27話 奴隷解放
モヤモヤした気持ちを抱きながらバカラの後ろを付いて行くと、先程自分をリーシャの下に案内してくれた男が組み敷かれていた。
「着いたぞ」
「うへぇ……」
「うわぁ……」
ついリーシャの声と被ってしまったが、おそらく俺は、彼女と同じ思いを抱いたのだろう。それも当然と言える反応だった。
太った男の体の上に、黒い鉛の重りが覆いかぶさって、意地でも逃すものかと取り押さえている地獄絵図が出来上がっていたのだから。
「……ギルド長、あれはやりすぎじゃないですか?」
「……アキラか」
それを腕を組みながら見ていた髭面のゴツいおっさんに言う。しかし彼は比較的冷静で、俺を一瞥してから視線を戻す。そして俺の問いに答えた。
「別にいいんだよ。これくらいされなきゃ、コイツはまた何かやりだしかねん」
「そんなに凶悪なんですかそいつ?」
「人間、強欲を苗床に敷き詰めた者は、誰しも凶暴で凶悪なのだよ。覚えておきなさい」
リーシャが律儀に「はい」と答える。
しかし一理ある話である。強欲というものは七つの大罪に数えられるくらいの罪だ。人間、欲を満たすためには何でもするのである。それでもこの押さえ方はおかしいと言わざるを得ないが。
しかし、だからこそ彼は手元にあるものはなんだって使う。人でも物でも、自分よりも遥かに強い、エルフの少女であったとしてもだ。
「蟲付きィイ! そこにいるのならば、この者たちを葬り去りなさィ!」
男が余裕のない金切り声で叫ぶ。
「これは命令デス!」
余裕がない抑揚とはいえ、言葉に力が込もっている感じがした。おそらく何らかの魔法やスキル、あるいはマジックアイテムを使用したのだろう。
リーシャの腕が真っ青に染まり、蛇が巻き付いて縛り付ける。まるで雑巾を絞っているかのような痛みが、リーシャの痛覚を襲う。
「……ッ! あぁああああぁぁあ!」
「――リーシャ!」
腕を押さえて蹲るリーシャを、隣にいた俺が庇う。
「ぐ……あ、あぁ……」
「クソッ! テメェ、リーシャちゃんに何をした!」
「クッ……ククッ……ざまぁないデスね! アレには呪いをカケました! 貴方達が死ななきゃ解放されない痛みをネェ!」
「チッ……そこまで腐っていたか」
「貴方には言われたくないデスネェ! このお人好しのギルド長サマが! 奴隷なんて所詮、道具なんデスから!」
男とギルド長が睨み合う。
火花が散っているような幻覚が見えたが、しかしそれを見届ける余裕は俺は持ち合わせていなかった。
「……バカラ、リーシャを頼む」
「お、おう……?」
立ち上がる。
見据える先は重りを乗せられて仰向けになってギルド長を睨んでいる太った男。
どうも俺は相当頭にキテいるらしい。
目の前で倒れ伏すこの男に睨まれても凄まれても、いつも感じる一歩退いてしまう臆病な自分が、まったく顔を出さないくらいには、怒ってしまっているらしい。
「ンン? はっ、何かと思えばモブ風情でしたカ。私に何か御用が? 言っておきますが私を殺しても蟲付きの呪いは解けませ――ぐぼっ!?」
近づいてきた俺に気付き、男は唾と毒を吐き散らしながら罵詈雑言を吐き掛ける男に――この市場の下に敷かれている土を掻き集めて口へと放り込んだ。
「そっかぁ……じゃあ、俺はお前を殺しても問題はないんだな?」
操術をフル回転させて、さらに土を掻き集める。
敷き詰められた石畳の合間から、土がボコボコと湧いて出てくる。水分の多いそれは、おどろおどろしい背景となって、自分が放つ雰囲気を恐ろしく脚色する。
黒い眼球を男に向けて凄ませ、口をニタリと歪ませる。
「あれの解除方法を言え。でないと、このままお前の体の中は土まみれになるぞ? そうなりゃお前はすぐに窒息して死ぬ。お前の命は俺が握ってんだ。意味は……わかるよな?」
「――ッ!――ッッ!」
ガボガボと土を口に含んで口答えをしてくる。
