46話 跡を追う怪我人
エルフは丈夫だ。
伊達に長寿生命と自称しているわけではない。
例え毒を盛られても、病に犯されても、首筋を掻っ切られても死なない。少しだけ内臓が捻れていると思ってしまうくらい辛くなったり、呼吸が出来なくなって苦しんだりするくらいだ。
それが地獄のような苦しみという以外に於いては、全くと言っていいほど問題がない。
毒は次第に耐性が出来るし、病は待てばいつか治る。首が切られても再生すれば問題がない。
それ故に、エルフは奴隷として重宝される。
例えるなら鉄のような生き物だ。
身体は頑丈で数多く存在する有限の生物。利便性も高く汎用性も高い。魔法の技巧はトップクラスだし、弓の扱いも人間よりは上手。しかも全員が美麗だ。
打てば形が変わるし、熱を注げば溶けて弱くなる。
難点を挙げろと問われれば、丈夫過ぎるし、長寿過ぎるというのがそうだろう。しかしこれは難点というほど難点でもない。
奴隷にするとして、これ以上ない種族だろう。
「…………ごほっ、げほっ」
リーシャが喉から血を吐き出す。
喉に詰まって呼吸を乱し、リーシャを苦しませていた元凶だ。
喉に空気がスッと通っていくが、炎で焼かれるような痛みは喉元を過ぎず、リーシャが眦に涙を溜める要因となる。
「けほっ……キツいね、これ」
「……そっちこそ、反撃なんて。やってくれたね。引いた方がいいかもなぁ……」
「させると思う?」
「……その笑顔腹立つわー。やっぱ潰そ」
笑顔を浮かべて空元気に振る舞うリーシャに、額に青筋を立てて怒りを表すティコ。
鎌を持ってもう一度突貫を掛ければ、おそらくこの女は殺すことが出来るだろう。
どうやらこの女はアキラの元仲間であるようだし、そろそろ彼の未練を絶っておいてもいいのではないかと、リーシャの苦しむ様子を見て思案に耽る。
(――いや、)
冷静になった今、ようやく気が付いた。
この2人だけの空間に、おそらくもう1人誰かがいる。姿を隠し、影を隠し、こちらの様子を伺う誰かが。
「2人掛かりか……」
「あっ。気付きました?」
「当然よ。だってすごく睨んでるんだもん」
「あー。バレちゃったらしょうがないか……」
「……しかも出てくる気配もないと見た。何がしたいの? そっちのお仲間さん」
「さあ? なんでわたしに力を貸してくれてるのか、わたしだってわかんないんだもん」
「ふーん。気持ち悪っ」
挑発するように、にやにやしながら言ってみるが、しかしリーシャの仲間が釣られて出てくる気配はない。
どうしたものか。
2対1は流石に分が悪い。暗殺者が剣士相手に戦っている時点で不利なのに、それに加えて仲間が出てくるのは流石に御免被りたい。
(ここは――)
「あっ、待て!」
「待てって言われて、待つバカがいるかっての!」
タンッ、と地面を踏み締める。
己に課された敏捷値をフルに活用して、大通りへと進んで行く。中に紛れればすぐに撒ける。そう思い立って大通りへと出る。
「……マズい。あの中に入られたら流石に」
「大丈夫ですよ、リーシャさん」
「あれ」
頭上から声が聞こえる。
「フ、フィリアさん!? なんで……というか、監視は!?」
「大丈夫。それよりも手当てをしなければダメでしょう?」
そう言ってフィリアは魔法を唱える。
属性《空》の回復魔法、『母神治癒』。怪我を治すだけでなく、体力も超回復させる魔法。
ズキズキと痛んだ生傷を癒し、未だヒリヒリとした感覚は残るものの、傷口は完全に塞がれ血は止まった。
痛みを癒やされて呼吸が安定したリーシャは、首をコキコキと鳴らし、ふぅと息を吐き出して空を見た。
「勝ち逃げされたかぁ……」
「悔しそうですね」
「そりゃあもう。かなり追い詰めたのに……」
「お互い様ですね。あなたの首も大変なことになっていましたよ。乙女にあるまじき流血案件です」
そりゃそうだが。
しかしアロンダイトを解放したと言うのに、まさか逃がしてしまうとは思ってもいなかった。
しかしあれだけ痛めつければ、これから追っても追いつけるのではないだろうか。
いや、相手は暗殺者だ。
逃げるにしても簡単には見つけられない道を通って行く筈だ。それこそ獣道なんかに入られたら、剣士である自分には見つけることなど出来ない。
こんな時にアキラがいれば、と思う反面、あの人が元凶なんだよなぁ……、と諦観の息を吐き出してしまう自分がいる。
「よし。これで大丈夫でしょう」
「あ、ありがとうございます。ところで、あの暗殺者はどうするんですか?」
「……では、これから向かってみましょうか」
「――え?」
いや間に合わないだろう。
まさか使い魔なんかを使役してたりするのだろうか。それなら話が付くのだが……
いや、今は難しいことを考えている暇はない。
暗殺者の後を追えるのであれば、その提案になる他はない。今は1秒でも早く彼を助けなければならないのだ。
「わかりました。行きましょう」
「では、此方です」
フィリアの案内に従い、リーシャは暗殺者の追跡を始める。壁を伝うことなく屋根伝いに走るその様は、古来から伝わる英雄を彷彿とさせる。
――決着まで、残り30分。




