3話 この職業はなんぞや?
召喚された日の夜には、勇者召喚の成功を祝う宴会が催され、たくさんの貴族が一条や柏原さんたちの周りに群がり、一悶着があったのだが、俺は隅っこで黙々と美味を貪り尽くした。
そして騎士団と勇者の合同訓練は、日が昇った翌日から行われた。
一条がクラスを一致団結させた後、俺たちは自分の『ステータス』を確認するための『石碑の欠片』を貰った。
ここに書かれてある内容は、自分の筋力、耐久力、走りの速さ、魔力量等の基礎能力に、魔力を帯びた技能――俗に『スキル』と呼ばれる技術、適性のある魔法、そして職業だ。
この職業と言うのが中々の曲者で、自分に見合った職業が配られるようなのだ。
職業ものと呼ばれる作品に出てくるステータスだ。普通ならベール王の話に出てきた始原の神様によって選ばれるらしいのだが、異世界から来訪した勇者たちには『勇者』が変化するらしいのだ。
俺は、自分のステータスを見る。
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嘉瀬アキラ 男
種族:人間(17)
レベル:1
職業:操術師(土)
筋力:5
体力:6
耐久:4
敏捷:5
魔力:9
土操術( I )・鑑定・言語自動変換(X)
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まるでゲームの登場人物にでもなった気分だったのだが、溢れる高揚感よりも疑問が勝った。
……で、勇者設定は何処に行った? そして操術師とはなんぞや?
読んで字の如き言葉通りの意味ならば、土を操る魔法職――つまり魔法使いなのだが、わざわざ『(土)』と書かれているのが気になる。もしかして土魔法限定?
……で、勇者は?
俺が非情辞退間違えた非常事態に悩み頭を抱えていると、ヒューズと名乗る騎士甲冑を纏った大男が、俺たちの目の前に立った。
ヒューズは国の騎士団長を務めており、この国切っての精鋭騎士らしい。レベルはすでに60代に達しており、彼だけが持つ固有スキルもあるのだとか。
『鬼騎士』と言う二つ名を有しているだけあって、その引き締まった巨軀の体から放たれる威圧感は凄まじいものだ。
いかにも堅物そうな顔の眉間に皺を寄せて、張り詰めた空気を作り出す。
「ステータスは訓練や実戦をすることによって上がっていく。戦士職、魔法職、生産職……と職業にも色々とあるが、勇者という職業にはその括りがない。だからこそ多くのスキルを取ることが出来て、君たちだからこそ魔王を倒せる可能性が多く存在するんだ。各々訓練を怠ることがないように」
俺、多分その括りに入ってると思うんですが……
勇者として召喚されたのに勇者じゃないってどういうことよ。おかしいじゃん。普通なら勇者のはずなのに、詳細不明の操術師って。
ヒューズは真面目で厳つい顔に、ニカッとした子供っぽいちゃらけた笑いを浮かべた。
「まあ、そんなわけだからよろしくな! 勇者様!」
鬼教官みたいな人が来た、と思っていたクラスメイトは多かったらしく、ヒューズの笑みを見た瞬間に安堵の息を吐く者は続出した。もちろん俺もその一人だった。
「さて、空気も和んだところで説明を続けようか。ステータスには筋力、体力、耐久、敏捷、魔力、そしてレベルの6項目の数値が刻まれているはずだ。筋力は肉弾戦での攻撃力を、体力はスタミナを、耐久は攻撃を受けた時の防御力を、敏捷は走りの速さを、そして魔力は魔法の威力を表している。そしてそれら5つの根源となるのがレベルだ」
ゲームで例えるならば、レベルを上げることで強くなるシステムのようなものか。モンスターを倒すことでレベルが上がり、それに比例してステータスも上昇するのだろう。
「レベルは生き物を倒すことで上昇する。人を殺めても上昇することは出来るが……俺は君たちがそんなことをしないことを信じている」
悲痛そうに言うヒューズ。ヒューズの心配は尤もだ。俺たちからしてみれば、心外だ、と言うことができる発言なのだが、相手からしてみては俺たちは赤の他人。
信用も信頼もできる戦功を持っていない以上、今ここで信用することは難しいのだろう。
しかしヒューズ騎士長は、何も知らない俺たちを、今ここで信用と信頼をしようとしてくれている。
「……良い人だ」
情に厚い脳筋とも取れるが、信用してくれる存在はいる方が安心できる。だからヒューズの言葉は俺たちにおける最適解だとも言える。おそらく今俺たちは全員、彼に心を惹きつけられた。
「石碑の欠片は身分証明書の代わりにも効く物だ。勇者として戦場に立つ時は必ず必要になるし、自分の現状の能力を確かめるのにも必要になる。再発行は効かないから無くすなよ。……あ、それとその欠片を懐に仕舞う前に一度見せてくれ。王に報告しなきゃいけないからな」
……ここで?
クラスメイトと言う衆人環視が大勢いる、今、ここで?
あとで個別で各自報告とかじゃダメ?
「俺はこれを聞いたら、すぐにベール王に報告しないかにゃならんからな。まったく……俺も面倒なことだと思うんだがなぁ……」
いまらしい。
中間管理職の社畜みたいなことを言うヒューズ。日本にこんな人がいたら、めっちゃ良い上司なんだろうなぁ……。いや、本格的に社会に出たことがない俺が言うのもアレだが。
ヒューズの言葉を聞いて、真っ先にステータスの開示を行ったのは、我らがカリスマ型リーダーの一条勇気だった。
俺以外のステータスが気になってチラリと見てみると――
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一条勇気 男
種族:人間(17)
レベル:1
職業:勇者
筋力:126
体力:97
耐久:103
敏捷:89
魔力:96
全攻撃適性・全攻撃耐性( I )・自動回復・聖属性魔法( I )・勇者のカリスマ( I )・天賦の剛力・魔力感知・言語自動変換( X )
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……チートかな?
