64話 戦乱の世の婚姻
本日1565年12月初め。
外はすっかり冬の模様となり、寒気が戦国の熱に冬眠を知らせる中。
唯一魔法で暖かくなった嘉瀬家の一室では、冬の寒気とはまた別の意味で空気が寒くなっていた。
「どういうつもりだ辰之助」
「どういうつもりもこういうつもりも、千代に言った通りですよ義父上」
平然と返す辰之助。
歳が近いこともあり、普段の2人の会話には友達のような親しさがある。
しかし今回アキラは敵意剥き出し殺意マシマシ。少しでも理性が欠けていたら殴りかかっている程だ。
「誰が義父上だ誰が。小さいうちの娘に唾付けたんだってな。利家ばりの幼児性愛者かテメェ?」
「俺は前田殿のように小さなうちに孕ませるつもりはありません。妻とは秘めて愛でるもの。初めのうちは豪胆にするつもりはありません」
「問題はそこじゃねんだよな。うちの娘を誑かしたってトコが問題なんだよバカタレェ!」
バンバン! と台パンするアキラを、辰之助は真顔で受け止める。
別に辰之助のことは嫌いではない。むしろ信用している。
妻を娶れば一生添い遂げ、幸せに出来る男だと思ってる。というか史実がそうなっている。
史実で出来たことを現実で出来ないわけがない。だがそれとこれと話は別。
いくらうちの娘が可愛いからって、十歳下の少女に告白する成人男性の図を見せられてみろ。パパ吐いちゃう。
「それほど嫌なのですか?」
「当然だろ。光に群がる虫は叩くに限る」
「虫扱いとは、それほどですか」
「お前も父親になれば気持ちがわかるよ」
世の中のお父さん。
いつも本当にお疲れ様です。多分違うベクトルですが、貴方達と似た辛さを経験しております。
目の前の娘を奪おうとしている男は、例え友人だろうとぶん殴りたい。まじで覚悟しろよ辰之助。
……
「俺としては、娘が幸せになるならそれでいいがな。なんというか、父性的なアレで認めたくないんだよ」
「さては相当厄介ですね?」
「いや全然。早婚の重要性は理解してるし、むしろ同情してるくらいだからな。…………お前に」
それに俺が認めたとして。もっと厄介なのは母親の方である。
絶賛脳内お花畑を拗らせ中で、恐らくどうあっても幼い娘の早婚を認めない。この場にいない嘉瀬優梨は立腹中である。
「登竜門が多いですね」
「人の娘と結婚するって、そういうことなんじゃねえの」
知らんけど。
塾の娘を娶ろうなんて考えてるんだ。これくらいの試験は覚悟してもらわなければね。
まぁ、関門一つなく結婚に至った俺がやることでもないのだが。それはそれ、これはこれである。
「ま、どんな形であれ友人の恋路だ。応援はさせてもらうよ」
「般若の相で言われても怖いだけですよ」
アキラは再度辰之助を睨みつけ、言葉で答えず表情で答える。
辰之助の意思が固いのなら、俺はその意思を尊重しよう。もしかしたら千代が振り向くこともあるかも知れない。
ーーー
「――ということがあったんですよ」
「良いではないか。武家と血の繋がりを作るのは良いことだぞ」
アキラの報告を聞いた信長は、この婚姻を歓迎するように言った。
京都を将軍に明け渡し、光秀ら幕臣に後事を託して美濃に帰還した信長を出迎えたのはいいのだが、まさかこの話を知っているとは思わなかった。
家臣の婚礼事に関わるため、信長としても黙っていられないらしく報告を求められたアキラは状況を事細かに話したらこれだ。
「そもお前は武家と関わらなすぎている。これを機に武家と血脈のも良いだろう」
「いや血の繋がりとかそういうのはどうでもいいんですけど……娘を取られるのは嫌なんすよ」
「……やはり貴様はあれだな。どうにも常識の違いがあるな」
時代の風雲児にだけは言われたくない。
でも俺の感覚って全部20世紀由来のモンだしな、常識違いという意味なら、間違いなく俺の方が間違っているのだろう。
チクショウ。この魔王様、まったく反論の余地を与えてくれないじゃないか。
「側室を持たず、父が娘の婚姻を認めない。まさに我が目指す平和な世のような考えであるがな。いまは容易に血が流れる時代だ。早めに血を子に残して損はないぞ?」
「うーん……それはわかってるんですけどねぇ」
人間五十年。
下天の内をなんとやら。
人の早逝が多い世で早いうちから子を成す道理は、まぁわかる。
千代のことを考えるなら、辰之助と婚姻させた方がいいこともわかっているのだけれど……
「ならば我が直々に祝うというのはどうだ」
「……なんの得があるんすか、それ?」
「無礼であるな。大名が祝うというだけで箔が付くものだぞ」
知らないよ。
祝うったってそんな大それたコトするわけでもないだろ。
そういや秀吉と寧々ちゃんの時も来てたんだよな。もしかして飲みたいだけなんじゃないのか魔王様?
「酒樽の用意をしよう。参謀殿、貴殿は何が飲める?」
「実は酒精に弱いタチでして。せっかくの酒も飲めないと言いますか……」
「ならば蜂蜜酒だな。にごり酒や清酒は、ちと貴殿には辛かろう。せっかく京から持ち帰った上物だったが致し方あるまい。甘い酒から口にするといい」
信長が嫌にアキラに酒を勧める時間は、ここから始まった。
ここから夏酒と冬酒の違いだの、
古酒は飲めば良さがわかるだの、
飲んでないやつが混乱する事ばかり話始める。
近くに控えていた小姓達が割って入り、地獄のような戦国酒アメトークから解放されるのは数刻後の話である。