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1話 日常の風景にサヨウナラ

 高校生活と言うのは、きっと大多数の人間の価値観の中で、そして人生の中であって最も奇妙で特異な時期に相当するだろう。学園ラブコメ等の小説や漫画、アニメで題材にされているのが高校生だと言うのがその主たる証拠だ。


 幸か不幸か、嘉瀬かせあきらはその類の人種ではなかった。


 社会経験の一貫としてバイトをしたり、ゲーセンや近場のモールに地元の友達と遊びに行ったりしているだけのありふれた高校生。


 なにも起きない普通の人生。何かに追われることもない平凡な毎日。今日も今日とて学校へ行き、無味乾燥な授業を受けて帰ってくる。これが1日のルーティンだ。


 始業チャイムの15分前の時間帯は、やはり数少ない喧騒のある教室よりも静かさが勝っている。歩く度にパタパタ鳴るリノリウムの廊下を歩き、教室のドアをガラッと開けて教室へ入る。すると数人の視線が此方へと向いた。一瞬だけ好気の視線が向けられる。すぐに「なんだ嘉瀬か……」と視線を外される。


 向けられた視線を物ともせずに、俺は自席へと着席する。月曜日であるためか、教室には憂鬱な雰囲気が漂っている。


 俺は基本的に独りでいるため、本の虫だ。おすすめは夏目漱石か宮沢賢治。惹きつけられるストーリーの小説は読んでいて飽きない。


 鞄から本を取り出して読んでいると、始業チャイムがなるギリギリの時間でゲラゲラと笑いながら入ってくる。彼らは俺を見つけると、ニヤニヤしながら近付いてくる。


「よぉ、嘉瀬く〜ん。またエロ本でも読んでんのか〜?」

「うっわ〜。学校でエロ本読むとかイカれてんだろ、おまえ!」


 俺を見せしめにするように話のダシにして、下品にゲラゲラと笑う男子生徒たち。


 俺に話しかけてきたのは、登校するたび飽きずに俺をイビってくる鈴木すずき耕太こうたを筆頭とするマウント陽キャたちだ。鈴木と愉快(笑)な仲間たち……佐藤さとう千洋ちひろ田中たなかしゅうの3人が、俺が逃げ出せないように取り囲む。


「あ、あはは……」


 何も言い返すこともせずに笑うことしか出来ない。ここで言い返したら「調子のんじゃねえよ」と罵られて体育館裏へGOだ。それだけは絶対に回避しなければならない。


 ちなみにエロ本とはライトノベルのことだ。今時の子は、表紙に二次元の女の子が書かれているだけでエロ本扱いするから困る。切実に。


 言いたいことをぐちぐちと言いたいだけ言って自分たちの席へと戻っていく男子生徒たちを見送り、あとは遠くから聞こえてくる自分への罵倒を耐えるだけだ。周りに助けを求めるわけにもいかない。HRが始まるのを待っていると……


「おはよう、嘉瀬くん! 元気ないね? どうしたの?」


 元凶が元気にやってきた。


 彼女の名前は、柏原かしわら優梨ゆうり。先輩後輩同級生先生老若男女問わずに人気を誇る女子生徒だ。何故か目立たないはずの俺に声をかけてくる変人奇人の1人でもある。

 

