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55話 洞の屍山、血河に溺る

「鬼を倒す方法は、大きくわけて二つあります」

「逆に二つもあるんですね」

「日ノ本は鬼が多いですからね。研究され尽くしているのですよ」


 鬼多すぎだろ。研究され尽くすって、どんだけの数が必要になるんだ。

 サラッと思い出しただけで桃太郎、一寸法師、こぶとり爺さんが出てきたな。いや多いわ。


「まず頼光様のように物理で勝つ。最も単純で、最も難しいですね。鬼の力に勝てる人間なんて、そうそういませんから」

「まぁ、それは確かに」


 鬼には怪力のイメージがある。

 なんせ力の強い人には鬼、なんて渾名が付くほどだ。腕力に関しては人間の上位互換だろ。


「もう一つは私や役小角殿のように調伏する。最も複雑ですが、最も容易な鬼殺しです。鬼は腕力は強い分、此方は空っきしなのが多いですからね」


 魔を討ち破ることを意味する調伏。

 だがアキラは呪いの類は一切使えない。二つ方法があるのに、実質一つしか選択肢ないのでは?


「無力化するだけなら方法はいくつもありますよ。毒殺、暗殺、封印……」

「卑劣な方法しかないんですが」

「鬼とは真正面から戦ってはいけない、ということです。首をもぎ取られかねませんからね」


 怖い。怖いよ晴明さん。

 もう少しオブラートな言い方はなかったのだろうか。ないか、事実か。

 ともあれ首を取られないように立ち回れ、ということなのだろう。言い方はあれだが、これもまた一つの教訓だ。


「真正面から戦えない、個人的に時間も掛けられない……速攻で決める立ち回り……」


 何かあるか。何()あるか。


 古くからある概念。未来の戦術。新しく自らか生み出す鬼退治。

 フィールドは山。辺りは夕方。操術禁止。持ち物はなし。風は南から北へかける夏の風。尚、風速はそこまで強くない物とする。言葉にして思いつく限りの環境はこんなものか。


「魔法、いやでも……」

『弟子よ、ここは死地である。迷えば死ぬぞ』

「うぐっ……でも実践経験が……」


 ない。あの青鬼には生かされているだけ。その気になれば殺される。

 経験も乏しく未発達の魔法が鬼相手に通じるのか。上手く行く保証なんかない。


「いずれ使うが必定であれば、違いは僅かに早いか遅いかだけです。用途が鬼退治であれば、それこそ天の時とでも申せましょう」

「晴明さんから見て、俺って魔法使えるように見えますか?」

「私の分野は陰陽術ですので分かりかねます。ですが神秘は使おうと思って使える代物です。ならば才能の有無を問わず使えるでしょう」


 晴明に励まされ、僅かに気持ちが高揚する。

 自分でも使えるのではないか。なんの根拠も論理もない自信がアキラの胸中を支配する。

 単純だと思われるかも知れない。だが新しいことへの挑戦は、これくらいシンプルな気持ちから始まるのも事実だ。


「じゃあやってみます」

「ええ、それがいい」


 師匠と晴明に促されるまま比叡山に挑む。初めての鬼退治だ。死ななければいいけどなぁ。



ーーー



 食い散らされた屍山血河。

 小さな頭蓋を貪る鬼は、一人残った贄を睥睨する。小綺麗だった服は血に塗れ、飛んだ鮮血が模様となっている。

 最早綺麗なほどに咲いた血の華。血の花の上でさながら親指姫のように座る少年は、怯えた様子もなく自らの死地を此処と定め諦観の瞳を眼前の鬼に向ける。


「……」

「ふむ。美味かったのぅ」


 鬼の名は八瀬童子。

 かつて最澄に使役された鬼の子孫にして、酒呑童子と共に京で暴れた悪鬼。

 最澄に使役された善の鬼の面影は一切なく、代を経るに連れて失われていった信心の権化。


 人を食らい飲み干すバケモノ。

 それが八瀬童子という鬼の正体だ。


「娯楽とはいえ、やはりないと寂しいからのぅ。……さて贄よ、草を喰らうて来た贄よ。覚悟は出来ていような?」


 天台宗の総本山たる比叡山は、それとは別の側面を持つ。

 元を辿れば比叡山は山岳信仰の山であり、最澄が開山するこで仏教主体の山となった。


 元の山岳信仰。

 それが歴史の闇の中で次第に変化していき、今や鬼を大地母神の守護霊とした、災害から自分達の安全を祈る宗教となっている。


 近い物といえば太陽信仰だろうか。

 アステカやインカで行われた信仰は太陽に祈るのではなく、太陽を隠す雨が降るように祈る物。

 生贄を渡すから来ないでくれ、と太陽神に祈るような受動的宗教であり、我らに救いを与え給へ、と祈る能動的宗教という側面も持つ。


 鬼が自身達に危害を加えないよう、鬼が欲する物を捧げて鎮め、鬼を自分達の味方にしようとする受動的宗教である。


「飯にもなれないならば、玩具になるしかあるまいて。なぁ、贄よ?」

「っ……」


 鬼が求めるのは人身御供ひとみごくう

 人が求めるのは我が身の安寧。


 人は我が身の代わりに、

 鬼の好む肉を喰らわせ、

 鬼の嫌う草を絶った幼子を供養する。


 故に肉以外を食らい、贄としての責務すらも全う出来ない幼子には憎悪の目が向けられる。


「まずは何をしようかのぅ。髪と爪で楽器でも作るか。案ずるな、どうせまた生える。そういえばこの洞も寂しくなったのぅ。手か足をもいで飾りを作ってもみるか」

「…………」

「何か言いたげよのぅ。だが話すことを許さんぞ。貴様は既に死んだも同然。死人が口を開くのは天地がひっくり返っても有り得ぬことであるからのぅ」


 八瀬童子の言葉に贄の少年は頭を垂れる。

 相手は自分一人では確実に勝ち目のない鬼。ましてや世に出てないとはいえ一宗教の信仰元となっている神の類だ。

 こんなのは神でも何でもない。神であるのならば香香青男かかせおか、或いは――


「随分と傲慢な鬼ですね」

「鬼ってこういうモンじゃないんですか」

「かつては人間種と共存していたはずなんですがね」


 ――コツン。

 簡素な音が響いた。


 洞の中で聞こえるのは水の滴る音か、怪物の哭くような空洞音だけ。

 それ以外の音が聞こえることは一切ない。故にこの話し声と、足を鳴らす音が聞こえるのは異質でしかない。


「貴様ら何者だ」

「一介の陰陽師ですよ。ねぇアキラ殿」

「どうも操術師です」



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