79話 伊賀関の一騎打ち
そして静寂が訪れた。
互いの出方を伺い合い、
火花が散るような無言の牽制。
無限にも感じる睨み合いの末。
静寂を破ったのは剣聖だった。
アキラが一瞬見失ってしまう程の豪脚で、タケミカヅチの右足下付近まで肉薄する。
その様はさながら光が地面を張ったようで、一度でも立ち止まらなければ目が追いつかなかった。
(やっぱり速い……!)
まさに目にも止まらぬ速さ。
アキラの目には音速をも超え、ソニックブームのような衝撃波が発生したかのように見えた。
タケミカヅチの土足に、信綱は片足を引っ掛ける。
あくまでも近接戦。無論、アキラの予想通りだが予想通りであって欲しくなかったのが本音。
(剣士に肉薄されて生き残れるわけないもんな……)
タケミカヅチの足を大きく動かし、勢いよく土人形を登山する剣聖を振り払う。
巨体の一挙一動は小人の我々には災害そのもの。さしもの剣聖とて脚元が揺さぶられればタダでは済まない。
「む……っ!?」
足掛かりを振り払われ潰された信綱は、体勢を崩したまま落下することを直感的に拒絶。
すぐさま退避しようとタケミカヅチの膝を蹴って離れようとする。……が、それもアキラの術中だった。
タケミカヅチを形成する土が突如として手の形を取り、信綱を捕まえんとする魔の手に変わったのだ。
(なんと面妖な……)
膝、足、腰などタケミカヅチの下腹部より下を形作っていた土が枝分かれして襲いかかってくる。
まさに妖術師の所業。
これまで多くの戦いを経験してきた信綱とはいえ、この異質ともいえる戦い方は初だ。
しかし仮にも剣聖。
これしきの攻撃では屈しないし、負けはしない。――なんなら捌けないこともない。
「陰流……」
地に重心を掛けられない分、
身体は重力に対して垂直に。
前傾姿勢になって身体と刀の向きを平行に、狙いを定めて抜刀する。
「――種凪くさなぎ」
前方向への抜刀術。
抜いた刀を前から右へと流し、刀身を翻して再び前への攻撃を遂行する技。
さながら炎燃え盛る草原を凪るように。草薙の剣が一振るいで野火を薙ぎ払うように。
信綱に近付く魔の手は、
すべて一刀の下に叩っ斬られた。
「バケモンかよ……」
どんな体幹してりゃあんな芸当が出来んだよ。
アキラは苦笑しそうな顔を引き締め、さらに信綱を苦しめんと追撃を始める。
「落石」
タケミカヅチの頭が崩れ、落ちる土流は信綱の頭上から自由落下する土砂崩れとなる。
未だ地に足を着けていない信綱は、真上から迫る落土を一瞥した。
(あれを防ぐことは不可能……ならば!)
信綱の視線は下に向く。
瞳の先には信綱を掴もうと迫る土の手。見ると左足を掴まれる寸前まで来ていた。
左足を掴もうとする足を、信綱は右・足・で・踏・み・付・け・る・。
「来るか……」
アキラがそう呟くと同時、土の手を踏みつけた右足で信綱は爆発を起こした。
「天狗の兵法――蛙跳かわずとび!」
――否、正確には超人じみた脚力で、土の手を蹴り下したのだ。
跳び箱前のジャンプ台のように、或いはそれ以上の身体能力で信綱は片足だけで飛翔した。
「なっ……!?」
予想より速い。
盛り返してくるのは予想していたが、それは地上に足をつけてからだと考えていた。
だが問題はない。計画に支障はない。
いくら剣聖が速かろうとも、強かろうとも……想定内中の想定外なら対応可能範囲だ。
「……」
巨人の首に触れて一本の槍を創造する。
なんの装飾もされていない、
ただ先が尖っただけの素槍。
乾坤一擲。
一直線に上昇してくる剣聖に向け、アキラは異世界仕込みの超筋力をフル稼働して投擲した!
