18話 嘉瀬アキラはダメージを受けた!
カプアの街はいたって普通の街だ。街人が営む商店が街路に立ち並び、カゼルタの町よりもさらに姦しい喧騒で、いっそ騒がしいくらいに活気付いている。けれど老若男女が笑顔を絶やさずに賑わせている。
ちなみにリーシャに内緒で仕入れた情報によると、路地裏に行けば歓楽街があり、艶やかな性と精気の世界ができているのだという。男として行ってみたい気持ちはあるが、そんなことをすればリーシャに怒られてしまうので、今は諦めるしかない。
陽気が立ち込む街路の端を、フードを被った少年と少女がこそこそと陰鬱に歩みを進める。
「なんて煩いんだこの街は……! 渋谷か新宿並みにうるっさいぞ!? 下手すればゲーセンの音ゲーコーナー並みじゃないか!? こんなことならあんまり来たくなかったんだが!」
「わたしからすればアキラさんの方が喧しいです。シブヤシンジュクとやらも、わたしは存じ上げませんがアキラさんの頭がおかしいことくらいはわかります」
「おい待て流れるように俺をdisるな。俺はゲーセンにあまり行かない陰キャな高校生の1人としての一般論を言っただけであって――」
「だから煩いと言ったんです。……なんでわからないんですかこの安本丹」
不名誉な名称で呼ばれたような気がしたが、周りの喧騒が気になって聞き取れなかった。
わざわざ自分に向けられた不名誉な名称を問い返す必要もなきので、俺は騒がしすぎるせいで息苦しく感じるひ弱な体を前へと向ける。
あーだこーだなんやかんや言い合いながら着いた冒険者ギルドは、この街の中でもかなり大きい部類に入る建築物だった。
「おぉ……それっぽい!」
冒険者ギルドの中に入ると、たくさんの冒険者っぽい武装をした人がいた。みんな剣や杖、槍を持っている。しかもほとんどがラテン系の顔立ちで、外国のゲームっぽくて雰囲気が最高。まるでゲームの世界に迷い込んだような気分だ。
だというのに入った途端にみんな睨んできてるのはどうしてだろう。睨まれただけで背筋が凍るくらいに冷たく感じた。
「――アキラさん」
「ん、え、あぁ、リーシャ?」
「はい、リーシャです。気をシャンと保ってください。これは試験の一種でもあるのですから」
「し、試験?」
「はい、試験です。聞いたことがあるんです。冒険者様は新人が入るときに、視線を凄んで恐怖させ、どんな強大な敵にでも屈せずに動けるかを試してるのだとか」
「マ、マジか……」
それはどうやって新人か、はたまた初めて来た依頼人かを判別しているのだろうか。武装か。もしかして今の俺ってば冒険者に見えてたりするのだろうか? このリーシャに選んでもらった胸当てと小さなナイフは武装に見えてたりするのだろうか?
「……。」
「……。」
『…………』
めっっっちゃ怖いんですが。
四方八方から向けられる数多の視線。ラテン系の茶色い瞳が、まるで俺たちを品定めするかのように細められていて、獰猛な猛禽類にでも睨まれている気分だ。
カウンターは五つほどあり、長蛇の列とまではいかないが、それなりに長い列が並んでいる。その中で一番早そうな列の最後尾に並ぶ。
「ふぅ……、なんとかここまで来ましたね。どうでしたかアキラさん、手応えのほどは?」
「……」
「アキラさん?」
「……怖えぇぇ」
なにあれ、人ってあんなに怖い目ぇできんの?
なんというか自分は小鼠にでもなった上で、大量の鷹に襲われているような、まさに背水に追い込まれているような気分だった。
ここまで漕ぎ付けたのは奇跡と言ってもいいのではないだろうか。
「はいはい、頑張りましたね……」
「ぅう……」
「おい、人様の後ろで乳繰り合うんじゃねぇよ」
列の前方から叱咤を受ける。
赤い長髪をオールバックに纏めた巨漢で、ブルーの目をジロリと細めて俺たちを睨んでいる。服装は鋼色の軽装用の甲冑と青いジーンズという、周りの冒険者を見てもラフな格好。身長は180後半あたりだろう。アキラの身長を優に超える男だった。
「あ、すみません」
「ったくよぉ……少しは周りのことを確認してから動けよな。見ろ。周りの奴らスゲェお前らを睨んでるじゃねぇか」
「あー……はい」
これに関しては俺関係なくない?
