36話 殺人少女の不気味な笑み
夢を見た。
悪魔の黒と呼ばれ、実の親に虐げられる夢。
黒い髪を恐れられ、石を投げ込まれ、毎日床の中で怯えて魘される悪夢。
親に奴隷として売られ、見知らぬ男達に辱められ、十にも満たない少女の私の股座を弄られる淫夢。
全て。全てが過去の事。逃げられない現実から必死になって逃げ続け、縋りつかない夢に必死になって縋りついた過去の事。
『夢の夢は現実』とは言うが、夢の中の現実であればどちらに類いするのだろうか。
それがわからないから、私は救われない。
それがわからないから、私は助からない。
それがわからないから、私は報われない。
それがわからないから、
「……っ」
目が覚める。
今日もまた夢を見た。
過去ではない今の事。あるいは未来に待つ事。
猛毒木にもたれかかって疲れの吐息をこぼす、自分と同じく黒い髪の少年。自分よりも上……およそ2、3歳差だろうか。それほどまでに幼く大人びている。
自殺をしようとしているのだろうか。
猛毒木にもたれかかるなど正気の沙汰ではない。
あれは一度でも触れば肌はかぶれ、骨の髄にまで回る神経毒だ。獣でも触らない猛毒だぞ。
見た目は普通の男の子だ。
言い方が悪くなるが、まるで鋳型に収まりきらなかった鉄屑のような少年だ。
自分よりも年上、と言うことにトラウマを呼び起こす。しかし彼を見ていると、いつの間にか心は氷解するように解れていた。
(これは……?)
胸の中で高鳴る鼓動。
心臓がばくばくと警鐘を鳴らしている。
尋常ではない早さで鳴る臓器を鬱陶しく思いながら、少女は猛毒を直に触れる彼の横顔を見た。
頬が赤く染まっている。そんな状況描写を、何処かの恋愛小説で読んだことがある。
そうか。これが一目惚れというやつなのだろう。
(いや――)
――そうだ。自分が彼と関わるわけにはいかない。そう思い立ち、彼の座っている位置から遠ざかろうとした。しかし、心に余裕が出来たのが災いしたのだろう。
――パキッ、
足元から音が鳴る。
誰も、何もいない静謐の支配する領域に、不自然な雑音が鳴り響く。それに彼が気付かないわけがない。未だに猛毒木にもたれかかりながら、此方を睨みつけている。
(これ以上隠れるのは無理、か……)
観念して陽の光に姿を晒す。
「そこで何をしているんですか?」
本性を日陰に隠しながら。
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「いない、な……」
「そうだね」
「なぁ、本当にこっちに来たのか?」
「うん。そうだよ?」
「本当か? 普通、こんな川を越えるか?」
目の前を流れる川は、激流とまではいかないが、しかしかなり勢いのある急流だ。
これを越えるのは一苦労だろうし、わざわざ逃げ道として活用する必要はないだろう。それとも、それほどまでに、俺から遠ざかりたかい気持ちでいたのだろうか。
それなら後で土下座をしなければ。
我が事ながら無神経が過ぎた。女性に恥をかかせるなど、男として失格だろう。これからは気を配らねば。
「さて、どうするか」
「諦めたらどう? どうせ帰ってくるでしょ」
「そうもいかないよ。実質、俺のせいだから」
少女が表情を暗くする。
何が彼女の気を悪くしたのか見当もつかないが、しかし俺の言動の何かが彼女の気に障ったのだろう。謝ろうにも謝れない。謝ろうとしても意味がわからない、と言う負の連鎖が続く回廊で、俺は頭を酷使する。
とは言ってもわからないことは仕方ないので、「ごめんな」とだけ言って話を終わらせる。
正直、彼女に詮索をかけて謝罪する、と言うかなり非道なやり方を思いついたのだが、それは俺の良心が否定した。
彼女は恩人なのだ。無粋な真似は出来ない。
「取り敢えず橋を掛けるから、キミはそこで見ててく」
「――その必要はないよ」
少女が俺を否定する。
俺の行動を否定する。
「えっ――ッ!?」
振り向いた瞬間、頭に大きな打撃が落ちる。
固い棒で叩かれたような衝撃は、俺の脳を震わせ、心臓を大きく跳ねさせる程度の障害となる。
頭蓋に叩き込まれた激痛は、急な勢いをそのままにして体の下へと流れて行く。
唾液が宙を舞う。
目の焦点が合わなくなる。
「私の名前、教えてなかったよね?」
目の前が暗くなる。体に不快な熱が走る。
チカチカと蛍が飛んでいるかのような幻想が映る。
そして――俺の視線は横へと倒れて行く。
何も耳には音が入らず、しかし最後まで俺の視覚を占めたのは水面に映る、溢れる体液で顔面を汚した情けない男と――
「ティコ・シャンポール。末永くお願いします♡」
――少女の、不気味な笑顔だった。
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ティコ・シャンボール
種族:人間(14)
レベル:49
職業:暗殺者
筋力:126
体力:58
敏捷:73
魔力:43
狂気( X )・鎌術( V )・殺人術( IV )
悪魔之恋慕( ? )
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