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69話 贈り物

「――はぁ?」

「だぁかぁら。ねねに日頃の御礼として、何を贈ればいいか一緒に考えてくれみゃーか?」

「自分で考えろよそれくらい」


 嘉瀬塾の授業を一通り終え、一息を吐こうとしたタイミングの訪問者が一人。

 木下秀吉。桶狭間の戦いで利家を加えたトリオを組み、大将首を取って以降『桶狭間三傑』を自称している猿である。


 言ってしまえば未来の天下人。

 変に歴史に介入しなければ日本の頂点に立つ男なのだが、そんな日本の大偉人でも女心には苦心するようである。


「大体、そういうのって男友達に聞くようなもんでもないだろ。人脈広いお前なら女友達もいるだろ? そっちに聞けばいいじゃねえか」

「ワシと付き合いのある女の子が、ねねと付き合いないわけなかろーが。すぐにワシが何してっか伝わっちまうんじゃ」

「ああ……ご近所ネットワークか。サプライズプレゼントするってなったらそりゃ確かに一大事だわな」

「ねっとわ? さぷらい……? ……まぁええ。ンなことより、ワシと共に街に出て見繕ってはくれにゃあか!? この通りじゃ!」


 嫁のために、そして自分のためにと頭を下げる秀吉。これが未来の天下人の姿である。


「…………」


 プレゼント一つであまりにも見苦しい姿を晒す秀吉に、見るのも耐えきれなくなったアキラは――



ーーー



「なぁアキラよぅ。ワシは簪が良いと思うんだが」

「だったらそれでいいんじゃねえの?」

「なんのためにアキラを連れてきたと思ってんだ! ねねがこれを気に入ってくれっか確認するためだろうが!」

「俺はねねちゃんの好みわかんねえんだよ。お香でもなんでも、お前が渡せば喜びそうな気がするけどな」


 木下夫婦は政略結婚など一切ない、お互い好き同士の夫婦なのだ。むしろ何故好みがわからん。


「アキラは愛智殿には何を贈ってるんだ?」

「……え? 何も渡してないぞ?」

「お前それは駄目だろう……」

「駄目なのか? ……そうか、駄目なのか」


 再三繰り返すが、嘉瀬家はかかあ天下である。

 財布の紐は優梨に持たれ、アキラが金を使えるのは優梨に許可を得た時か、優梨から小遣いを貰った時だけ。

 アキラの金は基本子供の甘やかしに優先され、それを優梨も認知して呆れている。……思い返してみれば、何か買ったことなかったな。


「俺、相当優梨に許されてたんだな……」

「感謝した方がええぞ? 愛智殿は一眼でわかる良妻賢母。あんなええ女子はどこ探してもおりゃあせん」


 まぁねねには負けるがな! と、しんみりしてきた場を濁すように笑う秀吉。

 ふむ、と一考して財布を開く。じゃら、擦れて音が鳴る金はちょっと高めの簪を買えるくらいだろうか。


「簪って雑貨屋だっけ」

「やる気出してきたな? 簪を買うなら着物屋だ。雑貨屋のやっすいモンなんて渡せっかよ」

「そうか。じゃあ目指すは着物屋だな」


 すわ一大事、いざ着物屋。

 ここでケチれば嘉瀬家大黒柱の名が泣くだろう。いや多分そんなことは一切ないけれど。

 というか、むしろ高い物を買ったら買ったで優梨にドヤされる未来しか見えないけども。


 一人の女性の旦那であれば、その嫁に怒られてでも買わなきゃいけない時がある。


 後が怖いのは別の話。


「よし行くぞ秀吉」

「応よ。ねねの気にいる簪があるといいみゃ」


 目指せ着物屋。気合いは十分。

 気分もノッてきたその時。アキラの身長を優に越す、壁よりも硬い物体にぶつかった。

 その反動で()()()()()()()()()()、久々に突いた尻餅の痛さを感じる。


っつ……あ! す、すんません!」

「や、某も注意を欠いていた。いやぁ、申し訳御座らぬ。お前さん、立てるかい?」

「ああ、すまな……あれ?」


 差し出された手を取って、

 ようやく今の状況を()()する。


 アキラとぶつかったのは目の前の男。

 アキラの防御力・耐久力(ステータス)は間違いなく人外級であり、相手が人であれば衝撃で負けるのは相手になるはず。


 なのに、いま転げているのはアキラであり、手を差し出した相手は衝撃に微動だにもせず立っている。



(単純な力勝負で()()()()()……?)


「やぁ、まさか某が注意を怠るとは。や、本当に申し訳御座らぬな」


 なんなんだ、この目の前の男は。

 鬼か? そうじゃなければ何者だ?


