78話 武神顕現、操術師の再起
「嘉瀬殿! 助太刀致す!」
「絶対来んな! 逃げろ! 死ぬぞ!?」
余計な真似をしようとする一益に叫び、アキラは上泉信綱の刀に意識を集中する。
状況はかなり不味い。
相手は一足でアキラの胸元まで接近できる。だのに間合いは近く、戦場は狭い陣幕のリング内。
安置となる逃げ場はなく、下手に動けば死因となる。なにより一益を巻き込みかねない。
アキラが一瞥すると遂に焦りが伝わったのか、一益は連れてきた兵士と共に陣幕の外へ出て行った。
一連の流れを静観していた信綱は、ここでようやく口を開いた。
「……流石は戦士。我が身より他の身か」
「これでも俺は歴戦の冒険者でな。他人への指示は慣れっこなんだ」
「冒険者……? ふむ。よくわからないが、呼ばれてさぞ光栄な称号なのだろうな」
何か間違った解釈をする信綱に、アキラは冷や汗を垂らしながら時を待つ。
というのも、陣幕の外に未だ人の気配があるからだ。恐らくアキラが倒れた時の後詰めとして残っているのだろう。
将官としては良い判断だが、作られた状況としては最悪だ。
これでは広範囲を巻き込む操術は使えない。アキラ得意の回避不能先制ブッパ戦法は使えないわけだ。
早くどっかに行って欲しい。
じゃないとどうしても後手に回ってしまう。
「うん? 如何した、来ないので御座るか? ああ、それとも……何か待っているで御座るな?」
「…………そんなわけねえだろ」
「呵呵。口数が減っているのに強がるか。それもまた良し。存分に強がり、背後の者を護るが良い」
バレてら。
少し意識を離散させすぎたか。仕方ない。口での時間稼ぎは捨てよう。
出来ることは何か。出来ることを考えろ。背後に潜む仲間を守れる策を絞り出せ。
「……すゥ……」
刀VS刀……敗北。
刀VS体術……敗北。
刀VS制限下での操術……敗北
脳内シミュレーション全敗。
でも、やるしかないな。相手に刀を抜かせた以上、戦うしか道はないし相手への無礼極まる。
(……この思考するのって、いつぶりかな)
対軍戦闘をするようになってから、アキラはずっと何かを守るための戦いしかしてこなかった。
今回もそうだ。
だが今回は守るだけでは守りきれない。相手の技量はアキラの戦闘技術を遥かに超え、速度も恐らく筋力も超えている。
殺す気で掛からなければ。
「なんと……なんと凄まじき殺気か。肌が刹那の間に逆立ったぞ」
「…………はァ」
深呼吸を終え、アキラは信綱の分析を始める。
あのジジイ、呑気に話しているが突ける隙は一切ない。
両手で右半身側に刀を構え、両脚は大股に開き平行に。左はもちろん右からの攻撃にも対応出来る構えをしてやがる。
下に構えたなら上への対処は遅れそうなものだが、一足で中距離を肉薄できる膂力を持っていることを踏まえるとどうか。
……なら下、或いは背後。
上記に同じく、どうやっても対処されそうな予感がする。
地上にいる限り、アキラではどうやっても勝てない。
(物量、質量、搦手。……どれも通用する気がしない。操術の大展開さえ出来れば、まだ話は変わるが……)
背後に味方がいることを考えると――
(……いや)
殺す気で掛かると決めたのだ。
最早考える躊躇は無駄と考えろ。
「操術式……大展開!」
途端、四方を囲う陣幕が、アキラを中心に発生する突風に吹き飛ばされる。
「な……っ!」
「驚くなよ。喜べよ、剣聖! 俺が本気を出してやるんだからよ!」
「呵呵! ようやく来るか妖術師!」
多少の犠牲は最早やむなし。
最小の犠牲で多くの人命を守る。天の秤をぶっ壊して、新たな平均を作り上げてやる。
「『百腕巨人・偽』」
単純な能力で勝とうとは思わない。
恐らくアキラが彼の剣聖を打ち負かす手段があるとすれば、それこそ策を講じなければならない。
考えついたのは一つだけ。
対剣聖攻略作戦を実行する。
「『タケミカヅチ』!」
地表を捲り上げ、現れたのは山のように大きな角髪頭の土人形。
貫頭衣を身に纏った、武神の如き巨躯を誇る土の巨人は、右手に携えた背丈程の大槍を両手に構え直す。
そのひとつの動作で周囲の大地は地鳴りを上げ、陣幕裏に控えていた物等は吹き飛ばされるか転倒するかの大騒ぎ。
土の大男の肩に立つアキラは躊躇うことなく、大きな被害を出しても尚攻撃の構えを見せる。
「これは……でいだらぼっち、か?」
「俺の十八番の土操術だよ。……悪いが手加減は出来ないぞ。やり方知らないんでな」
「多くの死合を超えた某も、流石に神の如き巨躯を相手にするのは初で御座るな」
「じゃあ精々死なないように頑張れ。……俺はお前を殺すけどな!」
起動開始。
タケミカヅチを動かす魔力と、アキラの大脳、脊髄、末梢神経の計三箇所を連結させる。
これで土人形はアキラの運動神経とリンクして動くようになり、アキラはこのデカブツを第二の身体のように動かすことが出来るようになる。
「成程、成程……敵は巨躯で核は上。倒すには誠の不可能を成し遂げねばならない……呵呵、これほど血湧き肉躍る事は今も先もないで御座ろうな」
面妖な術を展開し、巨大な土人形を操るアキラと相対する剣聖は存外楽しそうであった。
互いに生存を確定できる算段は存在せず、まさに血河を流す戦い。流した先で水葬されるのは一人だけ。
「準備は出来たか?」と先程とは打って変わって余裕の表情を見せるアキラ。実に王都防衛戦以来のニヒルな笑み。リーシャの死体を見た5年前に封印した物だった。
最早アキラに躊躇はない。
すべてを巻き込んででも、周囲のすべてを殺してでも目の前の剣聖を倒す。それがアキラの生き残る唯一の道程だった。
「さあ。死合おうか、剣聖」
「うむ。死合うか、妖術師」