44話 恋するエルフは〝彼〟を語る
私はいつも通り買い物をしに、いつもの商店街へと赴いた。
昨日は変なエルフに襲撃されたが今日はそうはいかない。簡単に襲撃されてたまるか。私は一人の愛を持っているんだ。簡単に壊させてたまるか。
「じゃあ、これとこれと、これ!」
「あいよ! 毎度よろしくね!」
私はいつも通り買い物を終える。
決まった場所。決まった店。決まった通りの通り道。彼らがこの街に張っているのなら、おそらく買い物を終えるその時にこそ、やってくるタイミングだろう。
荷物と言うのはかなり厄介なものだ。
持っている中に自分を助けてくれるアイテムが入っていれば、たしかに自分を助けてくれるかも知れない。しかし入っているのは食材だ。
買い物をしに来ただけの自分にとって、戦闘するなんて完全に思考の範疇外だ。
だからこそ、自分にとっての弱点となる。
通りを逸れて路地に入る。そこにはすでに、一人のエルフが待っていた。
「やあ」
「……どうも」
ーーー
気軽なものである。
ティコはまったく好印象を抱いていないと言うのに。それとも元々攻撃の意思はないのだろうか。そんなはずはない。
「そろそろわたしのご主人様を返してもらえないかな? 家で一人って言うのも、すごく寂しいんだ」
「……返したら私が一人になるけど」
「知ったことかよ。貴女はわたしから家族を奪ってるんだ。返しなさいよ」
「子供の我儘にしか聞こえないね」
「実際、子供の我儘みたいな物だもんね。貴女のは」
やけに挑発的な物言いだ。
しかしそれに軽々と乗ってやるほど、ティコの心は寛大ではない。むしろその逆。煽り返してやる、と言う敵外心、あるいは反発のような心の波長が、ティコの心の中に生まれる。
「そう? ああ。そうよね。あんたエルフだもんね。見た目の割にはを食ってる年増じゃん」
「素直に「お若いですね」って言って欲しいですね。ちなみにアキラさんはお姉さんが好みみたいだよ」
「ふうん。そうなの。でも私には興奮してくれたよ?」
「知ってますよ。媚薬使ったんでしょ。子供は恋愛対象外らしいから」
「……なんで知ってるの。キモいよ、おばさん」
「魔道具店に行って、噂が立つほどに媚薬ばっかり買ってる貴女の方がキモいと思うけどね。どれだけ愛されてないかわか――」
「私は愛されてるッ!」
突然、大声で否定したティコに、リーシャは目を見開いて驚いた。
しかし次第に声が弱くなっていき、ついには懇願するような眼差しをリーシャに向ける。
ティコは何かに怯えている。まるで獣に怯える兎のように。
リーシャと接して、段々とアキラの神格化が薄れてきてしまったのだ。リーシャの話す普段のアキラと、ティコの中の『神』たるアキラ。アキラは人であって『愛』ではない。
神が無償の愛を注ぐ存在であれば、私が一目見た時のアキラは何だったのか。
いや、彼は間違いなく無償の愛を注いでくれる。
しかし、何故私は、『彼が』『私に』向けてくれると確信したのだろうか。
自分は歪んでいる。その歪みは何処で生まれたのか。自分は彼の何を見てそう思ったのか。怖くて。不安で。仕方がない。
「愛されてる……、私は愛されてる、よね?」
「知るかよ」
しかし、対するリーシャの反応は淡白だった。
当然だ。彼女が着ている服は、刺繍でどんなに飾っても奴隷服。奴隷とは、産みの家族も、育ての家族も捨て、今の主人に仕える者の事なのだ。
リーシャはアキラを「ご主人様」と言った。彼女にとっての、唯一の家族が、アキラだったのだ。それをティコは、奪って行った。まるで災害のように。
その災害に意識を向けてやるほど、リーシャの心は大きく、図太くもない。
「ご主人様は基本的に、誰だって助ける傾向のある、お優しい御人です。けれど自分を襲った者に慈悲をくれてやるほど生易しい御方ではない」
「…………」
「あまりくどい言い方だと黙ってしまいますか。黙られるのは困りますね。では率直に――身の程を知れ」
リーシャの声とは思えないほど底冷えた声が、成長の遅いエルフの可愛らしい容貌とは真逆の重い言葉を発した。
「わたしは彼を知っています。普段の彼を知っている。だから彼の苦悩を、現在いない彼の恐れが、手にとるように分かります。彼は、貴女に恐怖している」
「っ!」
「彼が自分の意思で貴女のところにいるとは思えない。貴女は彼を監禁しているのでしょう。何故わかるかって? 当然です。わたし達を奴隷から解放してくれた彼が。根っこが自由な冒険家である彼が。貴女のその小さな手に収まり切るとは思えない」
リーシャは饒舌に彼を語る。
ティコの知らない彼を。
おそらく、彼ですら知らない彼の実態を。
自分の知らない彼ですらも、自分は全て知っていると宣ってしまう勢いで。リーシャはアキラを知ったかぶる。
「その着ているコートもそうです」
さらにリーシャは続ける。
「彼は実はケチんぼで、滅多なことでは私物を貸しません。自分の領域を確立させて、心を許した人にしか立ち入ることを許さない癖があるんです。自由の人のくせに、そこら辺はしっかりしてる変な御人なんです。だから、貴女に渡したそのコートには、必ず渡す以外の理由がある。それを何も考えずに受け取ってしまったからこそ、貴女はわたしに見つかってしまったのです」
リーシャは苦笑して言った。
しかし、芯のある声音だった。
彼の強い部分を。彼の弱い部分を。
余すことなく彼が彼として存在できている理由を、ティコに語った。
「もう一度言います。彼を返してください。貴女は彼に相応しくない。あの人を支配しようと言うのならそれは大きな間違いです。彼の近くにいたければ隣にいればいい。そして今、彼の隣にいるのはわたしだけでいい」
「減らず口を――!」
少女がキレる。
リーシャの挑発に乗る。
決して乗ってはダメだと分かっていた挑発に、ティコは簡単に乗ってしまう。
ティコはリーシャの手のひらの上で、荒ぶりながらタップを踏み始めた。
「ヒントをくれたあの人には感謝しないといけませんね。……いえ、元凶もあの人でしたか」
そして、それを見逃すリーシャではない。
前回は尻尾を掴み、今度は腕を捕まえた。
ならば後は引っ張るだけ。逃げる事はもう許さない。
人通りの多い商店街の閑静とした裏の路地で、魔剣士と殺人鬼の戦いが、再び行われようとしていた。