 肩にかかる黒い綺麗な長髪。目、鼻、口が均一にバランス良くわけられ整った綺麗な顔立ち。パチクリとした優しげな黒目が此方に向くと、不覚にもドキッとしてしまう。


「い、いや、なんでもないよ。おはよう、柏原さん……」


 逃げるように目を逸らす。柏原さんは言うまでもなく美人だ。作ろうと思えば彼氏候補なんて選り取り見取りだろうし、カーストの高いグループの女王にだってなれるだろう。


 だってのに最低カーストどころかカーストから除外されているであろうぼっちの俺に、憐むでもなく普通に話しかけてくるから周りからの視線がより一層痛くなる。


 勉強も運動も顔も平凡すぎる何の特色もない俺に惚れている……なんてことはまず確実にありえない緊急事態なので、ますます彼女の行動の真意がわからない。


 ――キッ、


「ひっ……」


 殺気と敵意の込められた視線を感じる方を向くと、鈴木一党が此方を睨んでいる。鈴木が柏原さんに好意を持っていることは、クラスメートの間では周知の事実だ。


 たちが悪いのは当の柏原さんが鈍感で、鈴木の好意に気付かないところだ。そのせいで何故か俺も問題に巻き込まれるし、ある意味鈴木よりも面倒な輩を呼び寄せることになる。


「おはよう、嘉瀬くん。いつも優梨が悪いわね」

「……ったく、こいつはまた寝ようとしてんのか? もっとしっかりと出来ないもんかね?」

「……まったくだ。こんなに優梨が世話を焼いてると言うのに、何故一向に直そうとしないんだ」


 ――何故、こんなに集まってくるんだ……


 俺はぼっちぞ? 友達が作れないから教室の隅でじっとしているだけの陰者ぞ?


 なんだってこんなに人が集まってくるんだ。後半の男子陣に関しては俺の印象悪いみたいだし。


「お、おはよう……早乙女さん、五十嵐くん、一条くん」


 苦笑いをして柏原さんを引き離してくれる凛々しい雰囲気漂う女子生徒は、早乙女さおとめ彩香あやか


 女子剣道部に所属していて個人の実力は全国レベル。たまに取材をしにテレビスタッフが、早乙女さんの通っている道場に押しかけることもあるのだそうだ。柏原さんとは幼馴染みらしい。その独特な雰囲気と貫禄から、剣道の大会では『サムライ少女』と呼び慕われている。


 がたいのいい体格で、俺を一瞥すると「ふんっ」と無視を決め込む男子生徒は、五十嵐いがらし慎介しんすけ


 バスケ部に所属していて、今のバスケ部を引っ張っているエース。熱血系のイケメンというやつで、『努力をしないやつは何をやっても無駄』と言う先入観を持っている。俺が苦手とするタイプの人間だ。


