56話 アキラの魔法
「ひっでぇ臭い……血と汗と排泄物の臭いだな」
「ええ。遺体全てに頭蓋がない。酷い趣味ですね」
首から上がない死体の山は、流れる血が河のように流れる屍山血河となっている。
その上に座る鬼は、遺体を嘲笑うかのように胡座をかいている。晴明が言うように、本当に趣味が悪い。
「……貴様ら、何者だ」
「こら、目上の人には敬意を払いなさい。初代様に習わなかったんですか?」
晴明が煽ると顔を強張らせる。
さながら晴明を恐れるように、先ほどまでの余裕が消え失せている。
安倍晴明って妖怪にとって本当に怖い存在なのか。名前を知らなくても怖がるとかすごいのね。
「ッ……いいだろう。贄が一つ足りず腹を空かせていたところだ。喰らうてやる!」
「威勢だけは認めますが、残念ながら私は戦いません。なんせ今回は修行中アキラ殿の初陣ですからね」
「なに……?」
晴明を睨む視線が、そっくりそのままアキラに向けられた。
ヘイト管理が最悪すぎる。これあの鬼本気になって殺しにくるんじゃない?
「貴様が戦うというのか、小僧?」
「緊張しなくていいですよ、アキラ殿。所詮は室町生まれの餓鬼。悪鬼羅刹が跋扈する藤原黎明期の修行を受けた貴殿に比べれば、子供を食らうしか出来ない神擬きなど相手にもなりません」
「……晴明さん晴明さん。煽るだけ煽って戦い辞すのやめてくれません? ヘイト全部俺に向いてんすけど」
もうメチャクチャだよ。
俺何も悪くないからね。悪いのそこの狐男だからね。……俺に怒り向けないでね!
「いいだろう。まずは貴様から喰らうてやる!」
「言ったの俺じゃねえって! 俺に怒るな俺に!」
「関係あるか! 貴様も同罪だ!」
「理不尽だ!」
言い合いながらアキラは魔力操作に集中する。
あの青鬼との鍛錬中、気付いたことが幾つかあった。
青鬼は魔力による攻撃しか効かない。それ故に魔力操作による魔法攻撃が有効打だった。
優梨にも魔法の使い方が習うこともあったが、そのお陰か一つの考えに至れた。
(――これ、ある程度なら何でも出来るんじゃね?)と。
操術は大地とアキラの意識をリンクして、ようやく使うことが出来るものである。
つまり大地から土を切り離すことが出来ず、いやでも攻撃範囲に制限が掛かってしまう。
それを補うためにアキラは用法を考えた。
主流は大量の魔力を使用して広範囲の大地を操る方法。X軸の次はY軸に、一つ間違えば地割れを起こしかねない方法。他にも試してはいないが考えている。
だがそれら全てはどれも結局制限が掛かる。
そこに無から有を生み出す魔法を組み合わせれば、アキラの操術なら凄まじいシナジーを生み出せるのではないか?
「教わった通りに出来っかな……」
土操術を極めたアキラの魔力量は、神秘の薄まった時代では一、二を争うレベルに膨大だ。
アキラに単純な魔力勝負へ持ち込まれたら儂でも勝てぬ、と役小角と密かに晴明に語った。
他を圧倒する物量と質量。
それがアキラ最大の武器になる。役小角はそうも語った。これがこの世のものではない者の為す技か。
幸い相手の鬼は単純で、少し煽ればすぐに本気になる。アキラは嫌でも本気を出さねばならないだろう。
「見せてもらいますよ、神代に勝る力」
鬼に肉薄される少年には、かつての平々凡々だった面影はない。
ここにいるのは、異世界に召喚され厳しい環境を生き抜いたサバイバーだ。
「まずは攻撃を捌く」
「やってみろ!」
「ああやってやらあ!」
右手を前に、左手で右腕を補強し衝撃に備える。
「『メテオロン』!」
翳した右手の平に小石が形成される。
何千年もかけて行う大自然の営みを、アキラはほんの一瞬で再現してみせる。
まさに超自然。人を食らう鬼の存在以上に、この世であり得てはならない魔物の法である。
「ぬっ……グッ……!?」
人に当たれば即殺必死。
しかし流石は八瀬の大鬼。
前後から受けるスピードボーナスを受けた小石を、少し仰け反り怯んだだけで耐え切って見せた。
「貴様、何をした!?」
「……まじかよ耐えんのかよ……。さて、少なくともアンタの知らない神秘術だと思うよ」
世界には多くの秘術があるように。
日本にも多くの秘術が隠匿されている。
何も知らない者が浅学の穴を埋めるより、知恵ある者が深く読み取る方が困難なほどのである。
思考に意識を割かせて集中を乱そう! ……というような深謀の意図は一切なく。
(やっべぇこっからノープランだどうしよ)
という焦りから生まれたアドリブだった。