「おい、アキラ! それじゃ喋れねぇぞ!」
そこまでの非道を行って、ようやく気が付いた。
「ありゃ」
そうじゃん。これじゃ喋れねえじゃん。
少しずつ死なない程度に苦しめて、情報を吐き出させようとしたのだが、どうにも加減を間違えていたようだ。使い始めて数ヶ月。未だ未熟……
口に含ませていた土を少し取り除いて、声を出せるくらいの通気口を作る。詰まっていた息と同時に土を吐き出した男は、だらしない声とともに俺へと恐怖の眼差しを向けた。
「……で?」
「あ、あれは絶対に解けないものなのデスよ! ワタクシが知るわけないでしょう!」
「そっかぁ。なら、仕方ないな」
「きひぃ!……ぅ?」
俺が追撃を加えるとでも思ったのか、男は両腕で顔を隠し――何もないことに気付いて目を開く。
俺はというとリーシャの側まで行って、リーシャの腕に処置を施していた。
「ぐぅぅううう!」
「すまねぇ、リーシャ。今の俺にはこれしか出来ない」
「ぐっ……ぅ、う……?」
操術で掻き集めた(男の口に入れてない)土をリーシャの腕に巻いて、刻印が絞っている方向の逆へと回した。すると痛みが多少引いたのか、リーシャは不思議そうに自分の腕を見た。
「大丈夫か?」
「は、はぃ……まだ少し痛いですけど……」
「そうか。それならよかった。後で何とかしような」
原理はすごく原始的だ。
雑巾絞りのような力を込められているのであれば、その逆方向に力を込めてリーシャの腕を絞れば力が緩和されるのではないか、という理科が苦手な俺でも思い付く簡単な物理法則だ。
一連の流れを見ていたギルド長が、釈然としない面持ちで、リーシャの手当てをする俺に問いかけた。
「アキラ。いいのか? アレはお前の仲間を苦しめた男だぞ?」
「……何がですか?」
「仕置きをしなくていいのか、という意味なのだが」
「別にそれは俺がやることじゃないでしょ。そもそも俺は拷問とか尋問とか暴力とか、人を苦しませるのは苦手なんですよ」
「……ハッ」
鼻で笑われた。
どの口が言うか、とでも言っているのだろうか。
残念。今回こいつを苦しませたのは貴方です。
しかし、こんな失笑を買うようなことしたか? こういうのは、まるで覚えがない時が一番怖い。
まぁ、ちょっと宴ではしゃぎすぎて、リーシャの尻を触ろうとした糞を窒息死させようとしたことはあるけど、それくらいだ。それか。それなのか。
「じゃあリーシャ、帰ろうぜ。その腕じゃメシ作れねぇだろ。今日は俺が作ってやる。なに、前みたいな失敗はしないさ」
「……不安でしかないんですけど」
「真顔で言うなよ真顔で。そんじゃ、俺たちは帰るんで。おつかれっした」
「おう、お疲れさん! リーシャちゃんを労ってやれよ!」
バカラが大声で労ってくれる。ギルド長は俺を一瞥するだけで何を言うこともなく、奴隷商にはなしかけているようだった。
協力してくれた冒険者たちに御礼を言って天蓋から出ようとすると、天蓋の入り口前に、狼の耳を生やした少年が、腕を組んで壁に寄りかかっていた。
おそらく誰かを待っているのだろう。俺には関係ないと立ち去ろうとすると――
「おい」
「……クリス様」
「……リーシャ。前から思ってたんだけど、様はやめろよ、擽ったい」
「……ふふっ。すみません、癖なんです」
微笑むリーシャの美貌で、純情な少年は紅顔した。
なんだこの初々しいやり取りは。何を見せられているんだ俺は。非リアは帰っていいすか。
「そうか。あ、いや、そうだ。オレが用があんのはアンタの方だ」
「……あぁ? なに、俺?」
「キレんな。なんでそんなキレてんだよ」
「別にキレてねぇよ」
キレてないよ? ちょっと初々しい幼いカップルのやり取りを見せられたような気持ちになって、非リアぼっちだった日本での自分を呪ったりなんか全然してないよ? だから別にキレテナイヨ?
