24話 眩しい月夜に這い寄る影
「よぉ、アキラ。オメェ、やっと銀クエに行くことにしたんだな! これで俺達と同じところに来たんだな!」
「2週間もかかったんだって? 頑張ったんだねー」
「今度一緒にクエスト行こうぜ!」
「ククッ、ようこそ、人生の墓場へ……」
ビッグフットを討伐した次の日。
俺の周囲はとんでもない変貌を遂げていた。
冒険者ギルドに行くまでの道で同じギルドに所属する冒険者たちに喝采され、銀クエに召集をかけられ、人生の墓場の住人から歓迎され……
とにかく色んなことが変わっていた。特筆すべきは冒険者達のフレンドリーさだ。昨日までは普通に俺たちから避けるように行動していた冒険者なのだが、今日の朝ギルドに来てから話しかけてくることが多かった。リーシャの周りでも同じことが起きているらしく、突然起きた変化に目を回していた。
「なぁ、リーシャ、これ何が起こったんだ?」
だから、先住民であるリーシャに問うのは正しい判断だったことだろう。しかし目を回している状態のリーシャに問うのは、正しい判断だったかと問われれば別だが。
「……わかりません。何故こんなに話しかけられているのか、わたしの理解の範疇を超えています。いつもなら細々とクエストを受けて帰るだけなのに、結局今日は遅くまでギルドに残る羽目になってしまいましたし……」
「そうだな。お前の身を考えると早く帰りたいところだが、話しかけてくる冒険者の数がアレじゃなぁ……」
冒険者ギルド内部には酒場が用意されている。
クエストから帰ってきた冒険者たちが酒を飲み、食いもんを喰らい、冒険話などに花を咲かせて騒ぎ立てるためのものだ。
男冒険者が女冒険者をナンパしてぶっ飛ばされたり、荒くれ者が互いの意見に対立して喧嘩したり……とにかく、そんな喧しくも騒がしくしてもいい場所として冒険者たちに活用されている場所なのだ。
俺は普段活用しないから関係も持たなかったのだが、他の冒険者に絡まれることによって遅くなってしまった時間を埋めるために、今回初めて使うことにした。
夜は奴隷商が多く徘徊する時間なのだという。夜に行動すれば闇夜に紛れて全容を誤魔化せられるからだ。何か隠し事があった場合には、おそらく自分だってそうするだろう。
「はぁ……、今日はどうしよっか……」
「カゼルタに帰りたいところですけど、今から帰るほうが危ないですしね……」
「……俺、初めて深夜に外出したよ」
日本ではそれなりに厳しい家庭に生まれた自分は、7時の門限を守って行動していた。いや、厳密にはそんな門限はないし、8時に帰っても少し注意されるくらいのものだったが、小学校の頃に刷り込まれた常識を未だに守って暮らしていた。
だから、9時には眠らなければならないという小学生の常識を守って、こんな夜更けまで起きていることはなく、さらにクエスト帰りなことも相まって眠気が身体を休ませようとしていた。
「……眠いのですか?」
目が半開きになっているアキラに気付いて、リーシャが問う。必死に起きていようとして目蓋を開けようとする。
「…………ん」
「すごい間がありましたね。でも眠いことはわかりました。眠っててもいいですよ。奴隷の時に一晩眠らないなんてことはザラにあって、慣れてますから」
リーシャの優しい声音を聞いて、俺達の目は休もうと少しずつ閉じていく。ふわっ、と小さく欠伸をしてテーブルに横たわる。
「よしよし……、ふふっ……、やっぱり貴方はまだまだ子供なんですね。わたしよりも年下なのは本当みたいです」
アキラの一連の行動を見てリーシャが微笑む。
「――さて、わたしは少し外で風を浴びてきましょうか」
彼が寝ている横でわたしも寝るわけにはいかない。他の冒険者にどんな悪戯をされるかもわからないのだ。彼を見守る義務が、彼を寝かしつけたわたしにはある。
腰に提げていた剣をアキラの傍に置いておき、ギルドのドアを開いて外に出る。
カプアの街は夜になると風が吹く。冷たい風がリーシャの白く、でも少し火照ったピンクの頬を撫でた。芯まで熱くなった体が冷やされていく感覚は、なんとも言えず気持ちいい。
周りには人っけがないせいで、月明かりが眩しい1人だけの世界が出来上がる。だからリーシャは、いつもは考えない思考を湧き立たせる。
――彼は、やはりわたしの英雄なんだなぁ、と。
彼と出会ったのは2週間と少し前のことだ。出会いは最悪だった。彼が拐われて自分の乗る馬車に乗せられたのがキッカケだった。
最初はよくわからないことを話す人だと思ったものだ。しかしよくよく聞いてみると、彼はこの世界の救世主である勇者とともにいたのだという。勇気も漢気もない彼が何故、という疑問は未だに尽きないが、一緒にいたというのは事実なのだろう。
その証拠にいつもおかしなことを話し出す。まんがが読みたいだの、げえむがしたいだの、しんでれらなどという聞いたこともない童話もそうだ。
彼はわたしの知らないことを多く知っていた。かわりに常識を知らない変わり者ではあったのだが。
そのわたしの知らないことで、窮地を救われたこともある。奴隷商人の馬車からの脱出など、まさにそれだろう。
