20話 異文化交流?
冒険者登録をしてから2ヶ月ほど経った。
冒険者に絡まれることもなく、奴隷商にも見つかることはなく、目立たないように細々とクエストをこなし、無論そのすべてを成功させ、早々とカプアを出てカゼルタに帰るような日々が続けば、その日々の消化はあっという間だった。
当然ギルドの受付嬢からお金を貰ったり、上手い飯をエルフと共に食べたりなどする日本の日常では経験できないような特殊イベントもあったりしたのだが、日常的に経験していれば意外とすぐにあっさりとしたものになってしまう。
しかし普段あっさりと過ごしていても、やはり神秘も魔法もない現代日本の都会で生まれ育ったせいか、時折見られる科学の発達していない世界の自然の神秘には驚かされてばかりだ。
――例えば、
「……おいリーシャ。これ、何? 怒らないから言ってみ?」
「……それ、怒る人の台詞ですよ」
「わかってんならこっち見ろ。いくら金欠とは言え、俺はこんなもんを食べる気は毛頭ないぞ」
食卓に出された、毒々しい紫色の物体X。
料理はいつもリーシャに作ってもらっている。自分も作ろうと思えばかなりのレパートリーを会得しているので作れるが、日本にはある調味料や食材がないため大体はリーシャに任せている。
だからこそ本気で驚愕した。何故、こんなものが出来上がったのか、と。
いつものリーシャならどんな食材でも盛り付けも味も上手い料理を作ってくれるはずなのだが、今回の食事は暗黒物質のようなダークマター的な何かが錬成されていた。
毒はさすがに入ってないよね、とダークマターをツンツンと突いていると、さすがに気まずくなったのか、黙りを決め込んでいたリーシャが頭を下げた。
「申し訳ありません! 普段は高額で取引されている飛竜の肉が安く売っていたので衝動買いしてしまったのですが、わたし、実は肉料理はかなり苦手で……!」
「……なんとか試行錯誤してみたけど、たどり着いたのがこの石炭みたいな暗黒物質、と」
「あ、暗黒物質……いえ、はい。そうです……」
「……。」
たしかにエルフが肉を食べてるイメージはないが。それでも限度があるのではないだろうか。
肉が焦げてたら音でわかるだろうし、炭に錬成されそうになってたら焦げた臭いがしてくるだろう。それを嗅ぎ分けられなかったということは、他に原因があるのだろう。
例えば飛竜のような竜種は肉を多く食べているイメージがある。ということはつまり、竜種の肉には多くの脂が乗っているということだと考えられる。
脂身が多い肉ほど焼けるのは早い。ということは肉料理を作れないリーシャが、焦げているのに気付けない速度だった場合、それは経験値の壁というものだろう。知らんけど。
ともかくそう考えれば怒りは薄れてくる。ポジティブシンキングは本当に大事。
「まあ、今回はしょうがないよ。うん。苦手ならしょうがない」
リーシャも謝っていることだし、これ以上責め立てるのは駄目だろう。笑って許してやるのが人の情というものだ。……食えるかどうかは別問題として。
「申し訳ありません……、今から他の食材を買ってきます。もちろん実費は使いません。わたしはこれを片付けてしまいますので……」
「片付けるってのは食うってことだよな? ダメダメ。右手に持ったフォークはテーブル置いとけ。焦げた肉は発癌性物質だからな。食ったら最悪死ぬぞ」
「ではどうすれば……」
「捨てちまえ。死ぬ気で食うよりは、随分とマシだ」
「しかし今日の分の食事代は……」
「俺が作る」
「えっ」
リーシャが素で驚いたような間抜けな声を出す。
まるで「この人料理が作れたの……? 大丈夫だよね?」と、きっとリーシャの頭では少々馬鹿にしたような思考が広がっていることだろう。
しかしこれでも俺は家庭科の点数は学年3位(家庭科の先生の独断と偏見)。昔から無駄に手先が器用なだけあって、一応料理の腕は立つのだ。ちなみに裁縫も得意だったりする。