何かを察したのか、クリスと呼ばれた少年は黙り込み、そして話を本筋に戻すように
「アンタに聞きたいことがあるんだ」
「俺に答えられるものならいいぞ」
「……じゃあ、遠慮なく。……アンタ、今回の騒動でかなり暗躍してたろ」
「――は?」
クリスの言葉にリーシャが反応する。
リーシャとクリスの2人に目を向けられる中で俺は、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったから驚愕した。
なんだそれ。まるで身に覚えがない。
「はぁ?」
「しらばくれなくてもいいぞ。今回の騒動はわかんねぇ点が多すぎた。けど、操術師が関わってんなら辻褄は合うんだよ」
「わかんない点、ですか?」
やだぁ、何がわからないのかわからない。
「ああ。例えば冒険者ギルドの対応、ひいては金の動きが早すぎたことだな」
「……たしかに、早過ぎるくらいでしたが、それはお金に目が眩んだあの人たちが動き出しただけのでは?」
「俺もそう説明されたが、それでも流石に早過ぎるんだ。準備をして突入するだけならまだしも、それだけのお金を準備する時間が圧倒的に足りない。ギルドってのはお金を準備してなきゃクエストを発注できないらしいんだ。緊急クエストを発令する時も、それだけの準備をしてからじゃないと発令できないんだ。つまり、金の動きがいくらなんでも早過ぎる」
……なるほど。良い着眼点だ。
冒険者達の技量、士気等の目に見えるもので判断するのではなく、今目に見えていないお金に目をつけるのは良い推理だ。
「なるほどな。……で? 俺が何かをやったって?」
「ああ、いち早く状況を把握して、かつ操ることに長けてる役職って言ったら操術師だけだ。冒険者には操術師が少ない。戦えば良い、っつー思考をしてる奴らがほとんどだからな。操術師のアンタが怪しいんだが、まさか工事現場で仕事してる操術師が、なんかやったって言わないよな?」
「……良い推理だ、めー探偵?」
シアンブルーの瞳を細めて問い詰めてくる。
「……けど別に、俺がやった訳じゃないぞ?」
「へぇ、じゃあ誰がやったってんだよ。今回の騒動の関係者で、かつ全てを把握できてお金の管理を担当する中間管理職の、まるで騒動のMVPみたいなやつなんて……」
「俺が知るか。でも、世の中にはいるらしいぞ? 自分の役職の力に頼らないで、自分の技量だけで仕事に取り組もうとする変わり種がさ。俺はそんなことしないけど」
「はぁ?」
今更暗躍してる奴がどうとかなんて、俺には関係のない話だ。俺はリーシャが帰ってきてくれればそれでいい。自由になってくれればそれでいいのだ。
「お前が何を考えてるか知らないけど、その暗躍者さんに会ったら何か伝えとくぞ。何を言ってほしい?」
「……じゃあ、ありがとう、って伝えといてくれ」
「了解。承ったよ」
快く頷く。
「じゃあな、リーシャ。そのうち会いに来いよ」
「あ、はい!」
狼の少年は何も言うことがなくなったのか、俺たちから離れて行く。少し不満そうな顔をしていたが、そこは見なかったことにしておこう。これ以上の面倒事は勘弁願いたい。
少年を笑顔で見送ったリーシャは、怪訝な視線で俺の横顔を貫いた。
「で、本当に何をやってたんですか、わたしのご主人様は」
「……ご主人様? それって、俺?」
「……? はい。わたしを買ってくださったのですよね? ならばアキラさんはわたしのご主人様ですが……」
「いや、でも、お金を出したのはギルドだぞ。俺は一銭も出してない……」
「わたしはよく知らない人に買われるよりも、身近な人と一緒にいる方が好きです。というか、はぐらかさないでください。ご主人様は何をしていたのですか?」
誤魔化しきれなかったらしい。
苦笑してリーシャを見ると、ますます不機嫌そうな顔になった。笑って誤魔化してもダメらしい。一つため息を吐き出す。
「……わかったよ。全部話すから、そんな顔をしないでくれ」
そう言うとリーシャは不機嫌な顔を引っ込めてくれた。この機嫌がいつまで続くことやら……、とハラハラドキドキしながら、一つ一つ、淡々と前日譚を語り始めた。