 警戒心を引き上げるアキラとは裏腹に、人懐っこい猿はわははと笑って場を賑わす。


「お前気張りすぎだろ! 注意散漫、油断は大敵だみゃあ!」

「うるせえ猿。……それより、大丈夫ですか? お怪我はありませんでしたか?」

「某には御座らぬよ。なんせ身体を鍛えるのが性分でしてな。傷も付いてはおらぬ」


 そう言って青年は力瘤ちからこぶを見せつける。

 肉質に問題はなさそうだ。となると先天的な怪力、鬼の超人的な身体能力ではない。

 ではこれを後天的な能力と考えると、本当に修行に傾倒した所謂武人というタイプの人間。


 腰の刀を見るに、間違いなく剣豪だろう。

 しかもアキラがステータスで負ける相手。相当な剣の達人と見るべきだろう。


「ここで会ったのも何かの縁。ついでと言ってはなんで、一つお訊ねしたいことがあるのだが。よろしいか?」

「おう! ここらの事でワシの知らんことはないからみゃあ。なんでも聞いてくれ!」


 快活に頼もしさアピールをする秀吉に、はっはっはと笑う青年は一言訊ねる。


「『奇策師』という方はご存知かな?」


 目的は奇策師(アキラ)か。

 天井まで上がっていた警戒心が、さらに上がって天元突破する。


 アキラの雰囲気が変わったことに気づいたらしい秀吉は、すぐさま舌を回して会話を続ける。


「もちろん! この前の上洛戦では世話になったからみゃあ。礼を言いたかったんだが、何処に住んでんのか知らんくてなぁ」


 と、残念そうに項垂れてアキラに目配せする秀吉。

 アキラは秀吉の猿芝居に釣られて首肯し、アキラ=奇策師に

繋がらないよう演じる。


「なんでもござれ、と言った手前気恥ずかしいが、知らぬことは語れんのでな。いや申し訳ない」

「そうで御座るか。ならば致し方ない。これに関しては他を当たるとしよう」


 頭を下げてアキラ達に礼を言って立ち去っていく青年。その背中を見届け、秀吉は青年に聞こえないくらいの声で言う。


「これでいいか、アキラ」

「ああ、すまん。……織田の人ならまだしも、旅の人に易々と知られるわけにはいかないからな」「」

「ありゃいずれバレるぞ? なんせ清州、ひいては信長様が治める全地域で奇策師・嘉瀬アキラの名を知らない者はいないからな」

「名は知られても顔は割れてない。ならいくらでもやり様はある。あの人、間違いなく俺よりも強い藪蛇やぶへびだからな。下手に刺激したら駄目なやつだよ」


 薮を突いて蛇どころか鬼が出てこられたら、それこそ堪ったもんじゃない。


「アキラは用心した方がいいかもみゃあ」

「そうだな。何処でバレるかわかったもんじゃない」

「や、そうじゃなくてな? アキラおめえ、街中で偶然ぶつかったやつが偶然お前を探してるなんて、()()あると思うか?」


 ……言われてみれば確かに?

 天文学的な確率には及ばないが、それでも何度も偶々が重なるなんて難しい。


「自分の特殊性に自覚を持ったほうがええぞ。お前、多分顔割れてるかもしれんからみゃあ」

「……そうだな。十分気をつけることにするよ」

「おう。ちょっとばかり時間取られたな。んじゃまぁ簪買いに行こうぜ、アキラ」

「おう。優梨には何色が似合うかなぁ」



ーーー



「ふーむ。今日も会うことは出来なんだか」


 アキラ達と別れた青年は、その後も『奇策師』を探し続けたが見つけることは叶わなかった。

 清州城下の宿所で休息を取る彼は、今日起こったことを紙に記しながら残念そうに呟いた。


 いま記しているのは、彼にとって日記帳のような物だ。

 今日起こったことを記し、未来の自分の戒めに、あるいは糧にするための


「……にしても、昼間の彼は相当なやり手であったな」


 昼間の彼。道端で()()ぶつかった彼。

 存在感のような物が人並み以下に薄く、しかし警戒心から生まれた殺気は人並み以上に濃かった男。


 自分のような剣士が放つ真剣勝負で放つ殺気の()()ではなく、

 数多の死線を切り抜け生き抜き勝利した歴戦のつわもの()()だった。


 あれをやり手と言わずして、

 他の誰をやり手と言えようか。


「ふ、くくっ……野に埋もれた草ほど逞しい物はない。彼ほどの大器であれば、或いは――」


 ――()()を、殺せる――

 

 ――かもしれない。そんな気がしてならない。

 奇策師に会う目的の一つ。ヤツを殺す。その計画の一端を、もしかたしら昼間の彼に任せることが出来るやもしれない。


「困ったな。『奇策師』とは別に、この地に留まる理由が出来てしまったで御座るな……」


 この偶然の出会いは、天からの贈り物か。

 であればいずれ、否、いずれと言わず明日からでも、彼と親交を深め、この出会いを大切にしなくては。



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