53話 乱取り許さず、慈悲の心を
「比叡山を敵に回したってことかよ兄弟」
「うん。やっちゃった」
「何してんだ、まったく……」
京周辺に駐留中の織田軍に合流。
信長様に代わって軍の総大将を務める利家の下へ帰参したアキラは、京内部の状況を報告をする。
「兎に角、まぁ酷いモンだったよ。ありゃ国とか街じゃなくて掃き溜まりだな。何処も彼処も薄暗いくせ、坊主が大きい顔を利かせてやがる」
寺を事を構えるのは武家としては最悪だが、アキラが武家ではない以上そこは好きにやらせて貰いたい。
とは言うものの、彼方に顔が割れているのは痛い。織田の迷惑を気にかけるなら、アキラと比叡山がかち合うのは少々厄介な事態となった。
「話聞いた感じ、一人で撃退出来たんだよな?」
「まあな。お前との鍛錬の日々が役に立ったよ」
「ぜってぇ関係ないとは思うが……それでいいならそれでいいや」
いいのか。それでいいのか総大将。
思考を捨てた利家に、アキラはある種の困惑を覚える。
それよりもだ、と利家は言った。
「治安維持の為に必要な法はねえか?」
「まずは三好残党の掃討だな。信長本隊が近づけば京からはある態度逃げ出すだろうけど、残る輩は残る。並行して衣食住の配給だな。特に住処がないのは頂けなかった。疫病が発生すればすぐに壊滅するぞ」
病は街から発生する。
住処のないホームレスが跋扈し、人と人との物理的な距離が狭まれば感染拡大のリスクがそれだけ大きくなる。
おまけに医療が発展していない戦国時代だ。身体のソーシャルディスタンスは、何よりも必要とするだろう。
「ここら辺は言うまでもないとは思うけどな。あの魔王様のことだ。既に周知して対策も考案してるだろうさ」
京で基盤を確立するためには、やはり京の民の支持を獲得することが最優先。
「利家、今から言うことを文字にしてくれ」
「おう、いいぜ。何を書くんだ?」
「急かすな乗り出すな顔が近い。あれだよ、お前にとっては常識みたいなコトだよ」
「常識?」
そう常識。平成の感性を戦国時代に押し付けてやる。
ーーー
「おい織田様の立て看板見たか?」
「織田の兵達に暴行や略奪の一切を禁ずるってやつか?」
「ああ。俺達にも見えるように規律してんだ。きっと悪いようにはされないさ」
利家に書いてもらった立て看板。
主な内容は三つ。
一、上洛軍の乱取りを禁ず。
二、三好残党を見つけ次第報告の義務を課す。
三、以上を破った場合は鋸挽き刑に処す。
信長が入京すれば多額の褒賞が出る。
その恩賞が貰えるのに京都で暴行を行おうとする輩は死刑。三好に取り入ろうとする愚かな輩も死刑。
つまりは二重の責を課したのである。
「はーい、配給所始めますよー」
「おお! 仏様がいらっしゃってるぞ! 皆んなを呼んだこい!」
「急げ急げ! 無くなるぞ!」
「無くならないから走らないでねー」
配給所、開店である。
ーーー
「やあ、来たんだね」
「……」
昨日の少年。
渡した茶碗と皿を持って返しに来た。今日はきちんと並んできた。
「美味しかった……です」
「そうか。じゃあちょっと待ってろよ」
お椀を受け取って味噌汁を注ぐ。
皿を受け取ると茄子の煮浸しを盛る。
最後にもう一つ茶碗を出して玄米を盛る。
「今日は玄米ご飯と茄子の煮浸し、あと野菜たっぷりお味噌汁だ」
「え、あの……」
「明日もやるからな。また来てくれよ」
「も、貰えません……僕は……」
少年は吃り始めるが、こうなっては後ろの邪魔だ。
アキラは顔を伏せる少年の頭をポンと一つ撫で、顔を上げたところで言葉の仕切りを作る。
「明日もやるからまた来いよ」
「…………はい」
アキラの意図を察したのか、少年は引き下がった。
様子がおかしいのは気付いたが、それに深くは突っ込まない。いまは此方で忙しいのだ。
……けどまぁ、一応後で見に行くか。
何があるのかは知らないし、解決しようとも思わないが。念のため確認しに行くのは問題ないだろう。
「……鬼が出るか蛇が出るか、か」
「嘉瀬さん! 客が押してます!」
「はーい、少し待ってくださいねー」
いまはそれよりもこっちだ。