45話 狂える魔剣
人間、獣人、多くの人が雑多する商店街。
人が賑わうその裏で、魔剣士と殺人鬼の戦闘が始まる。
千鳥足のようなステップで近接する殺人鬼に、腰に提げた剣に手をかけ、しかし魔法を唱える魔剣士は、宙に水を浮かせて殺人鬼を睨む。
魔剣士の赤く艶やかな唇が動き、その魔法の名を放つ。
「いと美しき水精霊よ。水面に映る不純を屠れ。
【少水弾】!」
魔法と操術は違う。
操術が物体を操るのであれば、
魔法とはイメージの具現化だ。
頭に想像し思い描いた情景を、魔力を虚空に流して五大を創造する神秘の象徴たる力である。
リーシャの思い描いた思考と世界を連結させ、魔力を水へと変換させて超常現象を起こす。
代わりに身体に残る魔力が無くなれば、身体が体外にある魔力の濃度に耐えきれずに疲れが回り、一定時間動けなくなってしまう。
言ってみれば石油みたいな物だ。
身体の内に秘める魔力量には限りがあれど、しかし術者の思い通りに動くとても便利なエネルギー。しかし枯渇すれば最悪の状況に追い込まれる。
だから詠唱はその取扱説明書のような物だ。術者がいざと言う時に、魔法を失敗しないようにするためのユーザーガイド。思考をはっきりと明快にさせるため安全策である。
今リーシャが唱えたのは、小さな水の塊を動かすだけのごく簡単な魔法。簡単な想像しか必要とせず、故に発動の縮小化が可能だ。
リーシャの具現化した水弾は、リーシャの狙いを違わずに地面へと落ちる。
タンッ、と後ろへと跳んでさらに新たな魔法を具現化する。
「いと清涼なる炎精霊よ!熱き炎を取り払い、世界に大いなる冬を齎せ! 【寒波】!」
突き出した手のひらから放たれたのは、冬の寒波もかくやといった鼻先が凍える寒風。
その風はティコに直接向けられているわけではなく、リーシャの生み出した水溜りに向いている。
ガラスのように凍っていた。
これの意味するところは――
(――妨害狙いか!)
トンッ、と。
氷張りの水溜りに脚を付ける前に、ティコは大地を蹴ってムササビのように壁を飛んだ。
そのまま水平に急降下。狙いは魔剣士の首筋一つ。懐から取り出した小ぶりの鎌で斬りかかる。
その一切の躊躇いのない一閃は狙いを違わず、魔剣士の首から鮮血を奪い、首筋に一筋の赤い半円を描いた。
「……っ」
狙いは必中。当たれば必殺。
気管は真っ二つに引き裂かれ、コポコポと気泡が赤い液体とともに溢れ出る。気泡が出るたびにぷつぷつと血が飛び散る。二、三歩下がったが、リーシャはその状態のまま3秒ほど動かなかった。
誰が見ても、死んだようにしか見えない。
「……死んだ? 呆気な――」
――しかし、リーシャは魔剣士だ。
魔剣とは、超常現象が日常的に起きているこの神秘的な世界の中でも、最上位の超常的存在とされている武器だ。
その使用者であるリーシャが、首を切られた程度で死ぬはずがない。
「ッ……」
「なっ!?」
スッ、と静かに目を開く。
パチッと魔力が虚空で爆ける。
どす黒く禍々しい魔力が、リーシャの剣を中心に螺子のように回り、虚空を飛ぶ魔力が狂い始める。
「『魔りょ、く……錬鉄』!」
放たれる不浄の魔力。
リーシャの鉄剣の刀身は黒く染まり、濃緑色の亀裂のような物が剣身に走る。
魔力が濃密に含まれる霧が放たれて、殺人鬼の目と鼻を覆い、魔剣士の姿を霧中に隠す。
「アロンダイト!」
剣士が叫ぶのは魔剣の銘。
剣士ズォルグの英雄譚『真月物語』の最終章。
主人公が魔王となった親友を打ち倒すため、『湖光の一族』から賜った、何物とも比類されることのない事実上最強の剣。
友を切り、敵を討ち、己の宿業すらも両断した、世界随一の業物の銘。
「出力上昇確認……20%!」
その能力は『出力の上昇』あるいは『世界最強の火力』。
逃げる者も立ち向かう者も、もしくは星すらも両断することができる斬撃だ。
魔剣と名乗るからには魔力を纏わなければならない。魔剣とは、剣に魔力を纏わせた物なのだから。
そしてアロンダイトは、その魔力を全て火力に変えて、斬撃を魔法として放つことが出来る。『切る』ことこそが、アロンダイトの魔法なのだ。
工程はシンプルで単純。しかしそれ故に最強と呼ばれる。世界でも最高の知名度を誇る、魔剣の代名詞。
それが、半分以下の力を持って、殺人鬼に斬撃を放つ。
「【狂える魔剣・20%!】」
例えるならそれは、一人だけを狙う殺人暴風だ。
狙われる者には、狙われていない者にとっても甚大な災害を齎す傍迷惑な台風である。
衝撃を生み出す波が地面を掻き分け、細い路地で殺人鬼に狙いを定めて進む。横に避けても当たり、上に逃げても隙を与えてしまうだろう。逃げ場はない。
「くっ……!」
真正面から受けるしかない。
鎌を片手に持って立ち、魔剣の斬撃に立ち向かった。




