26話 再会とお金と乱闘と
完全に予想外な人物の登場に、リーシャの思考は固まり凍りついていた。事実、その人間なら誰もが憧れ焦がれるような美貌も、驚愕と混乱で歪み、大変なことになっている。
「……。ッ!? 〜〜〜〜ッッ!」
リーシャが真実と虚構の狭間で奮闘している間、俺はと言えば檻の中で暴れている愛玩動物を見守っているような不思議な感覚に襲われていた。
まぁ、突如として目の前に現れた男がフードを取ると、中には見知った顔があり、さらに「お前を買う」発言をされれば誰だって嘘や脚色を疑うだろう。かくいう自分だってそうだ。
しかしどうあっても俺がリーシャを買い取りに来たのは真実だし、リーシャを助け出そうとしているのは事実以外の何者でもない。
リーシャの中で真実と戦っているであろう虚構くんにはそろそろ諦めてほしいところだったのだが、今話しかけたら噛みつかれそうだから大人しくやめておく。
「……そんなに俺が来るのがおかしいのか……?」
「当然です! まずお金が足りないですし……、なにより! アキラさんの腕に刻まれている刻印がある限り、ここに入ったら、この商会の取締役にバレるはずなんですよ!」
「はあ? 取締役? 誰それ?」
「先程貴方と一緒にいた男ですよ!」
「………………ああ」
「忘れてたんですか!?」
「だってあんな薄汚そうな野郎には興味ないし」
常時発動型ぼっちスキル『悪意センサー』。
長年、とまでは言わないが、少なくとも中学校あたりから一人で過ごすようになった俺が会得した、能動的に悪意を感知する技術だ。
先程の男からはビンビンに悪意を感じた。ということは、彼はなんらかの方法で俺を害そうとしているのだろう。こんな裏稼業をしている男だ。おそらく根本には『強欲』が働いているのだろう。
「……。」
「わかってるよ、この奴隷印のことだろ? 納得できない気持ちはわかるが、俺だってわかんないんだからしょうがないだろ」
「……むぅー」
「はいはい、ほっぺた膨らまさないの」
リーシャの言い回しから推測すると、この奴隷印には本来GPSのような効果が含まれていたのだろう。しかしカゼルタで過ごしてカプアと行き来していたのに感知されなかったのだとすると、効果範囲は近辺――具体的にはこの商会の広さ程度。
何故俺の刻印の効果が発揮しなかったかはわからないが、今はその方が都合が良いので悩まないでおく。……まぁ、十中八九勇者的なことに関係しているのだろうが。
「早く戻るぞ。このままじゃ昼飯に間に合わない」
「で、でも、本当にいいんですか?」
「何が?」
「わたしを買う時のお金のことです。……自慢ではないですが、わたし、高いんですよ?」
「本当に自慢になんねえのな」
「……はい」
「まぁ、大丈夫だ。別に買い取るのは俺じゃねえし」
「――は?」
いままでの流れを打ち壊す台詞に、リーシャは怪訝な顔でアキラを睨む。それを自分は飄々とした顔で受け流した。
「この結界を外せばわかるだろうが……取り敢えず、覚悟しておけよ?」
「覚悟……?」
「そう。覚悟。んじゃ、俺たちも行こうぜ」
「……も?」
妙な言い回しをするアキラにリーシャは首を傾げつつ、結界を解き放つ準備を進める。
2人を囲っていた結界は簡易的なものでありながら、周囲の次元を三次元から四次元世界へと切り替えるものだった。だから魔力を流転させるだけで次元は元へ戻る。
青いベールが薄まっていき、周囲の声が聞こえてくると同時に、
――ドゴォーンッッ!
とてつもない轟音がリーシャの耳に木霊した。耳をつんざくような爆音を受けて、リーシャの顔は歪み、反射的に耳を押さえている。
エルフは耳が長い上に聴覚が高い種族だったことを思い出し、アキラはリーシャを気遣うように屈み込んで手を差し伸ばす。
「大丈夫か?」
「は、はい――いや、答えてください。今のなんですか?」
「なにって――乱闘?」
耳を澄ませば剣戟音や魔法の爆発音まで聞こえてくる。本当に誰かが戦っているようだ。
先程アキラは「数時間」と言っていた。そんな短時間で集められる戦闘のプロフェッショナルは、リーシャはとある集団しか思いつかない。
「ま、まさか、戦っているのは冒険者の皆様ですか……!?」
「そう。あとこの市場の待遇に不平不満を持っていた奴隷の皆々様もだな」
「な、なんでそんな……」
「ここは違法奴隷市場らしくてな。そこに俺の仲間が――リーシャが捕まったってみんなに言ったら、「カチコミに行くぞ!」ってバカラが場を盛り上げてくれてなぁ……」
「その場のノリですか! ギルド長は許してくれたんですか!?」
「あの髭面の厳ついおっさんだろ? あの人一人で俺たちを止められると思うか? なんなら乗ってくれたぞ。今も剣で戦ってるだろうからな」
「……。」
呆れて口が閉じない、と言った風にあんぐりと口を開けて絶句するリーシャ。しかし現実にこの話が罷り通ってしまったのだから、そんなに驚かないでほしい。無理もないことではあるが。俺だって驚いてるんだから。
