40話 そして、2本の魔剣は交差する
「初めまして、リーシャ・アロンダイト」
フィリアはにこやかな笑顔を向ける。
リーシャは一瞬だけ、フィリアのエメラルドの瞳と目を合わせ、すぐに森の地図へと視線を戻す。
「――あなたは?」
「フィリア・グラムハイドです」
「……グラムハイド」
「貴女とは遠い親戚に当たるわね」
その言葉にリーシャは目を剥いた。
外見だけを見れば一切混じり気のない人間族だ。そしてリーシャは一切混じり気のないエルフだ。彼女と自分の先祖が交わった点など、微塵も存在しない。
「……わたしは貴女を知りません。何故、わたしの名前を?」
「遠い親戚だからと……言っておきたいのですけれど。会ったことがない以上、そうもいかないですよね」
ふぅ、とフィリアは重いため息を吐いた。
「湖光の一族の知名度は、世界的にも高いですからね。ああ、『真月物語』は愛読させてもらっています」
「一応補足しておきますが。そこに登場しているのはわたしではなくて、わたしの死んだ先祖ですからね」
「ふふっ。知っていますよ」
アロンダイトとグラムハイド。
どちらも、異なる魔剣の銘を冠するミドルネームだ。魔剣を冠する名を持つことでリーシャの頭に一つの仮説が打ち立てられる。
「……」
「知らない方がおかしいですよ」
「……そうですね。そう言うことにしておきましょう」
あまり会話に時間を掛けたくない。
今はアキラの場所を割り出すのに忙しい。
それを念頭に置いているリーシャは、フィリアとの会話を早く切り上げたい欲望をダダ漏れにして、無理に会話を切り上げようとする。
「そんなに、そのいなくなった人が大事なんですか?」
「……言ってしまえば、命の恩人ですからね」
「命の恩人……。そうですか」
フィリアは小さくふむ、と頷いた。何か納得したような素振りをする。彼女が何を察したのかを分からず、リーシャは困惑しかけるも、そんなことよりアキラが先だと、改めて地図に目を向ける。目を向け頭を回すために甘い茶を口に付ける。
――だからこそ、なのだろう。
「恋ですか」
予想外の言葉に、反応が出来なかったのは。
「……ふぶっ!?」
口に付けていたお茶を波立たせ、目を白黒とさせる。頭では言われたことをわかっているのに、身体が思考に追いついてこない。その証拠に、顔がのぼせたように真っ赤だ。
「ぬぁ……何を言ってるんですか! わ、わたしがまさかそんなわけ……。いえ! 奴隷が主人に恋慕の情を抱くわけがないでしょう!? いいですか! そもそも奴隷と言うのは――」
「リーシャさん」
「ひゃい!」
今日一番の大声。
と言うよりも、ここ2週間ほど聞いていなかったリーシャの元気な声。静かな空間だったからか、その空間の何よりも響いた自分の声に、リーシャは羞恥で顔をさらに赤く染める。
「……はぃ」
今度はか細い声を出す。
羞恥心MAX。頬の熱度MAX。
これ以上は耐えきれない。
「奴隷だから。命の恩人だから。と言うのは逃げ道です。恋に逃げ道はありません。一本勝負ですから」
「はい……」
「そして人生も一度きりです。逃げ道なんて作らずにしてみたらどうですか? 幸い、ライバルもいないようですし」
フィリアは視線だけで周囲を見回す。
向けられる視線は多種あれど、自分への視線を除いても、そこにリーシャに対する敵意は爪の垢すらもない。この状況でそんな感情を向けるのはいかがなものかと思うが、しかしこんな状況だからこそリーシャを嘲笑おうとする輩もいるだろう。
そんな陰湿な女も、男もいないらしい。
良いギルドだ、とフィリアは思い、口元に笑みを滲ませる。それと同時に目の前で悶えるエルフの少女に、そんなに悩むことがあるのか、と呆れて苦笑する。
「うぅ〜〜〜〜っ!」
「その“彼”を狙っているのは、どうやら貴女だけらしいですよ」
「……なんかアキラさんを馬鹿にされているような気がしないでもないですが――そうですね」
はぁああ……、と大きな吐息を一つ。
「わかりました。わたしは、どうすればいいですか?」
「いいでしょう。これは、一つ賭けみたいなものなのですが……」
冒険者の、ひいてはギルドの視察に来たのではないかとギルマスが肝をヒヤリとさせ、その冒険者達はなんだなんだと元気になったリーシャの周りに集まってくる。
ギルドの活気が、少しずつ戻ってきた。




