51話 炊き出しですよ
帝都・京。
古から続くヤマト王権の中央部……即ち帝の座する朝廷の置かれる畿内の中心地。
だがいまは三好連中によって掌握されていた。
日本の心臓部とも言えるこの地は未だに三好派の武士が闊歩している。
三好と対立する織田家の武士が入るのは中々に危険だったが、正式な織田家臣とは言えないアキラからすればただの街である。
「……陰鬱としてんな……」
顔隠しのために被らされた袈裟帽子の下から覗く光景は、まさにこの世の地獄にも見える。
「争い続きで飯は無く、あっても武士が戦うために徴税されて、男は徴兵、女子供は食うに困るってか」
路上に横たわる痩せ細った子供や、多少身なりの良いアキラを見る多くの視線は女性の視線だ。
恐らく旦那を失って家を出された乞食なのだろう。こんなに注目の的になって嬉しくないことは他にない。
「…………」
史実の信長はどうだったか。
確か織田家の兵士を厳しく教育し、乱暴狼藉を行う者を処罰していたのだという。
この上洛で躾けられた織田兵に心を打たれた京都の民は、名君・織田信長の京入りを厚く歓迎したという。
「政治の困窮による生活苦か……」
典型的な暴君のソレだな。
今回は戦争のためとはいえ、民衆にとって領地争いなどどうでも良いこと。そのどうでも良いことに駆り出され、オマケに苦しめられる始末。
見過ごすにしては少し、いやかなり抵抗がある。というかこれを見過ごすって人として如何なものか。
いやでも目立つようなことは控えろって言われてるし……三好の兵達の目もあるし……うーむ。
腕を組んで悩む。するとチョン、と服の裾を引っ張られる感覚がする。
見ると痩せ細った体を小汚い服で隠した子供が……ああ、もう……しょうがない! 許せ利家!
「……少年、今から言う物を持ってきてくれるか?」
「……え?」
「持ってきたら美味いもんを食わせてやる」
――炊き出しの時間だ!
ーーー
操術で作った卓の上で、釜の中の水を沸騰させる。この水も火も優梨に持たされた魔石を使った物である。
やはり無尽荷駄壺はチートである。壺を振れば食材が出てくる。食費は浮くし好きな物を食い放題。当方は採れたての新鮮な食材を応援しております。
「はーい、並んでねー。まだまだ沢山あるから前の人を押さないでー」
「こんな豪勢な飯にありつけるとは……」
「ありがたやありがたや」
「あの方こそ仏様の生まれ変わりじゃあ……!」
こんな調子で配給する。
ちなみにメニューは普通の和食。塩をまぶしたアジの焼き魚と具材たっぷりの豚汁。
鍛治師に鉄の棒を借りて大きな簡易グリルを作り、アジはそのグリルの上で焼く。豚汁は何個もの釜で大人数分賄えるように、いくつにも分けて調理していく。
織田家のツケにして3人ほど料理人も連れてきた。
詳しくは聞いてないが、多分相当な額になってると思う。すまん信長様。これも京の統治の為だと割り切ってくれ。
「基本的な調理は俺がやるから、味付けやら何やら諸々よろしくお願いします」
「「「わかりました」」」
そうして配給を済ませていく。
受け取る人達は最初こそ豚肉におっかなびっくりだったが、やがて覚悟を決めたかのように飲み込むと、今度は掻き入れるように平らげる。
この時代、肉食禁止令なる法律が施行されている。
これには仏教的な理由もあるが、基本的には牛馬は農耕用として使われているため、肉食せずに米を耕せ! という法律である。
一番厄介なのはこの法律そのものではなく、法律の内容に託けて絡んでくる仏僧なのだが、それはまた別の話。いまはタンパク質を摂らないとね。
「……ん?」
道の隅で立ち呆けている少年。
見た目は他の子供達と変わらない程の背丈、服装も目立たない麻の服だ。
遠巻きに見ているところを見るに、遠慮でもしているのだろうか。しばらく様子を見ていると配給所を迂回するように離れて行こうとする。
「……あの子、貰いに来てないよな?」
いらないのだろうか。うーむ。
「……お腹空かせるのは良くないな。誰か、ちょっと変わって配っといて」
「え! こんな忙しいのに!」
「ごめんちょっと行ってくる!」
「ウソでしょ!?」
正月にお節料理を作るよりも忙しいのはわかるが、流石に遠慮して食べないのは見過ごしちゃダメだ。
後で今回の日当をアップするように掛け合っておいてやろう。頑張れお手伝いさん。
一杯の豚汁と焼き魚が乗った皿を持って走る。
幸い、見つけてから走り出すのが早かったからか、或いは栄養失調で体力が少なかったからか、すぐに追いついた。
「おーい、キミ! 忘れ物だよ!」
「……?」
「貰いに来たんだろ? じゃあ一杯食べなきゃ」
そうアキラが言うと、ぐぅと音が鳴った。
「ほら、腹の虫も鳴いてるじゃないか」
謙虚は美徳だが、過ぎれば人を滅ぼす。
今だって他人に遠慮して腹の虫が悲鳴を上げた。
(……次は自分で貰いにくるんだぞ)
「!」
少年は驚いた表情でアキラを見上げる。
まさか遠巻きに見ていた自分に気付かれているとは思わなかったか、そんな自分に態々(わざわざ)届けてくれるとは思わなかったのか。
そりゃ渡しますよ、えぇ。
決して取りに来る人が悪とは言わないが、心根の良い子供が損をするのは見ていて嫌だからね。
「んじゃな。明日も配給するから、その皿は明日返してくれよな」
「…………」
呆気に取られる少年を置いて、アキラは元いた場所に走る。仕事はまだまだ山ほどあるぞぉ。
ーーー
元いた場所に戻ると、そこにあった喧騒は無くなっていた。
異様な静けさに首を傾げると、アキラの姿を見つけたお手伝いさんが此方に駆け寄ってきた。
「嘉瀬様! 僧兵が……」
「僧兵?」
白頭巾の黒装束の大柄な男。背丈に合った大きな笏丈持っている。
……ああ、アレが。
「比叡山か」