そう思いはしたが、口には出さないでおく。反論などしたらそれこそ王道テンプレ展開である「(頭プッチン)だれに口聞いてんだァアン!?」が始まることだろう。
戦闘力が一桁に近い俺からしてみれば、確実に格上の存在である男の口車に乗せられて、つい口答えしないようにしたいところだ。
「――あ、前、進んでますよ」
「ん? おぉ、了解。……じゃねえよ。とにかくお前みたいな弱そうな奴は、このギルドでは気を付けろよ。すぐに喧嘩売られるからな」
「……。」
「おい?」
「は、はい」
すぐに喧嘩売られる。
それはつまり俺みたいな貧弱操術師でもそうなのだろうか。アウトローの巣窟かよ。危険極まりねぇな此処。
静かに待っていると列はすぐに進み、やがて俺たちの番ご回ってくる。
「次の方どうぞー」
手を上げて招かれる。
見た目を簡単に説明するなら、嫋やかで優しそうな女性だった。流れるような金髪をカチューシャで飾り、清楚な冒険者ギルドの制服を身に纏った女性。
これは自然な笑顔ですと言わんばかりの営業スマイルでにこりと笑った彼女は、緊張している俺を絆すように優しい声色で問い掛けてきた。
「今回はどのようなご用件でしょう」
「登録がしたいんですけど……」
「はーい。冒険者登録ですね。了解でーす。少しお待ち下さーい――」
そう言って受付嬢は奥へと引っ込んでいってしまう。
残された俺たちは頭に疑問符を打ち立てて、周りをきょろきょろと見渡す。冒険者たちが不思議そうにざわついていない以上、これは俺たちだけが例外措置を取られるとかそんな感じではないのだろう。
受付嬢に言われた通り少しだけ待っていると、奥からバタバタと両手で大事そうにガラス玉を抱えて小走りで駆けてくる受付嬢がやって来た。
「はーいお待たせしましたぁ……では1人ずつこの水晶玉に手を翳して魔力を流してください」
ステータスの開示ということか。
しかし俺の手元には王宮から貰った石碑の欠片がある。こっちの方が手っ取り早いのでは、と思い出しておいたので、必要ないのかと受付嬢に問うてみたのだが……
「たしかにプレートを見せてもらったほうが早いんですが……少し前に偽造品を作る輩が出ましてね。昔はプレートを見せてもらうだけでよかったんですが、それがきっかけで少し問題が起こりまして。それで今は全ギルドがこの魔水晶を導入したんですよ」
なるほど。
つまりこれは日本で言うところの、偽造防止技術といったところか。科学で行われる技術であれば日本はトップクラスだったのだが、魔法が適用されるこの世界の技術と比べてみたら、その効果は段違いだろう。だって神秘が盛り込まれてるんだもの。しょうがないよね。
「じゃあまずはわたしから……」
「ぇ、あ、おぅ……」
先にやりたかった……。
残念な気持ちを奥に引っ込めて、水晶玉に映されたリーシャのステータスを見てみる。
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リーシャ・アロンダイト
種族:エルフ(24)
レベル:19
職業:魔剣士
筋力:45
体力:34
耐久:24
敏捷:29
魔力:31
魔剣錬鉄( II )・火属性魔法( Ⅳ )・風属性魔法( Ⅲ )
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うん。前と変わらないな。
モンスターとも戦っていないし、レベルが上がることはないのだろう。次は俺だと意気込んで水晶玉の前にだったのだが、受付嬢のお姉さんは固まって思考を巡らせているせいで、やるにできない。
「……魔剣錬鉄? 聞いたことがないスキルですね……。錬鉄と言うのであれば魔剣士が持つスキルではないような気が……。……それにアロンダイト? どこかで……」
「え、あ、おーい? お姉さーん? 俺もやっていいですかー?」
「あ、はいはいはーい。すみません、少し考え事をしていて」
「あ、いやいや、大丈夫ですよ」
断りを入れるって本当に大事。
お姉さんが見てる中で、リーシャと同じく水晶玉に魔力を注いでいく。魔力を流すと同時に、水晶玉の中に黄土色の絵の具のような液体が沈殿していき、やがてそれは文字を形成していった。
なんだか小学校の時に水に絵の具を垂らして遊んでいた情景を思い出して、少し顔を緩ませてしまう。
やがて現れた俺のステータスを見て、お姉さんは目を丸くさせた。
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嘉瀬アキラ 男
種族:人間(17)
レベル:23
職業:操術師(土)
筋力:37
体力:35
耐久:24
敏捷:37
魔力:49
土操術( Ⅲ )・鑑定・言語自動変換(X)
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こちらは以前確認した時よりも上がっている。
これはおそらく勇者達にキャリーされながら潜ったダンジョン探索での努力の賜物だろう。満足に頷ける結果だったのだが、お姉さん的には違ったようだ。
「……弱っ」
「えっ」
シンプル・イズ・悪口。
アキラのメンタルに大きな傷痕ができた!
Q.何故受付さんは「弱い」と言ったのか?
……Lv19のリーシャと、Lv23のアキラのステータスを比べてみてください。あまり差がないでしょう?
A.つまりそういうことだよ。