「上手く事が運びすぎでは……?」
「そうなんだよなぁ……、仕込まれてたのかって具合に都合が良すぎるんだよ。多分、いつもの受付さんがクエストを貼ってくれたってのもあるが」
「絶対にそれじゃないですか! お金ですか! お金目当てで救ってくれるってことなんですか!?」
「それはある。俺も貰えるみたいだし。だからリーシャの代金を払ってくれるのは、実質的にギルドみたいな感じに――」
「最低です! 最低ですよッ! これじゃあまるでわたしがわざと捕まってマッチポンプを狙ったみたいじゃないですか! 所詮世の中はお金なんですねッ!」
ぷいっと檻の中でむくれるリーシャに、俺はコートの裏に隠していたリーシャの銀白の剣を差し出した。
「まあいいじゃないか。本来ならお前は違法奴隷だったんだから、こういう風に救ってくれる奴なんて見つからないんだぜ?」
「まぁ、そうですけどぉ……」
「だろう?」
違法奴隷というのは、つまるところ、国の許可を貰わずに奴隷登録された人物のことを指す。
そも、奴隷という存在には2種類あり、国の許可を得て奴隷登録をし、自分の意思をで奴隷となった者が『人畜奴隷』。魔物や魔族など人類を脅かす存在を奴隷とした『魔性奴隷』。
その2種類に該当せず、国の許可もなしになんらかの方法で奴隷としての生活を強要されるのが『違法奴隷』である。
国に許可を貰わないということは、何らかの不正を働き、卑しい感情を持って営んでいることと同義だ。
例えば、山賊に襲われて奴隷として売り払われた場合のそれだ。
山賊は国民の育てた家畜や作物を奪ったり、無差別に村や町を襲ったりなどして生計を立てている。所属する役職は『剣士』や『盗賊』が多いが、しかしここまで大きくなってしまうとそれも少なくなってしまい、『商人』の役職を持つ賊が多くなってしまうのだろう。
「戦える役職が少ない違法市場の場合は、騎士が来る前に店を畳んで夜逃げする輩が多いみたいだけど、今回は冒険者が相手だからなぁ……。油断していたんだろうよ。拮抗してんのは腕に覚えのあるやつだろうが、束になって掛かってくる冒険者ほど面倒な相手はないだろうな。あとは時間と体力の問題だ」
「そ、そこまで考えての暴動だったんですか……」
「いや、別に? 俺はこんなに面倒な考えをしないでリーシャを普通に買おうと思ってたんだが、ノリに押された賢者の役職を持つ知的系冒険者が悪ノリしてなぁ……。遊び半分、訓練半分ってところで攻めてみた」
「……わたし、なんでしんみりしてたんだろう……」
「はいはい、落ち込むなって」
雰囲気もムードも何もない救出劇になってしまったのは、さすがに俺も反省している。リーシャだって女の子なんだから、白馬に乗った王子様が助け出してくれる想像をしていたのだろう。
しかし俺には王子様役は似合わない。庶民感覚が強い王子様なんて、リーシャが良くても俺が嫌だ。
リーシャは俺の話を聞きながら剣で鉄格子を切り刻んで出てくる。その顔には嬉々とした感情は一切なく、不満気な表情をしている。
なんでこんな顔をするのか皆目見当が付かないが、出て来れたのならあとは引き上げるだけだ。俺の背丈よりも低い頭をポンポンと撫でて慰める。
「よし、行くぞ、リーシャ」
「はい……」
俺が先を歩いて前方の安全を確認する。リーシャが俺の後ろをついてきているのだが、未だに不満そうな顔をしている。
慎重に歩いていると、そのうち大広間に出た。
「おっ。よぉアキラ。ようやく姫さまの登場か?」
「おう。檻に閉じ込められてて、如何にもって感じだったぞ」
「そうか、大変だったな」
「……皆様、ご迷惑をお掛けしました」
「なんでそんな不満そうなんだ?」
「お金に助けられるのが嫌なんだとよ」
「おまっ、言ったのか!?」
「事の次第を伝えるときに、止む無くな」
それでヘソを曲げてしまっているのだが。
周りを見渡すと、奴隷商人と思しき人間どもが地べたに転がって冒険者たちに命乞いをしている。いっそ痛快と言える光景なのだが、客観的に見てみれば蹂躙だから、巻き込まれた彼等は哀れとしか言いようがない。
「で、リーシャ家出事件の黒幕は?」
「家出ではありません」
むぅと頬を膨らまして反論する美形種族。勢いなのかはわからないが、顔を自分の鼻先まで近づけてくる。整った可愛らしさに息を呑み――いつものリーシャだと暗示をかけて息を整える。
「ち、近い、から……」
「……? はぅ!?」
俺の訴えが届いたのか、リーシャは奇妙な声を上げて退いた。顔を覗くと真っ赤に染まっていて、羞恥の念を抱いたのがよくわかる。
「……おい、そこでイチャイチャしてる2人。黒幕はこっちにいるから早く来い」
『してないから!』
「ハモるなハモるな。ほら、行くぞ」
案内してくれるバカラの後を付いて行く2人。2人とも不満そうな顔を真っ赤にして、憤怒が羞恥か分からない程度に染め上げていた。
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