 俺に侮蔑するような視線を向けてくるのは、一条いちじょう勇気ゆうき


 何をやっても格好がつく爽やか系のイケメン。成績は学年トップ。そしてサッカー部のエース。全国高校生が羨む三冠を手に入れている完璧超人だ。


 親が警察官で、強く遺伝したのか正義感溢れる男となっている。しかし、いささか正義感が強すぎるキライがある。


 この前だって、ほとんど自己主張しかしていないのに先生たちを味方につけて、不良の先輩たちを告訴! 有罪! みたいなことやってたし。


 普通なら周りから敬遠されるような案件だが、それでも周りには常に友達がいると言うのは、やはり彼のカリスマなのだろう。おそらく五十嵐よりも俺が苦手なタイプの人間だ。


「そろそろホームルームが始まるわよ。自分の席に着きなさい、優梨」

「あ、本当だ。それじゃあ、また後でね。嘉瀬くん」

「あ、う、うん……」


 俺が小さく頷くと、柏原さんは満足気に「うんっ」と頷いて自席へと向かう。


 早乙女さんは機嫌の良い幼馴染みと、気分の悪い2人の男友達を見送って、「はぁ……」と大きなため息を吐くと、俺以外には聞こえないような声でこしょこしょと囁いた。


「ごめんなさいね……、あの娘も悪気があるわけではないの。ただちょっと天然なだけで……。まあ、その天然な部分がヤバイのだけれど」

「ヤバイって……、大丈夫だよ、わかってる。……でもなんで俺なんかに挨拶するの? 他にも挨拶するべき友達なんて、いっぱいいるでしょ?」

「……アンタもアンタよね」


 早乙女さんは引き攣った苦笑いで言って、自分の席に戻るために俺に背を向けた。


 そこで俺はとあることを思い出し、彼女の華奢な背中に呼びかける。


「あ、そうだ。早乙女さん」

「何かしら」

「この前の大会、優勝おめでとう」


 顔だけを此方に向けて、早乙女さんは笑った。


「ありがとう」



        ×  ×  ×



 雨が降っている。ポツポツと窓のヘリに雨水が当たって、授業中の作業用BGMとして役に立ってくれている。


 俺はカリカリと黒板に書いていることを板書して、子守唄のような先生の説明に、ウトウトしながら耳を傾けている。


「今日はここまでにしよっか。それじゃあ少し早いけど休み時間でいいぞ〜。あ、でもチャイムが鳴るまでは外に出るなよ〜」


 そう言って先生は教室から出て行った。残された俺たちは、各々次の時間割を確認したり、遠くの友達と話し合ったり、好きなことをしている。


 俺は圧倒的な前者であり、次の授業を済ませて眠りの体制へと入る。次の授業までの休み時間は暇な時間である。ここで休息を取っておかないと、次の時間に支障が出る。


 ――だと言うのに……


「嘉瀬くん、ここの問題わかる?」


 なんで来るんですか、柏原さん。そういうのは学年トップの一条に聞けよ。俺なんかよりもわかりやすいだろうし、タメになるぞ。


「あー……、うん、えっとね――」


 とは心の中で言っても、出来る限り懇切丁寧に教えるのが俺なのである。だって周りの視線が痛いし。ここで追い返したりでもしたら、鈴木あたりに何をされるかわかったもんじゃない。


「――なるほど。わかった! ありがとう、嘉瀬くん!」

「どういたしまして」

「それで次の問題なんだけどね――」


 ――まだあるの!?


 いい加減気付いて! 周りの空気に気付いて! カースト除外の嘉瀬皓と、カースト最上位の柏原優梨が一緒にいる状況と言うのは、やはり嘉瀬的に居心地が悪いものなんだよ!


「そこなら俺が教えようか」


 そう言って割り込んで来たのは一条勇気。柏原さんには見えないように此方を睨んでいる。理不尽だ。


 その格の違う迫力に押し負けて――


「――ちょ、ちょとトイレに行ってきてもいいかな?」


 逃げ出すことにした。


 こら、そこの女子、ヘタレとか言わない。こら、そこの男子、ぶっ殺とか呟かない。


 逃げ出すかのように自席から立ち上がった俺は、とある物を目にして思わず固まってしまう。


 微かに黄金に光る円環。中にはセーマンを中心にして広がっている幾何学文様。ゲームやアニメで出てくる魔法陣と呼ばれるそれは、一条の足元から波紋のように少しずつ広がっている。無論、先ほどまではこんなものは無かった。悪戯や手品にしては手が込みすぎているし地味すぎる。なにより完成度が高すぎる。この常識外が何を物語っているかなど、考えるよりも察する方が早い。


「――ッ!」


 俺が叫ぼうとするよりも前に、魔法陣は一気に教室中に広がり、俺は声を出すタイミングを逃してしまう。


 黄金の輝きを放った()()は、教室内に突風を巻き起こし、開け放っていたドアを勢いよく閉め、タッセルに纏めていた遮光カーテンを開いた。


 照明が割れて、教室内に暗闇が作り出される。


 この異常事態に気付かない間抜けは、この教室には存在しない。しかし誰も常識外の恐怖のせいで、動くことも話すことも出来ない。まるで金縛りにあったかのようだ。


『――異界の勇者達よ! 願わくば、我らが世界に救済を!』


 黄金の輝きがカッと閃光のように教室内を光で満たしたかと思うと、次の瞬間には教室には光の一筋も残っていなかった。


 そして……残っていないのは光だけではなかった。


 静まりかえった無人の教室。そこにはつい先ほどまでいた生徒たちの教科書類や勉強道具、スマホやクリアファイルなどと言った私物が、まるで空き巣でも入った後のように散乱している。


 この事件は、後に近年に起きた2()()()の神隠し事件として世間に広く出回るようになるのだが、それはまた別の話になる。



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セーマンって何って思った
[一言] 話の流れが某人気なろう小説にそっくりですが、チート覚醒した向こうの作品に対して、弱者主人公のままストーリーが進んで行くのか気になります
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