74話 魔王ノ嘉瀬
美濃を出立して1週間。
美濃と京を繋げる中山道から伊賀街道に入り、長野峠を越えて伊勢へ。
いわゆる『神君伊賀越え』という出来事で使われるルートなのだが、今回は軍の侵攻という形で使うことになった。
基本的には山道砂利道。
この道が整備されるのは、記憶によれば関ヶ原の戦い後。大名・藤堂高虎が移封されてからである。
そんなわけで進軍するにはかなり厄介な街道なのだが、それだけで北畠の意表を付けるというもの。
ちなみに今回の作戦。
実は狙いは北畠の目を他にやるだけではなく、他にもあったりする。
それが伊賀国の忍衆である。
伊賀の忍衆は、元を辿れば武力の高い国衆が集まった自治共同体だ。
特に発言力の強い服部・百地・藤林の上忍三家を筆頭に、伊賀忍衆は各地に傭兵として出稼ぎしているという。
傭兵を雇えるなら使わない手はない。
忠誠心なんて曖昧な物ではなく、金銭関係で動いてくれるなら話が早い。
なにしろ戦えというわけではない。逐一情報をくれる腕利きが一人いてくれるだけでいいのだ。
というわけで現在、伊賀忍の隠れ里。
織田軍を伊賀上野城に待機させ、アキラは一人で忍者の里に赴いていた。
なにしろ大軍勢で向かって警戒させるのは最悪手だ。伊勢平定戦が、永禄伊賀の乱に変わってしまう。
そんなことはあってはならないし、何より忍者とかいう漢の浪漫が詰まったジョブとは仲良くしておきたい。
ということで兵の統率を総大将に任せ、参謀は一人で伊賀国衆の元へ来ていた。
「お初にお目に掛かる。百地三太夫である」
「織田軍参謀、嘉瀬アキラです。初めまして」
うむ、と首肯する長い白髭の爺さん。
三太夫というのは襲名制の名前らしく、本名は丹波というらしい。つもりかの有名な百地丹波その人である。
「織田の奇策師の勇名は風の噂に聞いている。なんでも六角の城を爆破したらしいな」
「そんな物騒なことはしませんよ。ただ爆竹を城の中に投げ込んで兵をびびらせただけです」
「ほほう。それは面白き策だ」
箕作城の戦いって、
城を爆発させたってことになってるのか。
まぁ城内地面全爆発とかいう、物理法則じゃ理解できないことしたしな。尾鰭が付くのは仕方ないか。
「それで、今回は何用で参ったのだ。まさか単に服従を迫りに来たわけではあるまい?」
「従属だの服従だのはどうでもいいんですけど、ちょっと力を貸して頂きたいんですよ」
別に今ここで永禄伊賀の乱を起こそうとか、そんなんじゃない。
単純に伊賀忍の諜報能力が欲しいだけ。男の浪漫である忍者と戦争なんてするわけないじゃない。
「多分知ってると思うんですけど、これから伊勢国平定しに行くんすよね。万事に備えて傭兵が欲しいなって思いましてね」
「なるほど。兵力の増強、或いは我らを乱波として使いたいとご所望なのですな」
「ええ、はい。少しでも新鮮な情報が欲しいので。ほら、わかるでしょ? この地域で長く縄張り争いしてる貴方達なら」
鎌倉時代から続く小領主共の争いや、甲賀衆との不可侵条約など。
話し合いでの正当化が難しい世ならではの厄介ごとなら、挙げ続けたらキリがない。
しかし上手いことやって領土の安全を守る領主もいるだろう。
だがこの伊賀衆は元老院制。全会一致を得られなければ行動に移すことすら難しいはず。
故にこれは挑発だ。
「お前ら、こんなことすら解決出来ないんだろう?」と、かなり命知らずの発言なのである。
そりゃあ百地の爺さんの眉が吊り上がるはずだ。ほら怒れ。そして恐れろ。俺の真意に気付け。
「随分と命知らずですな」
「命は大事にしてますよ。口が少し悪いだけです」
「なかなか肝の据わっている方のようだ。……いいでしょう、百地党は嘉瀬様の伊勢国平定に尽力致しましょう」
よしキタ。如何に強力な伊賀忍とて、この時代では国人衆の一つ。
いかに屈強だろうと戦力だけで言えば圧倒的に不利。それを弁えさせれば強力な味方になる。
最終的なゴールとして、協力は得られずとも邪魔立てさえしなければ良いと思っていたが。これは予想以上の戦果だろう。
内心ガッツポーズを決めるアキラを他所に、百地の爺さんはアキラを見てククッと歯を噛みながら笑った。
「……なんすか?」
「いやなに、織田の大殿は魔王を自称したと聞きましたが、その参謀の方がよっぽど魔王と思いましてな」
「俺は魔王じゃありませんよ。俺はどっちかって言うと、魔王に立ち向かう勇者です」
「ふははは。そうですかな? 鬼に金棒という言葉にある通り、嘉瀬殿は鬼の持つ金棒かと思ったのですがな」
そんなつもりはないんだけどなぁ。
ーーー
こうしてMr.過剰戦力・伊賀忍の力を借りることに成功したアキラ。
しかし、いいのか? という疑問も残る。
他のお偉方がいるはずだろう。服部と、藤林だっけ? 某漫画で忍者ハットリなら知ってるんだけど。
「そういえば他の家は大丈夫なんですか? 上忍三家とかいう組織があるって聞いたことあるんですけど……」
「三家のうち服部党はもはや伊賀の国衆に非ず、藤林党は気にしなくて良い。なれば百地家党主である拙者の言が伊賀国では絶対。何も心配することはありませぬ」
と、何処か昏い笑みを浮かべる百地の爺さん。
気にしなくていい、ってのが気になるが深く関わるのは良くなさそうだ。
……多分殺したんだろうなぁ。
なんだっけ藤林保豊だっけ。藤林党主の名前。
ご愁傷様です。