「ほう……」
宇宙ソラより来る一条の流星が降るように、急速落下する素槍を見た感嘆するばかり。
そして刀を持っていない方の手を伸ばし、掌と目に意識を研ぎ澄ませ集中させる。
「――ふっ!」
次の瞬間。
剣聖の手には土製の槍が握られていた。
新陰流・無刀取り。
本来は白羽取りと同じく、振られる剣を掴みもぎ取り己の武器へとする技術。
しかし剣聖の無刀取りは、自身が如何なる状況であれ敵の武器を捥ぎ取る、魔力を使わない異能の技術。
「……さっすが」
流石、天下無比の大剣豪。
日本最強の名は伊達ではない。身動きが取りずらい空中でも、アキラが投擲した槍を我が物としてみせた。
まさに神業。
人の身には感じ取れない刹那の瞬間を、彼の剣聖は完全に見切ってみせたのだ。
(けど……)
慌てることはない。
心配することはない。
乾坤一擲の手であれど、これもまた想定内。なにせこの神業の成功こそが、アキラが出せる最後の一手なのだから。
「ゼェえええヤああアアアア!!」
繰り出されるは二刀流。
剣聖は土の槍と剣を左に構え、右への一閃を以ってこの勝負に決着を付けん迫る。
下から感じるこの迫力は、言葉にするならまさに阿修羅。尋常ならざる気迫をアキラは肌で感じた。
だが、忘れているだろう。
いくら剣聖であっても、勝利が近付けば些細な事は頭から抜け落ちてしまう。
勝利への執念が人間の性ならば、それは強敵であってもまた同じ。これがアキラが作る最後の策。
「油断大敵、火が亡々」
す・べ・て・を・崩・す・。
タケミカヅチも、土の槍も。
アキラが操術で作り上げたす・べ・て・を、文字通り灰燼に帰せしめる。
「こっから先は空・中・戦・だ!」
木偶の坊タケミカヅチを作ったのも。
落石擬きを演じたのも。
土の槍を投擲したのも。
すべては今、この時のため。
剣聖、ひいては人類最大の弱点。
“異世界仕込みの空中戦”に、
剣聖を引き摺り込むため。
木偶の坊で上に目を向かせ、落石や土の槍で意識を分散させ気付かせないようにした。
アキラは操術師。
そして日本では妖術師。
予想が出来ない奇策を使う。
真正面から戦って勝てないなら、奇々怪界な戦法・戦術を持って強敵を征する。
それが、嘉瀬アキラの戦い方である。
「巨人の土腕ヘカトンケイル」
そして、土が動き始める。
すべてを巻き込む竜巻のように、アキラの右腕を軸に崩壊した土が集まりだしたのだ。
確実に殺す。まさに必殺。
タケミカヅチを構成した土も、
信綱に投擲した土の槍も、
魔法で生成した大量の土も。
すべてがアキラの礎となり、圧倒的な質量と物量を巨大な右腕という形で顕現させる。
「これが、操術師の戦いだ!」
増幅する魔力。
渦を巻く赤い神秘の本流は、完全な優位性を得たアキラの追い風となる。
普段は散弾銃。百腕を束ね、一つの巨大な腕を作り質量の増強を図る技。
だが今回は違う。
宇宙ソラより来る、その技の名は――
「『百腕のハンドレット・流星群メテオレイン』ッ!」
流星群。
或いは機関銃。
作る腕は一つに束ねず連続殴打を行う。剣聖の身体能力があったとしても逃げられない広範囲打撃。
ただでさえ自由落下中で動きが制限されている剣聖は、さながら蜘蛛の巣に掛かった蟲のように身動きを取ることが出来ない。
「あばよ、剣聖」
地上に堕ちる百の流星と共に、剣聖は操術によって呑まれた大地へと消えていった。