54話 陰と光
配給を終え、少年の通った道を追う。
多くの人が通った道でも、少年の足跡を捕捉することはアキラにとっては朝飯前だ。
アキラの鑑定スキルには二つの応用がある。
一つはアキラの魔力を外界に出すためのポンプ役。つまり『五十の頭脳』の縮小版。大規模な操術を扱う際、或いは結界眼を使う際に重宝する。
もう一つは長期間の追跡。短期間なら操術だけで事足りるが、時間が経てば足跡は消える。
鑑定スキルでは大地の鑑定も可能だ。地脈、地質、岩盤構成など割と細かい数値まで確認できる。
常に行使すると頭が痛くなる。
故に使うのは極稀だが、使えば使うほどアキラの知識となる。そして比例する魔力量へと還元され、次の勝負の糧となる。
話が逸れたが、使うのは後者だ。
圧倒的に情報量を頭に流し続け、頭痛に耐えながら少年の行方を探し続ける。
「嘉瀬さん、何してんだろうな」
「瞑想だろ。知らんけど」
外野がうるさい。無視だ無視。
余計な情報を入れるな。無駄を省け、集中しろ。
「――よし、みっけ」
記憶していた少年の足跡と、完全に合致する足跡を発見する。
これを追えば、あの様子がおかしかった少年と会うことができるだろう。
「足跡は――山の方に向かってる?」
方向は嵐山……いや、比叡山?
え、遠くない? そんな歩いてきてたの?
「行ってみる……か?」
遠いなぁ。流石に遠いなぁ。
そろそろ信長様も京に到着するだろうしなぁ。怒られるの嫌だなぁ。
「…………いいや、行こう」
いざ比叡山。今世最もキナ臭い寺社仏閣。
ーーー
比叡山延暦寺。
最澄に伝えられた天台宗、その総本山となる文字通りの山である。
元は山岳信仰の山であったとされ、そのお陰か比叡山には多くの寺社仏閣が存在する。その全てを総括して比叡山延暦寺と呼ぶ。
朝廷の権威を藤原氏から取り返した白河上皇をして『加茂川の水、双六の賽、山法師、是朕の意に従わぬもの』と匙を投げるほどであった。
ちなみに信長最大の敵である本願寺とは関係ない。
と言えば少し違うが、本願寺の浄土真宗、延暦寺の天台宗は宗派が違うだけで、どちらも大乗仏教を信仰している。
しかし関係は険悪で、比叡山が本願寺を焼き討ちする事件もあったりする。和解はこの焼き討ち事件の後、山科本願寺の戦い後となるのである。
ーーー
とまぁ、情報を纏めてはみたが。
やはり戦国時代の仏教はあまり関わりたくない。意に沿わなければ仏敵、添えば金を払えとヤクザのそれ。
かつての教えはとうに錆び、もうやりたい放題なのが現状である。なんで僧侶が民にたかるんだよ、教えはどうなってんだ教えは。
「――さて、比叡山についたわけだが」
ここからどうしよう。
忍ぶか、堂々と行くか。時刻はそろそろ酉の刻を迎えようとしている。太陽は西空に沈みかけ、空は既に茜色。
この時間から登山は流石になぁ。怪しまれるよなぁ。延暦寺って出家した貴人もいるっていうし。捕まるかなぁ。
「こっそり行くかぁ」
「――もし、そこの若人」
「……えっ……?」
ポンと肩を触れられる感覚。
アキラの察知に引っ掛からず、ここまで至近距離に近づかれたことに戦慄し、アキラは息を詰まらせる。
「延暦寺に行くのはやめなさい」
漸く人の気配。
意識していないと気付かないレベルの隠密。この老齢な声の主は相当の手練れだ。
「何故、ですか?」
「いま登れば鬼に食われましょう。恐らく大江山から流れた鬼、頼光様も爪の甘い御方ですね」
敵意はないが人気もない。まるで幽霊でも相手にしているようだ。
「頼光……」
「知りませんか? 源頼光。日ノ本で最も強大な鬼を倒したお武家様ですが」
「名前だけは……金太郎で」
頼光四天王は聞いたことがある。
大江山の酒呑童子を倒したとか。
「金太郎か。懐かしい、頼光様の権威を上げるために依頼されて執筆しましたね」
「懐かしい……執筆? ……それで、貴方はどなた様です?」
「既に推測していますでしょう。それが私ですよ」
狐色の髪で柔和な笑みの青年。狩衣を纏うところ陰陽師の類に見える。そして童話を執筆したという辺り、恐らく天照様に呼ばれた過去の人――推測すると、
「安倍晴明、ですか?」
「大正解。安倍宿禰晴明。日本に比類なき超凄い陰陽師です」
ーーー
「予想は付いているでしょうが、私も天照様から嘉瀬アキラを庇護をせよ、とお達しを受けています。所謂、守護霊の役割ですね」
「守護霊、ですか。……すごい人が付いたな」
「私なぞ、まだ序の口ですよ。これからも貴方は多くの傑物と出会うことになりましょう。私の“目”にはそう映っています」
安倍晴明がそう言うのなら、そうなのだろう。
ものすごい便利な言葉だな。『安倍晴明が言ってた』って。
「役小角様とも交流があるそうですね」
「師匠ですか? まぁはい。しごかれてます」
熱田からも伊勢からも遠くなったアキラは、ブチ切れた役小角から常に思考を続けるように言われている。
お陰で寝てる時に針を刺す痛みを感じて、飛び起きて恐怖したのはトラウマだ。寝る時くらい許してくれよ師匠。
「あはは、では貴方を覆うこの呪いは役小角殿の物ですかね。解かなくて良かったです」
「……え。呪い? 俺呪われてるんです?」
「ええ。すごく精密に編み込まれた呪いですよ。解くのは厄介ですが、死ぬわけでもない呪なので放置していました」
痛みの正体、絶対それだろ。
まじであのクソジジイ。対面したら質量の暴力で一回ぶん殴ってやる。そう言えば思考を読まれてる可能性あるんだった冗談ですよごめんなさい師匠。
「……聞かれてなかったか。よかった」
「役小角殿は出雲国にいるらしいですから。きっとお忙しいのでしょう」
「……なんで島根にいんだよ」
出雲というと出雲大社だろうか。
社巡り好きね、おじいちゃん。熱田だったり伊勢だったり、弟子にも押し付けるじゃん。
『聞こえておるぞ』
「ごめんなさい師匠」
『安倍の坊主に免じて許す。だが次があると思うでないぞ?』
「あい」
聞いてたんかい。
心臓が突き抜けるかと思ったわ。
『安倍の坊主よ。聞こえておるな?』
「初めまして役小角殿。ご機嫌如何ですか?」
『御託はいい。延暦寺まで来ているのだろう。弟子よ、いい機会だ。延暦寺を昇る鬼の討伐を命じる』
まさに今止められたんですけど。
そう反論しようとするも、先手を打った役小角によって言葉を断ち切られる。
『試練は乗り越えてこそである。良いな、弟子よ』
「まじですか。この師匠やっぱ怖え」
いざとなったら操術を使えばいいか。
山は超質量の土によって構成されているのだ。その土を思いっきし使えば、どんな相手だろうと……
『操術の使用は禁止とする』
「詰んだわどうしよ」
「……やれやれ。ウチの師匠よりも厳しそうだ」
アキラの制約
・操術禁止
・結界眼使用不可
・刃物等、武器なし
・総じて魔法のみ使用可
・フィールドは敵のホーム
さてどうする。