52話 釈迦に説法、仏僧に暴力
見つかったかぁ。
まぁこんだけ大きな騒ぎをしてればなぁ。見つかるとは思ってたけど。
アキラに駆け寄っていくお手伝いさんを目ざとく見つけた僧兵は、ドスドスと大きな足音を立てて寄ってくる。
「貴様がこの支配人か!」
「ええ。食べていきますか?」
「食うわけあるか、あんな物! とうに捨ててやったわ!」
「……捨てた?」
僧兵の見る方向を見ると、釜ごとぶちまけられた豚汁。そしてその砂を食らってすっかりダメになってしまったアジがあった。
「……」
「肉食は仏門の教えに反し、桓武天皇の禁止令にすら反する行いである!」
「だから、何?」
「は……? 貴様、自分が禁忌を犯してる自覚がないのか?」
「あるわけねぇだろ。ヴィーガンか、テメェ? いやヴィーガンでも肉は食ってんぞ」
捲し立てるアキラの頭に青筋が立つ。
豚汁をこぼされ、焼き魚をダメにされ、かなり立腹している。僧兵と対峙するアキラを前に、お手伝い達は慌てるしかない。
「大体仏教ってのは命の尊さを説いてるんだろ? その高尚な比叡山の仏教徒様が、こんな派手にぶちまけやがってさ。この中で使われた食材の尊さも考えてねえの? バッカじゃねえの?」
「き、貴様、言わせておけば……!」
「言わせてるんじゃなくて言えないの間違いじゃないですか? 自分でもちょっと気付き始めてるでしょ」
そう言って配給列に並んでいた人達に目を向ける。
恨む目やら戸惑いの目やらが此方に注がれている。そりゃそうだ。比叡山の暴力が怖くて仕方ないんだからな。
「くっ、この……!」
「危ない!」
僧兵が持っている笏丈を振り上げる。
口で勝てなくなったら暴力。この時代の僧侶はこんなもの。口より力。だから嫌われるんだよ。
「操術式、展開」
狙いは此方から見て左方向の頭蓋。
思い切り振り上げてるところを見るに殺意があるようだ。なら相当力を込めてくるだろうな。
問題ない。
魔力を地面に回す。
ポゥと光る足元を確認して、アキラは防御の一手を計る。
「ピラー」
超絶細い土の柱。
笏丈と当たるとガキィン! と音を立て弾いた。さながら鉄と鉄がぶつかったような音だ。
アキラの魔力を大量に流した特注の柱は、硬い笏丈の一撃を受けてもビクともしない。この程度ならへっちゃらだ。
「はい残念」
僧にも聞こえない程度で煽る。
一瞬何が起こったのかわからなかったらしい僧兵は、弾かれた笏丈をもう一度振り上げる。
馬鹿の一つ覚えの一撃が来る、と読んでいたアキラは迎撃態勢に入る。あくまで迎撃。防御ではない。
ぶっ飛ばす。
「なっ、ぐぁばぉ……!?」
「ぶっ飛べ」
同じ軌道を描いた笏丈を避け、僧兵の鳩尾に重い一撃をくれてやる。
レベルカンストの膂力を受けてみろ。飛ぶぞ。
「な、なんという剛腕……!」
「鬼……鬼神だ……!」
などと、ざわめきだす京都民達。
頼むから鬼◯◯みたいな渾名つけるのだけはやめてくれ。織田家だけでも結構いるんだぞ鬼◯◯。一括りにされたくない。
「今のがアジの分な」
飯の恨みほど恐ろしい物はない。
作った奴のことも考えろ。主に俺。
「次は豚汁釜、一個分ね」
人の域を軽く超えた俊足で、ぶっ飛んだ僧に追いつく。
成長したアキラのフィジカルは、恐らくあの勇者達とトントン。振り下ろしたハンマーにも匹敵する拳が、比叡山の僧に幾度も降りかかる。
「二個、三個、四個、五個……」
ラッシュを加える。
豚汁釜は全部で十個。
「――はい、終わり」
最後に地面へ叩きつける。
ドゴォン! と地鳴りするほどの威力で転がされた僧は、気を失う直前でアキラに水を掛けられ我を取り戻す。
「ここで倒れんな。通行人の邪魔になるだろ。これに懲りたらさっさと山に帰るんだな」
「ぐっ……貴様、ただでは済まさぬぞ……」
「あんだけやられてまだ言えんのか。俺の身元も知らねえくせにどうやって制裁加えんだ?」
「貴様を見つけ出して殺してやる。蝦夷だろうと薩摩だろうと、僧を敵に回したことを後悔するがいい!」
「そっか。頑張れ」
アキラと僧を見守る観衆は、何処かアキラを畏怖するような、或いは尊敬の眼差しを向ける。
だがその中には一つとして、僧を憐れむ感情がない。
一方的に暴力を振るわれた僧に対してこの仕打ち。それほどまでに比叡山は力に驕り、民草から嫌われているのである。
「あーあー、どんだけ嫌われてんだよアイツ」
アイツというか、アイツらと言うべきか。
どちらにせよ、アキラは素性は隠しながらも一個の宗教を敵に回したことになる。
アキラ自身のことは兎も角、アキラの素性が割れて周囲に危害を及ぼすことになったら面倒だ。
まぁいずれ焼き討ちされるし、いっか!