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2話 異世界に召喚されまして

 不意打ちの眩い閃光を受けてギュッと瞑り、手で覆い隠していた目を開く。


 一瞬にして様変わりした風景を、彼方あちら此方こちらへと観察の目を巡らせる。素材が何かはわからないが、とにかく金持ち以上のレベルの豪邸のよつな場所にいるのだけは確かだ。大きな石造の柱が支えているドーム状の天井は、大聖堂と言った雰囲気だろうか。


 視界は周りには気を失って眠っている生徒や、明らかな異常事態に狼狽えている生徒などで埋め尽くされている。


 キョロキョロと周りを見ていると、柏原さんたちのグループも、鈴木たちのグループも恐怖に震えたり、狼狽えたり、各々が自分の身を守るために考えを巡らせていた。


 これがもし『異世界もの』の始まりなのだとしたら、俺たちを召喚した術者がいるはずだ……、と周りを見渡したが、案外すぐに見つかった。


 俺たちを囲むように2、30人くらいの西洋風の豪奢な服を着ている人や、鎧の甲冑を着ている騎士のような人もいる。その中で一際煌びやかなマントや王冠を着けている初老の男性が進み出てきた。


 年齢は40代後半と言ったところだろうか。無論、ただのおっさんなわけではないらしく、纏う覇気や貫禄が、他の周りでざわめく人たちよりも桁違いに強すぎる。


 左手に握る水晶で飾られた1メートルくらいはありそうな王笏をコツコツ鳴らして俺たちへと近づき、気の良い善意の溢れる好々爺然とした表情で笑った。


「よくぞ召喚に応じてくれた、皆々様方。余はこの人間世界『マグナデア』を治める人知の王、ベール・ド・ウェルガマ。お初にお目にかかります、勇者様」


 笑みを浮かべるベールに、起きているクラスメイト一同は一安心した表情を浮かべた。その中で――


「……」

「……ッ!」


 ――おそらく、俺だけは違った。


 俺だって伊達にぼっちなわけではない。他人の視線や感情に鋭い俺は気付いてしまう。ベール王の朗らかな微笑に隠された、冷静に俺たちを値踏みするかのような、悪意の強い冷徹な瞳を――



        ×  ×  ×



 場所は移って、俺たちが全員座れる大きな円卓がある部屋へと移動した。


 俺たちが召喚された大聖堂も、移動する際に歩いた廊下も豪奢て煌びやかな造りだったのだが、この部屋も例に漏れず豪華な装飾が施されている。素人目でもわかる値打ち物の壺や絵画の数々が、部屋の至るところに飾られていて自然と彼方へ此方へと目移りが激しくなる。


 円卓は……何というか、アーサー王物語に出てくる円卓よりは小さな造りなのではないだろうか。いや、あちらは100人以上の大男たちが座っていたのだから、比べるのもおこがましいのだが。


 しかしやはり何処を見ても豪奢な造りだ。庶民感覚が強い俺からしてみると、あまりの煌びやかさに目眩がしてくる。


 周りの生徒たちは初めて見る豪華な装飾や内装に戸惑いながらも、興奮は隠しきれないらしく、すごいすごいと叫んでは近くの冷静な生徒に宥められている。


 目を休ませておこう……、と目をギュッと瞑って目頭を押さえると、ようやくベール王が話を始めた。


「突然召喚されたことで勇者様方は混乱なされていることだろう。しかし戸惑っていては事態は急変しない。ここは一つ、私の話をご静聴頂けますか?」


 ベール王は見事な弁舌で俺たちの関心を釘付けにした。


 そして流れを崩すことなく、淡々と説明を始めた。



        ×  ×  ×



 遥か昔、この世界には男神と女神の2人がこの世界に生き物を創造したのだそうだ。神たちの思考によって2種類の生物が生み出された。


 女神が生み出したのはこの世界の半分を統治することになる【人類】。男神が生み出したのは世界のもう半分を制圧することになる【魔人類】。


 人類を生み出した女神は勤勉な性格で、最低限の知識として火の熾し方や食料の採り方、水や塩の重要性を教え、天界に帰るまでの間、人類が未来永劫発展し続けるために尽くした。


 魔人類を生み出した男神は怠惰でぐーたらな性格で、魔人類の国を作ったのは良いものの、それ以外にはまるで関わろうとせずに、天界へ帰るまでの間は食っては寝る生活を繰り返して、魔人類の世界は段々と荒廃していったそうだ。


