19話 薬草採取クエスト
今ほど自分の目を疑ったことは、過去17年間を振り返ってもそうそうないだろう。
カプアの街を出て数分ほど歩いて着いた雑木林の中を、自分とリーシャは全力で駆ける。時折自分の視覚情報が信じられなくなって目をゴシゴシと擦ったり、これは夢かと頬を抓りながら。
湿気が高く泥濘んでいる不安定な地面に気を配りながら、目の前を走る、意味不明で、かつ理解不能で、また非論理的、さらに非現実的な生き物。色んな言い回しができるが、つまるところ俺たちの目の前に颯爽と現れた魑魅魍魎を全力で追い回していた。
「……リーシャ。これって薬草採取クエストだったはずだよな」
「……そうですよ。だから頑張って走って追いかけているのではないですか」
「それだよ。おかしいと思わないか?――なんだって薬草が走ってるんだよ!」
俺たちの目の前をテケテケと二本足で走っている薬草。根っこを器用な走らせて逃げている、体の構造が想像つかない植物。俺が指を指したイミフな存在を見て、リーシャは首を傾げる。
「……薬草は追いかけて捕まえるものでしょう?」
「……え、俺か? 俺がおかしいのか!? あの薬草って植物だよな! どう見ても動物じゃないよな!?」
「分類は植物ですが」
走る植物ってなんだよ。植えられてるんだったら動かないでもらえますか。動くのは動物の領分なんで。
そうは言ってもここは異世界。植物が動かない、なんて常識は存在しないらしく、同じ動物であるはずのリーシャは小首を傾げて自分に怪訝な眼差しを送ってきている。
「…………悪かったよ。走るよ。草は走るよ。だから前を向いて走れ、リーシャ。危ないから」
「……草は走りませんよ? なにを言ってるんですか?」
「お前こそなにを言ってるんだ」
「現にわたしたちは今、雑草の上を走ってるじゃないですか」
「マジかよ」
走るフォームを崩さずに下を見る。
「……マジだよ」
違いがわからん。
とまれ、俺は薬草の捕まえ方なんて知らない。
やったことがないのはしょうがないのかもしれないが、今現在進行形でできないのは困る。クエストが達成できなければ死活問題だ。
蝉の捕まえ方ならわかるんだがなぁ……、と文句を垂れつつ、初めて行う植物の捕まえ方を知識内から抽出する。
王宮内でインプットした情報を絞り出す。……たしかに知るには知っていた。けれど馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまっていた。……まったく、俺たちはとんでもない世界に来てしまったようだ。
「……OK。とりあえず早く捕まえるぞ。リーシャ、火属性魔法の準備を頼む」
「了解です。火力はいくらにしますか?」
「シェフのお任せコースで。――じゃあ行くぞ!」
37の敏捷値を発揮して大地を蹴る。
勇者よりは遅い上に、地味で微妙な数値だが、薬草を追う分には充分すぎる数値だ。ヒュンッと軽やかな音を立てて走る薬草の前に回り込み、瞬時に地面へと魔力を流し込む。
「来やがれ草ヤロウ――土枷!」
途端、パリッと音を立てて電撃が放出される。すると魔力が地面を伝って薬草まで届き、届いた震源から地表が渦を巻いて突出し、螺旋を描きながら薬草を傷つけないように掴む。
動くものを捕らえる時は、まず移動手段を片っ端から潰していくのが定石だ。無論、それは足を動かなくするのと同義で、移動できなくなればこちらのもの。
あとは煮るなり焼くなり好きにできる。
俺の場合は生け捕りだ。草の殺め方なんて知らないし、間違った殺め方をして薬草の効能が低下してしまえば本末転倒だ。
だからあとはリーシャに託すことにしたのだが……
「……生き物をそのまま蒸し殺すのは、さすがにサイコパスじみてんじゃねえか……? 倫理的にヤバいぞ」
「これが今のわたしたちにできる、薬草の一番手っ取り早い採取方法なんです。倫理なんて気にしてる暇はないですよ」
リーシャはほれっと俺に手を差し出し、澄まし顔で俺が捕まえた薬草を要求してくる。
ジタバタと足掻き続ける薬草を前に、なんかごめんな……と情が湧いてくる感覚に苛まれる。これは生物競争だ、と心に刻み込んでリーシャに手渡す。
片手でむんずと掴んだリーシャは、近くに転がっていた手頃なサイズの木の枝を掴んで、ポシェットの中から紐を引っ張り出す。
未だリーシャの手の中でジタバタと暴れている薬草を、紐で木の枝に括り付けた。
「アキラさん。お願いします」
「…………おう」
リーシャに促されて、自分はドーム状の簡易的な窯を作る。かなり簡素な作りだが、せめてこれから死にゆく哀れな薬草のために、思い付く限りの装飾を施してある。
そんな俺の薬草に対する気遣いに目もくれず、サイコエルフ少女は薬草を括り付けた木枝をぽいっと放り込み、再びポシェットの中に手を突っ込む。
取り出したのは透明な液体の付着した棒だ。薬草採取のために開発された魔法具らしく、一度火を点ければ薬草が天に召されるまで火が燃え続けるらしい。蒸されて枯れるのを防ぐために水分も発するのだとか。どれだけ用意周到なんだよ。
魔法具に火属性魔法を放ち、手で触れないように点火した。そして燃えているそれを、薬草がバタバタと暴れているドームの中に投げ込んだ。
「……よし、アキラさん、次に行きますよ」
「え、お、おう。……あと何匹だっけ?」
「9本です。それと草の数え方は匹ではなく本ですよ。間違えないように」
「は、はい……」
パンパンと手を払ったリーシャが立ち上がり、次の薬草採取のために動き出す。
その背中は昨日と変わらず小さいのだが、何故だか歴戦の戦士を思い起こさせ、つい苦笑してしまう自分がいた。
よし行くか、と歩き出すと、ふと先程の薬草が気になって後ろを振り向く。
バンッ! バンッッ! と、窯の中から、薬草が苦しそうに揺れているのがわかった。
己を苦しめる硬いドームを壊そうと、草のしなやかな身体に鞭を打っている姿が連想されてしまう。何というか、その情景は残虐的な光景で――
「……。」
えも言えなくなってしまい絶句してしまった俺は、リーシャに呼ばれるまでその場に立ち尽くすことになってしまうのだった。