森の闇を利用して土人形を怪物に見立てるなど、操術師である彼にしか思いつかない芸当だ。お金を好み、人を愛し、しかし自分の命を何物よりも最優先にする。そんな誰よりも人間っぽい少年。それがわたしの彼に対する印象だ。
「……楽しい、なぁ……」
心底からそう思えるくらいには、今のわたしは自由なのだろう。彼がその自由を与えてくれた。突然わたしの目の前に現れた彼が、だ。
今までのご主人様は、わたしを痛めつけ、わたしを苦しめ、わたしを独占しようとしていた。しかし、それは奴隷だからしょうがない、という理由で諦めていた。この世界では、奴隷の自由が許されていないのだ。
しかし、わたしを独占するのではなく、わたしの力を独占しようとする者もいた。そのご主人様はある程度の自由を約束してくれた。その時ばかりは少しばかりの希望を見たものだ。
自由はわたしを待ってくれていた……! と、純情無垢な少女のように。
しかしかわりに待っていたのは実験、実験、実験の毎日だった。朝起きて実験。昼食べて実験。夜前には必ず実験。身体の自由はあった。しかし精神の自由はなかった。精神崩壊が起こるくらいに、スキルを行使し続けさせられた。
わたしがこの力を思い通りに使えないとわかると、速攻で捨てられてこの街へと戻ってきたのだが。
だから、あの少年がわたしのご主人様だったら、どれほど良かったことか。彼がもっと早くわたしと出会っていたら、どれほど楽しい毎日だっただろうか、と考えてしまうことがある。
しかし、これから先そう思うことはないだろう。だって、今のわたしは冒険者なのだから――
「――いいえ、貴女の楽しみはここまでデス」
ふと、横から聞こえたしゃがれ声。よく聞き馴染みのあるその声は、わたしの希望を片っ端から潰そうと奈落の底から這い寄ってくる悪魔のように、わたしの肩を強く掴んだ。
「――ッ!?」
「おっと声は出さないでもらえると嬉しいデスねぇ。お久しぶりデス。蟲付き娘ぇ」
にちゃあ、と気味の悪い笑みを浮かべる男。でっぷりとした腹がわたしの腕に当たって、すごく気持ち悪い。
「――んで、貴方がッッ!」
「おっとそれ以上の大声はやめてもらえれば幸いデス。何故、デスか? この街の中で、わたくしにそれ問いますか?」
そうだった。彼はこの街のことならリアルタイムで、全容を把握できる情報網の持ち主だった。昼ならばいざ知らず、夜の街は彼の独壇場だ。
リーシャは忌々しげに彼を睨む。
「貴女はどうにも、わたくしについて来たくない様子。けれどそれは無理デスね。だって強制デスから」
途端、リーシャの右腕が絞られているかのような痛みに襲われた。右腕を見ると青い痣のような蛇の装飾が忌々しいほどに光っている。奴隷印だ。
「あ……ああああああああッッ!?」
「んんーン! いいですねぇいいですよぉすごぉく愉しいです! さすがわたしのオキニ! よくわたしの趣向を理解しています! 反抗的な目を向ける奴隷に理不尽な痛みを植え付け、その上天上から見下す神の如く愉悦に浸るというのは、いつ感じても愉しいものデス!」
心の底から楽しそうに快哉を叫ぶ。
リーシャは腕に走る痛みに抗い、眦に涙を溜めながら、それでもと彼を睨んだ。恍惚とした表情で見下す彼を見上げるのは、なんとも言えず屈辱的だ。
「ぐぅっ……ぐぅ〜〜〜〜ッッ!」
「ヌハハハハハハッ! ……さて、もういいでしょう? わたしを笑い殺そうとしてくるのはいい加減にしてください。もう帰りますよ」
まるでわたしの居場所はここにはないと、そう言うかのように彼は冷めた目でわたしを見据える。
「いや……、いや……!」
「まったく、貴女はどこまで子供なんデスか。子供なのは身体だけにしてくだサイ。もう20歳でしょう?」
駄々を捏ねる子供のように涙を流す。
「まったく……ならこれも、強制デス」
右腕に走る痛みが増加する。
右腕に力が入らなくなり、ついで左腕にも力が入らなくなってくる。そして――体にも。
「連れて行きなサイ」
『――』
パチンッと指を弾くと、いままでそこにはいなかったはずの大男が、影も作らずに現れた。片目を眼帯で隠した褐色肌の大男は、リーシャを肩に担いで奴隷商館のある方向へ足を向ける男について行った。
そして、その場には静寂が訪れた。
まるで、元から何もなかったかのように――
× × ×
朝。俺の意識は覚醒する。
場所はベッドとは違う、ギルドのテーブルの上。
どうやら昨日、リーシャに寝かしつけられるままに眠ってしまったようだ。恥ずかしいと、我ながら思う。どうにも疲れが溜まっていたようだ。
――と、そこではたと気付く。
周りには呑んだくれて、テーブルの上だとか椅子の上だとか、色んなところで眠りかけている冒険者がいるなかで――
リーシャだけがいなかった。
「――あれ?」
酒場のカウンター。ギルドの受付。各所に設置してあるテーブル上、そして下。何処を見てもいない。見当たらない。昨日までと同じ配置。全てが同じ場所にあり、昨日遅くまで呑んでいた冒険者がいる中で――
「……リー、シャ?」
ギルドには、リーシャの姿だけが消えていた。