 魔人類たちは食料に飢え、水に飢え、草木に飢え、男神が天界に帰っていく頃に不満が爆発した。


 魔王と呼ばれる不死身の魔人が魔王軍なる勢力を組織し、生み出されてから唯一覚えた『略奪』を、人類に仕掛けようと力を溜めていることが確認された。


 しかし平和を享受していた人間では、おそらく魔人に勝つことは不可能だろう。


 そしていざというときのために女神から教わった禁術の一つである『勇者召喚の儀』を行い、魔王軍の対抗策として俺たちが呼び出す苦肉の決断をしたらしい。


 つまり――


「俺たちが倒すのは、その魔王とか言う存在、と言うことですか?」

「ああ、察しが良くて助かる」


 そう言うことらしい。クラスを代表して立ち上がった一条の質問にベール王は答える。その俯いた顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。


 しかし口角が上がっているのが目に入る。隠そうとしているのはわかるのだが、ぼっちの人間観察視線レーザーから逃れられると思うなよ。


 ベール王に打算があるのは丸わかり。それが私利私欲のため皮算用か、あるいは人類全体のための王としての英断かはさておき、現状問題があるとすれば……


「その……俺たちは元の世界に帰れるんですか?」

「申し訳ない。現状、帰還は不可能です」


 その言葉を聞いてクラスメイトたちがざわめいた。


 無論、俺も心がざわついたものの、口や表情に出すまでには至らない。予想していたパターンではあるし、何よりぼっちは常にクールであれ。如何なる状況であれど、冷静でいればアイデアは自然と湧いて出てくる。


 しかし俺よりもぼっちではない他のクラスメイトたちは、そうもいかないらしかった。


「ふざけんな! 俺たちはそっちの都合に巻き込まれただけだぞ!」


 一人の生徒が声を上げて怒鳴った。彼は温厚な人間に分類される男だったのだが、さすがにキャパシティがオーバーしてしまったのだろう。彼に続いて他の生徒たちも怒鳴り散らし始める。現に俺のぼっち思考が凝り固められた平凡な脳味噌も、異様すぎる事態にキャパオーバーを起こしている。こうなってしまうのも仕方のないことだ。


「みんな、落ち着いて!」


 クラス随一のカリスマ的存在である一条が宥めようと大声を出した。一条の大声を聞くとみんなは黙って聞く姿勢になる。しかし心も体も落ち着かずにそわそわしている。


 俺含むみんなの心情を知ってか知らずか、一条は周りが静まったのを確認して弁舌を振るう。


「俺はこの世界の人々を助けたい。目の前に助けを求める人がいるなら、助けるのが人の情ってやつだろ? それに俺たちが呼んだと言うことも何かの縁だ。これも人助けだと思えば、後で俺たちにも巡り合わせがあるかもしれない。だから俺は彼らを助けるべきだと思う」


 大層なことを言っている。


 しかし……、しかしだ。


(俺たちも助けを求めてる側なんだが?)


 たしかにこの国の人たちは助けを求めて俺たちを呼び出したのかもしれない。しかしそれは俺たちも同じだ。


 突然知らない場所に拉致、誘拐、果ては監禁紛いのことをされ、この国のために命を賭けてくれと言われているのである。そう、命を賭けてくれと言われているのである。


 俺は御免だ――俺が勇気を振り絞って言おうとしたその前に、一条に同意する声が、静まり返った部屋に響いた。


「わたしも、この世界の人たちを助けたい」


 柏原優梨だ。彼女は空気に流されやすい人間ではないのだが、一条の熱意と自分とは階級が違うこの部屋の空気に流されたのだろう。控えめに手を上げて、一条の弁舌への同意を示した。


 そしてクラスの、ひいては学校のマドンナである柏原さんが作り出した空気に当てられたクラスメイトたちが、俺も私もと手を上げ、一条への同意を示していく。


「お、俺も……」

「優梨がやるって言うんなら私も……!」

「み、みんな……っ!」


 良い雰囲気になっているせいで、反対意見を出すことが出来ない。上げようとしていた手を下げて、顔を伏せる。この状況が良くないことはわかっている。けれどクラスの空気を壊すことは、さらに最悪の状況に陥ることになることはわかっていた。


「……はぁ」


 こうなったら覚悟を決めるしかないようだ。現状で帰る方法がないのであれば、帰る方法を探すしかない。もしかしたら隠された遺跡に方法が隠されてあったり、俺たちを呼び出す手段を与えたとされる神様のいる天界に行くことが出来る手段だってあるのかもしれない。


 そうすれば帰る手段だって見つかる筈だ。確証なんて何処にも存在しない、ただの勘ではあるけれど。


 俺は俺たちをこの事態に陥れた張本人であるベール王を、心の中のブラックリストに赤字で名を刻んだのだった。黒なのに赤字とは此れ如何に。



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― 新着の感想 ―
魔人が力を持ってるって設定変じゃない? 何も教育されてないのに力を振るう事などできないでしょうに 昔の日本人は走れなかったってのは有名な話ですよね
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