。
進んでも進んでも森だ。
道なき道。獣道だ。
追跡を始めてから10分が経過しただろうか。
逃げる暗殺者を追って足跡を追うも、
彼女は一向に止まる気配がない。
彼女の目的は何なのか。
彼女は何のために逃げているのか。
彼女は何のためにアキラを隠しているのか。
わからないことだらけだ。
しかし兎も角逃げるのであれば、
捕まえて事情を聞かなければならない。
「――しつこいぞ!」
前方から怒号が聞こえる。
しかし構っていられるものか。
構っていては逃がしてしまう。
ならば追いかけるのが最ぜ――
「――《剣閃花》」
パァンッ、と火花が散る。
細い糸だ。
細い糸が何かと弾けて、火花を散らして形を現した。
リーシャは素直に驚愕する。
「えっ!?」
「罠を張ってます。気を付けて」
「あ……わかりました!」
前を見てお礼を言う。
危なかった。
糸に当たっていたら、
おそらく怪我を負うだけじゃなかった。
悪ければ顔の上半分が持っていかれていただろう。
まるで蜘蛛の巣みたいだ。
当たってはならない。
一度でも当たれば死んだも同然な、不可視の罠。
危険ったらありゃしない。
「……森を吹き飛ばします」
この剣聖はいきなり何を言い出すんだ。
「なんでですか!?」
「一々避けてはキリがない。吹き飛ばすのが賢明です」
「それはダメです!」
「何故ですか?――《剣閃花》」
再び火花を散らす糸を尻目に、
リーシャはフィリアを説得する。
「森が無くなれば、街の人達も困ります! だからダメです!」
「……街の人が困るのは本意ではない」
「それに森は星の魂です! 魔王が世界を征服するよりも先に、人類が滅びますよ!」
「むぅ」
思案する素振りをする。
「《剣閃花》」
三度も、火花が散った。
「わかりました。やめておきます」
「ありがとうございます。糸はわたしが何とかします!」
簡潔に会話を切って、魔法を詠唱する。
「【ウォーターバレット】!」
人差し指の先に現れた水の塊を、自分らが進むべき道へと向ける。
水の弾丸は糸に切られることなく、ずんずんと前へと直進する。前方へ狙い済まされた弾丸は、パシャンと音を立てて砕け散った。
たらりと垂れる水滴。
何かに伝うように引力に吸い寄せられるそこには、一筋の線が出来上がった。
「あれか」
ぐいんと下を通り抜けて
「成功した。後は……」
魔法の詠唱を開始する。
今度は【ウォーターバレット】ではなく、もっと大きな水の魔法。それこそ、水の柱でも作ってやろう。
右の手のひらを虚空に向けて、その先に大きな柱を作る。タタンッと助走を付けて、思いっきり振りかぶった。
「【ウォーターピラー】!」
砲弾と化した水の柱は、草木を掻き分け糸を濡らし、何処に糸があるのかを明確にする。
見えない罠は怖い。しかし見えている罠を避けるのは簡単だ。もはや糸の罠は意味をなしていないだろう。
「水以外は使えないのですか?」
「風も使えますけど苦手です!」
「なるほど。要特訓ですね」
ふむ、と何かに納得する剣聖。
リーシャは首を傾げたが、
しかし結局要領を得られなかった。
前から光が見えた。
おそらく森を出るのだろう。
前を向いたその瞬間――
「――あっ……!」
「チッ」
リーシャは咄嗟の反応で。
フィリアは舌打ちをして弾く。
左頬を掠る鋭利な刃。
黒い光沢を放つ刃物だ。
放物線軌道を描き、森の何処かへと消えてしまった。
しかし、何だったのかは見た。見えた。
投げナイフだ。2本の投擲物に狙われていた。
この森には3人しか存在していない。
リーシャはフィリアの隣を走り、
フィリアもリーシャの隣を走っていたとすれば、
自ずと投げた犯人は見えてくる。
「しっっっつこいなあ……!」
鬼の形相でリーシャを睨む殺人鬼。
歯をギリギリと擦り合わせ、眉間には皺が寄っていて、まるで明王の如き怒りの形相だ。
場所は森に囲まれた大きな崖の下。大きな大地の壁が立ち塞がっており、果てしなく上まで続いている。
ここは、何なのだろうか。
もしかして、俗に言う『世界の果て』なのだろうか。いやないだろう。街の近くにこんな大きい場所があっていいはずがない。近くにあるなら、街から見えてもいいはずだ。
下には洞窟の入り口のような穴がある。人1人が余裕で入れる大きさの穴だ。もしかしたら、あの人はあそこに……
街からは見えなかったはずの、果てしなく大きな壁に呆けるリーシャをフィリアが庇うように立つ。
「……ここは何処ですか?」
「私だって知らないよ。一つだけ言えるのは、私達の愛の巣ってことかな」
「愛の巣?」
「そう。私と彼のスイートホーム。愛憎入り乱れる天然の楽園。幸せで退廃的な理想郷なの……。だから……、アンタ達みたいな矮小な愚物が、入っていい場所だと思うな!」
激昂する殺人鬼。
その大声に我を取り戻したリーシャは、庇ってくれているフィリアに耳打ちをする。
「……後は頼めますか?」
「……ええ。長く引き止めます。その間に助け出してください」
「お願いします」
スッ、とフィリアの横を通り抜けると同時に、リーシャは【ウォーターバレット】を展開する。
自然と殺人鬼の視線はそちらへと向いて、水弾を放つと同時に駆け出すリーシャには目もくれない。
【ウォーターバレット】自体に攻撃力は然程ない。目眩し程度の魔法なのだから、攻撃力がある方がおかしいだろう。
けれど、少しでも目を逸らせたのなら――
「魔剣錬鉄、アロンダイト……10%!」
剣を鞘から抜き放ち、魔剣の魔力を解放する。
けれど解放するのは一割程度。先程の20%よりも断然弱い。
「また……!」
「【狂える魔剣・10%】」
「くそッ……!」
大地が捲れ上がり、衝撃が波を打って殺人鬼へと迫る。逃げる事は出来るだろう。むしろ容易いだろう。何故なら、そちらへと向かせるための罠だから。
「――貴女の相手は私です」
「なっ……!」
「さぁ! 行ってきなさい、リーシャさん!」
「はい!」
「やめ――」
洞窟へと駆け込む。
それを止めるべく追随する殺人鬼を、縫い付ける剣聖は、鋭い目つきで殺人鬼を睨んだ。
「通りたくば私を殺してからにしろ、殺人鬼」
「チッ! そうさせてもらう!!」




