17話 貯蓄を崩して町から街へ
――かなり貯めたな……と自分でも思う。
机の上に転がる金銀財宝……とまでは行かないまでも、かなりの量が積まれている金袋には、今まで自分とリーシャが街角の食事処で働き稼いだお金の山が入っている。
ジャラジャラと社畜には心地の良い音を鳴らすそれは、今までの2人の血と汗と涙と努力が刻み込まれている代物であり、俺たちにとっては宝の山のような物だ。
俺とリーシャはどうにも節約することができる性分だったようで、金が貯まる速度も並大抵のモノではなく、一週間と3日ほど働いて、平凡な農夫が2ヶ月働かずに過ごせる額を稼いでしまっていた。
「これでカプアに行っても色んな意味で対処できると思うが……リーシャはどう思う? もう少し貯めてから行ったほうがいいと思うか?」
「どうでしょう……。かなり貯めているのは事実ですし、少しくらいなら良い暮らしをできるのも事実ですが……やはり奴隷商が怖いですし……」
「ああ、そっか。見つかったら捕まるんだっけ」
これは最近店の常連さんに聞かせてもらった話なのだが、カプアに居座っている奴隷商は、なんでもカプア支部のギルドの頂点を陣取るボス中のボス、ギルド長とは仲が良いようなのだ。
つまりギルドに向かうまでに奴隷商に見つからなくても、ギルドに入れば敵陣の真っ只中と言うことになる。これじゃあギルドに行っても、何かが始まるわけではない。むしろ逆戻りだ。
「こりゃ面倒だ。カプアという土地自体が、俺たちの敵に回ってるも同然だな」
「はい。わたしは湖光の一族ですから……何をしてでも捕まえに来るでしょう」
俯きがちに呟くリーシャの言葉は、小さすぎるせいか自分の耳には入らなかった。しかし小声と言うことは、別に自分が干渉しなくても良い部類の事柄なのだと割り切り、知識欲に抗って問い返すような真似はしない。
アキラの細かすぎる配慮に気付いたのか、リーシャが困ったようににへらっと笑った。
リーシャは問題を抱え込もうとする性分なのか、どうにも悩み悶え苦しんでいる表情を面にだそうとしない。顔では喜んでいても心から喜んでいるふうには見えないのだ。
「……」
さて。これからどうしたものか。
予定ならお金が貯まったらカプアに行って冒険者活動を始めるつもりだったのだが、しかしリーシャを連れて行ってしまえば奴隷商に見つかって捕まる可能性が発露した。
自分が奴隷商に見つかってどうなるかはわからないが、右腕に巻くように刻まれている奴隷印がある限り追われることになるのだろう。
数多ある危険の中でも最短で近づくことができる危険性からは、少しでも遠く遠ざかっていたい自分は、カプアに行くことを躊躇してしまう。
けれど心の奥底から「行って次へと進まねばならない」と言う義侠心に近い責任感が、ふつふつと煮えたがっては体を動かそうとする。
「……やれやれ」
自分の無力感に悩まされる。
小説や漫画に出てくるチート持ちの主人公なら、自分よりもガタイのいい巨漢にメンチを切られても恐れることなく返り討ちにすることができるのだろう。
しかし自分は世界の常識に当てはめられた操術師。力の強い剣士や戦士、魔法を扱える魔法使いや賢者のように真正面から戦える自信は欠片ほどもない。
精々できることと言えば、足元の土を掻き集めて魔法擬きの土の塊を作り出し射出することぐらいだろう。
「……改めて考えると、クソ弱いな俺ってば」
改めて考えなくても、周りとは圧倒的なレベル差があるのだから、フィーリングでわかるものなのだろうが、それは言わぬが華だろう。
ポツリと漏らしたアキラの独り言に苦笑したリーシャは、慰めるようにアキラの肩をぽんっと軽めに叩く。
「大丈夫です。わたしも似たようなステータスですから」
「そうだっけ……? レベル……19?」
「はい。あまりレベルを上げられる環境にありませんでしたので」
――それはそれで悲しい話だ。
互いの心のうちにある地雷を見せびらかしあい、互いの傷を舐め合った2人は、ずしっとした錘のような不快な重圧から解放される。
「……さて。アキラさんはどうしますか? わたしはカプアに行って一攫千金を狙いたいところでは御座いますが」
「……本当に行くのか?」
「はい。いつまでもわたしのせいで安全圏に篭っていては、アキラさんのためにもならないでしょう」
「そうでもねぇよ。仲間が安全でいてくれたら、俺としては面倒がなくていいからな。だからリーシャはここにいてくれてもいいんだが……」
話すうちに気まずくなっていって逸らしていた視線を、チラッとリーシャの黄金のように煌々と輝いている目と見合わせる。
曇りのない少女の瞳は、覚悟を決めていた。ならば、それ以上心配するのは無粋というものだろう。
「……わかった。けど絶対に長居はしないし、暗くなる前に帰るようにするからな?」
「はい」
こくりと頷く、俺よりも小さく華奢な少女。
ボロ雑巾のような奴隷服はすでに捨て、働いて稼いだお金で新しく買った――というよりも食事処の女性店員達に押されて仕方なく買った――洋服は、出会った当時の彼女よりも、彼女を少女然とさせていた。
食事処で栄養バランスの良い物を食べているお陰か、肉付きの良くなってきた体は、もうガリガリでなく幸薄そうな印象はもはや皆無。健康体そのものだ。
フッと笑い微笑んだ俺は、彼女に負けないように元気よく宣言する。
「――よし、明日から冒険者活動を始めようか!」
「はい!」
太陽が沈んでいく夕刻の時間帯。
カゼルタの街の宿屋にて、右腕に奴隷印を刻み込まれた少年と少女が元気よく叫んだ。