出てくる感想はそれだけだった。
合計で俺の数百倍はある基礎能力。複数種あるスキル。しかもこれがレベル1で、伸び代はMAX。攻撃も防御もなんでもござれの、非の打ち所がない真の勇者が、俺たちの目の前に降臨していた。
何こいつ、俺TUEEEEなの? それとも俺がYOEEEEの?
常識外と言うか規格外と言うか……、ともかく頭がおかしいステータスを真っ先に見せつけられたヒューズ騎士長は、引き気味に苦笑いを浮かべるどころか嬉しそうに言う。
「おお! 流石は勇者様と言ったところか……。この世界の常識をぶっ壊してくるとはな! おっと、お前もか? ……すげえな。こりゃたまげた。勇者ってのはみんなこんな規格外なのか?」
俺が浮き沈みの激しかった気持ちを、さらに沈殿させていると、次の勇者さまがヒューズにステータスを開示していた。見ると体格の良い男子生徒――五十嵐慎介だった。おそらく一条と似たようなステータスなのだろう。おそらく次の生徒も、その次の生徒も、さらにその次の生徒も――
……もしかして、こんなクソみたいなステータスなのは俺だけなのだろうか。
それはそれで典型的な異世界ものみたいで、嬉しいような悲しいようないややっぱり悲しいなと言う気持ちが溢れてくる。それと同時に他の人とは違うと言う不安が募る。
「……さて、最後はお前か。……えっと、カセ、だったか?」
俺の番が来た。
差し出してくる悪意のない無骨で大きな手に、恐る恐ると言った感じで欠片を乗せる。
俺のステータスを見たヒューズは眉間に皺を寄せた。
「……なるほどな。よし、お前らのは見終わった。それじゃあ今日の練習メニューを発表するぞ――」
……あれ?
少し見ただけで何も言わなかったんだけど。なんの反応も示さなかったんだけど。どういうこと?
疑問に思う俺を尻目に、ヒューズはこれから俺たち勇者に課す練習メニューを発表した。横目でアキラを見ながら――
× × ×
「――と言う感じで、どうにか召喚には成功したみたいだな。おめでとうよ。いや、おめでとうございます、か?」
「よせ、いつもの通りにしてくれて良い。……しかし、そうか。なるほど、悪いなヒューズ。こういうことは昔から苦手だろうに」
「よせやい。謝るこたねえさ。国の平穏と安寧を守るためなら、なんだってやってやるぜ。俺はお前の片腕になると誓ったんだからな――ベール」
騎士団との合同訓練から時が経った別室。2人の男が会話に花を咲かせていた。無論、内容には花は無いのだが。
「……しかし、勇者の中に操術師が紛れ込んでいるとは」
「ああ、それについては俺も驚いている。なんだって操術師ってのは、いつなんどきも神様に目を付けられるもんなのかね?」
「……さてな」
ヒューズの問いにベール王――ベール・ド・ウェルガマは首を傾げる。騎士団長と王と言う、明確な身分の差があると言うのに、2人の間には身分差という名の妙な隙間が無かった。
この関係に特に気にすることもなく、ヒューズは指折りで人名と思われる名前を数え上げる。
「【決河の策士】アラン。
【絶壁の守護者】メーヴィル。
【天蓋の境界線】ヤープ。
【慈愛の地母神】マザー・マリアン。
時代は違えど、いずれもこの世界の特異点に関連した偉人だが……共通する点が一つ」
「……全員が操術師だと言うことか」
ベールは頭を抱える。
勇者を召喚したはずが違う職業――操術師が呼び出されると言う異常事態。しかも今は魔王討伐と言う明確すぎるほどの時代の特異点。
この状況で、この世界とは切っても切り離せないほど重要な役職が召喚されたとすれば、彼の者には何かがあると警戒してしまうのも仕方がない。
――その正体が、ただのぼっちな高校生とも知らずに。
「なぁ、アイツには他の訓練を受けさせても良いんじゃないか? アイツ、訓練内容がキツイらしくて途中抜けしちまってるんだ」
「ダメだ。民衆に彼ら勇者の詳細を明かす時、その操術師のことはどう説明する? 我ら王家は勇者召喚に失敗した愚図だと嘲笑されるだけならまだしも、確実に民衆の混乱を招く結果となる」
「……はぁ。ったく……」
面倒な幼馴染みに出会ったもんだ……、と辟易するとともに、仕方ねぇなぁ……、と呆れて失笑する。それを見たベールがヒューズを睨み付けた。
しかしここで子供っぽいやり取りが出来るほど、現状の事態に緩みは無い。
(王は目先のことよりも、未知なる現在のことを考えられる存在であれ――か)
偉大なる父王から何度も何度も合言葉のように繰り返し覚えさせられた言葉を思い出し、ベールは冷静沈着さを崩さない。
「……まあ、いい。とにかく、その、何と言ったか……」
「アキラ。カセ・アキラだ」
「それだ。カセ・アキラについては、此方からも調査しておく。ご苦労だった」
少し不機嫌気味になったベールは、ヒューズに踵を返して部屋から出て行くのだった。