「少し出てくる。リーシャはこれを片付けておいてくれ」
「……食べろと?」
「捨てろよ?」
いくら高値で売っている高級食材とはいえ、今のダークマターは腹を下しかねない。リーシャが腹を下した姿なんて見たくない。
はぁ……、とため息を一つ吐き、目的の物が多く並んでいる商店街へと足早に目指した。やってるといいなぁ……
× × ×
閉めようとしていた店に滑り込みセーフし、まるで盗塁王のような気持ちで目的の物を揃えた自分は、早足で肉を片付けているであろうリーシャの待つ宿屋へと向かった。
戻ると台拭きでテーブルを拭いている、落ち込んだ表情のエルフ。リーシャがこの表情をするのはかなり珍しい。それほどまでに反省しているのだろう。
「……責任を背負い込むタイプか。エルフのイメージのまんまだな」
俺のエルフのイメージは、気高く潔癖で神聖な種族だった。だからこそ責任を背負い込み、恩を恩で、仇を仇で返す種族として見ていた。どうやらリーシャを見ているとそういう風に見える。
(……一を全として見るのは駄目だな)
頭をふるふると振って付着したイメージを、頭の中から払い落とす。少しシャッキリとした気持ちをそのままに、俺は作業を開始するためにキッチンに向かう。
手提げの大きめバックから取り出したのは、薄切りオーク肉にジャンジー(生姜)、小麦粉、みりん(に似た度数低めの酒)。そして八百屋が厳選した食べられる野草全三種。
「サラダ油が無いからな……さっきのドラゴン油で代用するしかない、か」
そして淡々と作っていく。
肉を焼いたり味付けしたり。作るのは生姜焼きなのだが、さすがに醤油はこの世界にはないし、生姜に代用できるジャンジーは日本の生姜よりも少しえぐみの深い代物で、味を適量に調整するのに一苦労する。
出来上がったのは、見た目は普通な生姜焼き……改め、オーク焼きジャンジー風味だった。もちろん野草も添えられてある。
「ほらよ。出来上がり」
「……料理、作れたんですね。……これは?」
「作れるっつったろ。オーク焼きジャンジー風味だ。冷めても食えることには食えるけど、あったかいうちに食っちまえ。いただきます」
「……いただきます、とは?」
「んぁ? あ、あぁ、俺の故郷の風習。食べる前に言う掛け声みたいなもんだから、異世界に来てからはやめてたはずなんだがなぁ……」
「そうですか。……いただきます」
そして一口焼きオークを口に入れる。
醤油がないせいかパサパサした食感が舌の上を駆けずり回る。ドラゴン油のベタベタしたしつこい味が纏わりついてくるのだが、それはなんとかジャンジーで誤魔化せてはいる。いるのだが……はっきり言ってマズい。
「……。」
これは予想以上の出来の悪さだ。やはり異世界の食材だけで、食事大国日本の料理を再現するのは難しいらしい。大言を叩いてしまった手前、リーシャの顔を見るのが少々気まずい。
恐る恐るリーシャを見てみると……眦から涙をポロポロと零しているエルフの少女が……。思わず「え゛っ」と呟きを零してしまい、そんなにマズかったのか……と傷付きながら問いかける。
「な、泣くほどマズかったか? ごめんな、次からはもっと改良をするから……」
「……い、いえ! 美味しいです。それと、わたしは泣いてませんから!」
グイッと目元を拭って眼力に力を込めるリーシャは、ふるふると頭を振った。
「何というか、形容し難いのですが……。心がほかほかする味です」
「ほかほか」
「あっ、ああいえ! その……! 忘れてください!」
「…………ほかほか」
「アキラさん!」
怒られてしまった。
しかし怒った顔をしながらも、少し笑みを浮かべているのは良い進歩だと言えるだろう。
「……ほかほか、ねぇ」
今度はリーシャに聞こえない程度に呟く。
こんな程度の低い料理でほかほかしてくれるなら願ったり叶ったりだ。存分に楽しんでほしい。
「…………マジぃ」
相も変わらず、この生姜焼きをモチーフにした肉料理は、えぐみが強くてマズかった。




