33話 巨人のウワサ
朝帰り。
元の世界では決して良いものとは言われておらず、しかし大人の世界では頻繁に行われていると言う、我々青少年にとっては恐ろしい行為だ。
それには様々な理由があり、俺たちは今回、残業という形で行うことになってしまった。
あのバカラによる強制銀等級クエスト連行に続き、帰って休む間も与えられぬまま超大量スライム討伐を、冒険者総出で行い、俺の体力はもはや底を突いていた。
スライム討伐によって臨時収入が入ったのは良いものの、やはり残業による徹夜明けと言うのは変なテンションになるものだ。
スライム討伐は夜のうちに終わらせて、その後は日が昇るまでギルドでちょっとした祭りを開いた後、ようやく俺とリーシャはカプアよりカゼルタへと帰還した。
今日は早く寝よう。
一周回って元気が湧いて来た俺は、リーシャに心配されてそう思った。
おそらく目に隈を作っているであろう俺の顔を、リーシャが心配そうに見上げると言うことは相当である。
「おう、アキラ! 大変だったみてえだな!」
「おかえり〜。ありがと〜」
「スライム討伐お疲れさん!」
「後でうちの店に来いよ! 奢ってやるからな!」
衛兵に冒険者証を見せて、石の門を潜ると見慣れた風景が視界いっぱいに広がる。疲れ切った心に安心感が染み渡る。
数ヶ月も滞在していることもあってか、この街の知り合いは多い。その知り合い達が俺たちの姿を見ると労ってくれる。歩いて帰っているだけなのに、まるで凱旋をしている勇者のような気分だ。
そう言えばあの勇者達、風の噂も聞かないけれど大丈夫かな……。誰も死んでいなければ良いけど。
思い出される過去を振り返り、俺は一つ、思いついたことを勢い任せに口にした。
「宿に帰る前に挨拶しに行こうか」
「そうですね。テンさん達も心配していることでしょう」
俺の提案にリーシャが頷く。
俺たちの目的地『五穀の九尾亭』は、俺たちがお世話になっている宿屋へ向かう、その道のりの途中にある。となれば休むよりも先に、挨拶をしておいた方が後々楽だろう。
疲れているせいか、何かお喋りをすることもなく淡々と歩く俺たちは、笑顔で手を振ってくれる子供に手を振り返した。
「おはようございます。アキラさん。リーシャちゃん。お疲れのようですね」
「セルカさん。ただいまです」
店に入ると桃色髪の少女が出迎えてくれる。
俺たちが未だに働いているバイト先のムードメーカーである少女だ。名前はセルカ。俺たちが『五穀の九尾亭』に勤める前から働いている彼女は、人懐っこくてしっかり者の少女なのだ。
俺よりも頭ひとつ分低い位置から笑いかけてくれる少女に、俺が釣られて笑うと、俺に歩調を合わせて隣を歩いていたリーシャが俺の脇を拳で小突いた。
「なんだよ」
「……いえ、なんかこう……少し腹が立ったので」
「理不尽」
「あははっ。相変わらず仲良いですね〜」
カラカラと笑う彼女に、俺は笑みを作る。流石に二発目は来ないのか、リーシャも揃って笑みを返した。
「そう言えば聞きました? なんでも最近、ここら辺で巨人が現れたってウワサ」
「……? いえ、聞いたことがないですね」
「ほら、この街の近くに大きな崖があるじゃないですか。あそこに狩人の人が行ったらしいんですけど、その時に崖下から巨人が顔を見せたって、昨日の朝、噴水広場で騒いでいたんですよ」
「崖下から、ですか? あそこって結構高かったですよね?」
「そうなんですよ! だから昨日、男衆が揃って見に行ったんですけど、崖下の森は荒らされた形跡もなく、何もいなかったって話なんです!」
「はぇ……。大変だったんですね……」
「はい……。アキラさんとリーシャちゃんは冒険者ですから、何か巨人に関する情報を持っていないかと思ったんですけどね……」
残念そうに笑うセルカ。
俺はリーシャにとある提案をする。
「……なぁ、明日休業しないか?」
「……本気で言ってます? 金欠ですよ?」
「でもほら、俺たちってば冒険者なわけじゃん? こういう誰も見たことのない物を探しに行くってのは、なんか冒険者っぽいっことしてみたいって言うかさ……」
そう言えば、怒涛の勢いで今まで生きていたから忘れていたが、実は俺ってば異世界に来てたのでした。
フィクションでは見たことがない体験ばかりをしていたから忘れていたが、俺はこの世界に来てからと言うもの、王道の冒険と言うものをしたことがない。
目を輝かせて言う俺に、リーシャは一瞥すると、
「無邪気ですか……。一銭にもならない冒険になったらどうするつもりです?」
「まぁ、そん時はそん時でクエスト頑張ろうってさ」
「……はぁ」
「ご、ごめんねリーシャちゃん」
俺の提案に呆れて息を吐いたリーシャに、セルカが謝罪の言葉を口にした。「いいです。いつものことですから」と諦めの感情の吐息をこぼした。




