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73話 いざ出立

 今回の伊勢平定戦の兵力は一万二千。

 これが濃尾平野と南近江で用意できた総兵力だ。


 対して、調べた限りの北畠家総兵力は六千弱。

 兵力では確実に相手に優っている。しかし恐ろしいのは地の利の有無だ。


 細道で挟撃される。

 上から岩を落とされる。

 同じ状況で矢を射られる。


 大軍団が窮地に陥るパターンは、パッと考えただけでも何個か思いつく。

 アキラが思いついたということは、相手も同じことを考えて行動する筈だ。


 そういう意味では進軍経路の選別はかなり重要である。


「今回の進行経路は大和街道から伊賀街道を使った迂回作戦となる。これは把握していますな?」

「はい。その間、事前に調略している北伊勢の関、神戸を順に従属させ、後に敢えて残しておいた長野氏を力攻めする手筈でよね?」

「はい、それだけで伊勢の土豪達は恐れ震え上がるでしょうな。――今度は自分だ、と」



 ――と、まぁ。

 北伊勢攻略はかなり楽な手筈となっている。


 上記に挙げた関一党と神戸氏は、元は六角に従属していた国衆。

 事実上六角が滅亡したのを機に拠り所を失い、織田にも組せず路頭に迷っていたところに声を掛けたら即従属した。


 とはいえ北伊勢の一地域を領する土豪達だ。普通に従属させるだけでは勿体無い。



 という訳で今回の伊勢攻略に利用させてもらうことにした。


 側から見れば北畠顕家の強行軍を彷彿とさせる、超高速大規模侵攻だ。

 北伊勢のニ勢力が一夜にして屈すれば、流石の北畠に組みする土豪達も北畠に対する忠節も揺らぐことだろう。



 そして後押しの一手。


 関一党当主・関盛政せきもりまさ

 及び神戸氏当主・神戸具盛かんべとももり

 この二人の所領安堵を宣言する。


 こうすることで関一党・神戸氏が調略が受けていたことが他視点で確定する。


 すると伊勢の土豪達は、

 そして伊勢の国民達は思うだろう。


「織田に与すれば命が助かる」

「あわよくば所領安堵も」と。



 そこを強襲する。

 それが先に論じた長野氏攻略だ。


 長野氏は北畠に恭順する氏族。味方に付けるには、関一党や神戸氏より信頼度は低い。

 だから力攻めをする。『織田に与しなければこうなるぞ』と伊勢国、ひいては日本全土に知らしめるように。



 かつて関東で活躍した武将・太田道灌は、家臣の謀反を鎮圧する際、

 味方に『あの者だけは殺すな!』と叫んで敵兵に『自分だけは助かるのではないか』と思い込ませ、武器を握る手を緩ませたという。



 アキラの計略は、その再現だ。


 勝ち戦で消耗するほど、

 馬鹿馬鹿しいことはない。


 だが死兵ほど恐ろしいものもない。

 ならば死兵を作らせなければいい。


「いやはや、心を弱らせる策とは。奇策師ここに極まれり、ですな。味方でよかったと心底思いまする」


 嫌というほどアキラを褒め殺しに来る滝川一益。さすが織田家の万能人。人の扱いは慣れたものか。


 アキラは一益の誉め殺しをいなしつつ、気を引き締めるように促す。


「先人の知恵を借りただけですよ。そもそも上手く行くかどうかも未知数ですし、お互いの賛辞は侵攻が成功してからにしましょう」

「それもそうですな。これで失敗と相なったら屈辱この上ない。……いや屈辱だけならいい。最悪信長様に首を切られることもある」


 それはないと思うけどな。

 用意されたのは急造軍。贔屓目で見ても士気が高いとは言えない。

 何処かで合戦になって、これに負けて討ち取られることはあっても、信長に首を切られることはないだろう。


 しかし恐怖で士気を高めているのはいい。

 これが死兵というやつだ。モチベーション管理のためにも、ここは話を合わせるとしよう。


「そうですね。信長様は冷酷ながらも合理的な方です。用済みとなれば掃除しに来ることでしょう」

「はっは。信長様は身内にはとても甘い御方。相当酷い結果でもなければお咎めはないでしょうな」


 ……食えねえなこの人。

 飴と鞭を使いこなしてるというか、この場合は背水の陣を敷くのが上手いというか。


「滝川様! 奇策師様! 兵の準備が整いました! すぐにでも出立出来ます!」

「おお。では行きましょうか、奇策師殿。ささっと片付けて伊勢の美味を堪能致しましょう」

「エビ、蜜柑……他に何かありましたっけ?」

牡蠣かき、アワビ、うなぎ、サザエ……伊勢は海鮮が豊富ですぞ」


 鰻以外は食べたことないなぁ。

 知ってるのは現代で有名な松坂牛か。でもこの時代では肉食文化がないしなぁ。

 優梨曰く、確か牛の天然痘は人間の天然痘対策になるという。嘉瀬家は関係ない事とはいえ、天然痘対策にも牛の繁殖はマストか。


 いや畜産はこの際どうでもいい。

 三重県の新鮮な魚介類が食べたい。


「滝川さん。今回の戦い、絶対勝ちましょう」

「うむ。気合いが入ったようで何より。ささ、兵達が待っていますぞ」


 いざ伊勢国びみのくに



ーーー



 ――伊勢国。

 伊勢北畠氏居城・大河内城。


「ほほう。織田の兵が攻めてくるのですか」

「そ、そうなのです、お師匠! さしものお師匠でも、万の兵には敵うとは思えないのです。織田の間者に見つかる前にお逃げくだされ!」

「はっはっ。少しでも剣を使える某を使おうとせず、別の国へと逃がそうとするとは。御館様は実に人がい」


 北畠氏第8代目当主・北畠具教が師匠と呼ぶ青年は、具教の要望を聞いて首を横に振る。


 この青年。

 清州の地でアキラと秀吉が出会い、警戒した()()()()と酷似している。

 否、あの青年その人であった。


「お代を頂いているならば、某は見合った仕事をするつもりに御座いまする。それは槍働きも同事」

「そういう訳にはいきません! 織田の軍勢は万軍と聞きます。かつて()()()()()()()()師匠とはいえ、かの信玄入道以上の軍相手となれば命が足らぬでしょう!」

「笑止。千軍万馬、何するものぞ。某にも超えねばならぬ壁は御座いまする」


 見せる微笑みから覗かせるのは、

 確固たる意志と剣士としての矜持。


 魑魅魍魎から逃げるならいい。

 だが人を相手に逃げ出すのは、

 人を斬る覚悟を持つ者として許されない。


 人を呪わば穴二つ。

 斬るのもまた同事。


 人を斬っていいのは、

 斬られる覚悟のある者だけである。

 だのに向けられた戦場の脅威から逃げ出すのは、剣士を名乗る者として恥辱以外の何者でもない。


 青年はそう考え、具教の申し出に否と宣った。


「……そうですか。ならば私から言うことはありませぬ。どうか死ぬ時は床の上にしてくだされ、師匠」

「ええ。剣士の理想は床上での死。大殿の師として、某は目に物を見せてやらねばなりませぬな!」

「『上野一本槍』の力。

 如何なる神技か、お見せ頂きますぞ。


 ――上泉信綱かみいずみのぶつな殿」



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