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63話 パパ、動きます。

 アキラと優梨が誰にも知られず密かに婚姻してから、一ヶ月ほどの時が流れた。

 その間は信長様からの呼び出しもなく、久方ぶりの休暇を楽しんでいた。いや呼ばれる方がおかしいんだけどね。


 そんなわけで今日の塾を終え出来た暇な時間。アキラと優梨は前田夫妻からお裾分けされたお茶を淹れて啜っていた。


「はぁ、美味しい」

「……まさかお茶を美味く感じる日が来るとは。加齢ってマジで怖いのかも」

「その理屈だと私もオバさんになるからね? やめてねアキラくん?」


 間接的にもオバさん扱いされるのは嫌らしい優梨の圧を受けながら、アキラはちびちびと茶を啜る。おかしいな、肌寒くなってきたぞ。


「……優梨をオバさん扱い出来る人はいないだろ」


 アグノスの加護を受けたアキラと優梨は不老のはずだ。

 どれだけ時間が経とうとも肉体年齢は老けないし、身体や能力に衰えが出ることがない。ヤツとはそういう契約があったはず。


「そうかな?」

「俺も優梨も歳を取らない身体カラダになってるからね。不死じゃないのは解せないけども」


 お陰で5年前から一切老けない。

 というか背が伸びない。


 一応二十代後半に差し掛かってるんだけどな。貫禄とか威厳とか、そういった物が全然身につかない。

 周りの利家だったり秀吉だったり、順調に歳を重ねていってる奴らはすっかりおじさんなんだけども。置いてかれてる気分である。


「ちょっと悲しい?」

「全然。そも俺より何百年も前の偉人だしね、アイツら。友人だけど置いてかれるのは悲しくないよ」


 アキラは歴史の異物。

 現在の、そして未来のイレギュラーなのだ。歴史の教科書を見せられることが怖いなんてことはないな。


「マイナス400歳が過去に死んだ人に何を思っても関係ないしね。不死身じゃない限り人は死ぬし、いちいち感情的になってたら心が持たないよ」


 寿命、戦死、不自然死。

 歴史上に出てくる死を見て都度悲しめるほど感情的になったらキリがない。

 例え目の前で人が死んだとしても、アキラからすれば過去の人が死ぬべくして死んだにすぎない。


 そりゃ救けられるなら救けるが、死ぬべき時に死ぬ人物は殺す。

 桶狭間で今川義元を手に掛けた俺が、今更殺さずの誓いなぞ立てられるものか。


「やっぱり7年前から変わったね、アキラくん。すごく強くなったよ」

「ありがとう。優梨もすごく頼もしくなってるよ。……いや、それは昔からか」

「変わってないってこと?」

「いやそういうわけじゃ……日本語難しい」


 そう言うと優梨はカラカラと笑う。

 揶揄われたのかいま。なんか負けた気分だ。


「父上、失礼します」

「ん。千代か。入っていいぞ」


 談笑の中、遠慮がちな千代の声が聞こえる。

 特に隠し事がないことを確認して、アキラは優梨と視線を交差させてから入室を許す。

 すすすっと狭く開く襖から入ってくる千代は、何処か複雑な感情を抱えているような感じか。


「こっちおいで」


 手招きするアキラに、千代は優梨の顔を伺いながらスルリスルリと近づいていく。


「……? どうしたの、千代?」

「母上……その……」

「私、ここにいたらマズイかな」

「いえ、そういうわけではないのですが……」


 チラ、と千代の視線がアキラに向かう。

 何か言いたげなのはわかるのだがわからない。


「優梨」

「わかった」


 席を外すように視線で伝えると、優梨は即座に理解して部屋から出て行こうとする。


 しかし千代は優梨の退席を見て――


「は、母上! いずれ母上にも言わなければならないことですので!」

「ここにいた方がいい?」

「……はい……」


 ますますわからない。

 言いづらそうにしている癖に、


「先ほど一豊様にお会いしまして」

「辰之助に?」

「その……告白されまして」

「……は? 告白?」

「え?」


 アキラと優梨は愛娘の突然の報告にドギマギする。

 しかも相手が一豊……アキラの3歳下の辰之助だ。現在10歳の千代との年齢差は10歳差。利家のこともあるし、戦国の倫理観では普通、なのか……?


「…………」

「父上、お手数をおかけして申し訳ありません……」

「ああ、いや……千代は悪くないよ。悪いのは時代というか、早婚文化というか……」

「早い! 早いよ、千代! 千代に恋愛は……というか結婚は早い! 辰之助くんをここに呼びなさい!」

「お、落ち着いて優梨……」


 溜まりに溜まった煩悩を最近ようやく消化できた優梨は、愛娘の恋愛早婚が許せないらしい。

 気が早いのはどっちだよ優梨。まだ結婚の話なんて出てないじゃないか。相当頭に花が咲いてるなこりゃ。


「千代はどうなんだ」

「どう、とは」

「辰之助のことをどうおもってる?」


 大事なことだ。

 辰之助が千代のことを好いていようが、千代が辰之助のことを想っていなければ話にならん。

 我が嘉瀬家は武家じゃないんでね。政略的なアレやソレは一切受け付けないんですよお武家様。


「どう、おもっているのでしょう……」

「千代にとっては良いお兄さんみたいな感じだろ、あいつ?」

「そうですね……」


 ぷんぷんと怒る優梨に苦笑して、しかしその言葉を否定せずアキラは千代に言う。


「千代はまだ10歳だ。これから先は俺たちよりも長い。辰之助が千代を好いてるなら待ってくれるはず。ゆっくりと考えて自分で答えを出しなさい」

「父上……」

「それはそれとして一豊には話がある。呼んできなさい」

「ち、父上……?」


 娘にたかるハエは叩き落とさねば。


 パパ、動きます。



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