16話 勇者の恐怖と騎士の祈り
時は一週間ほど遡る。
それはアキラが操術を用いて、『ビックリ! ゲテモノ人形使って、馬車から脱出☆大作戦! 〜(生首の)ポロリもあるよ〜』を決行していたころに遡る。
その時、勇者が陣を敷いていた森の中に間小さな草原の中央。真ん中に在る大きなテントに、全ての勇者とお付きの騎士が、一同に介して椅子に座り、驚愕を露わにしていた。
それもそうなるだろう。なんせ、勢いづいて一番最初に迷宮に潜って行った鈴木の部隊が一番最初に地上へと戻って来ていて、さらに浮かない沈痛な顔していたものだから。
その理由はここにいない1人の少年に直結することになる。ほら、今も――
「――お前は一体何をしていたんだ、鈴木!」
大声で鈴木に非難の声を浴びせる一条。
それに対して何も言い返さず、ただ俯いて言われるがままにしている『らしくない』姿の鈴木耕太。
彼はまるで奈落にでも引っ張り込まれたかのような暗い表情をしている。いつもの威勢がないのは、普段の彼を見ている者からしてみれば異常であった。
そのせいもあってか、一条の叱咤と説教がガミガミと止まらない。口の中の水分が枯れても止まる事ができない。そして鈴木はさらに沈鬱になる。負のループの完成である。
その横では柏原優梨が目を赤くさせて滂沱の涙を流ししゃくりあげており、隣では彼女の親友である早乙女彩香が彼女を慰めている。しかし慰めている側である早乙女にも思うところがあるのだろう。涙を堪えている節があった。
早くも訪れた仲間との別れに、勇者一同は悲しむとともに、いつか自分もこうなってしまうのではないか、と自らの不安を煽り、周りへの警戒心をMAXにさせていた。
1人の犠牲によって気付かされた危険な弱肉強食思想の充満したこの世界は、ファンタジー小説などでよく見る、夢と希望と冒険が待つ煌びやかな神秘の世界ではなく、死と鮮血と絶望が常に隣り合っている危険な世界に変貌していた。
騎士達もこうなることは予想外だったためか、緊急の臨時会議を行なっていた。
全身鋼の騎士甲冑を纏った巨漢の騎士団長・ヒューズ団長が、アキラの護衛に付いていた部隊の部隊長の話を、ただでさえ老化で寄ってきたシワを、さらに眉間にシワを寄せ、黙り込んで聞いていた。
ある程度の話を説明を聞いたあと、ヒューズは状況の整理と考察に入る。
「こんなところにまでモンスターが入ってくるわけがない。ということは奴隷商の賊と考えるのが論理的か?」
「でしょうね。絶対、とは言い切れませんが十中八九彼奴らでしょう。……これは、我らがいれば入って来ないと警戒を怠っていた私の失態です。責任を問うならば、誰よりも私を先に」
「むぅ、まだ根絶していなかったか違法奴隷商め。……うむ。だが、内輪で処罰を与えている暇はない。彼を一刻も早く見つけ出さなければならない。それはわかるな?」
「……はい」
「なら急いで彼を探し出せ。これは王国の信用に関わる問題だ。勇者様に不安を煽らせてはならない。王国の影を背負うべきは異邦の勇者様方であって良いはずがないからな。このことは先に国王陛下の耳にも入れておいてくれ。後から説明するのも面倒だ」
「御意」
国王に対して、あまりにも不敬な物言いだと言うのに、騎士は何も言わずに馬に乗って早足を駆けるためテントを出る。その背中を見送ったヒューズは、他の団員に聞こえない声で独り言を呟く。
「……連れ去られたのは操術師殿か。まさか戦線からの離脱がここまで早いとはな。いや、しかし奴隷商に連れて行かれたとしても、死んでいるわけではあるまい。むしろ生きている可能性の方が高いか。なら早急に見つけ出す必要があるな」
勇者とらともに現れた操術師。普通から逸脱したイレギュラー。その本体をみすみす手元から逃してしまうなど、とんでもない責任だ。
あまりの事の大きさに気付き、舌打ちを一つ打つ。
ただでさえ実力の天井が未知数なのに、いくら平凡で中庸を体現しているような一般人じみた少年であろうと、世間へと解き放ってしまうことが危険であることには変わりない。
「頼むから何もしでかさないでくれよ……!」
懇願するように祈った騎士の祈りは、虚空へと浮かんでいき、空へと消え去って行くのだった。