49話 目指せ死者数0人
箕作城攻めはその日の終わりを迎えていた。
今回の攻城戦では死傷者は163人。内、死者数は驚異の0。旧来の戦史を鑑みても類を見ない戦いとなった。
やっぱり数の暴力と奇策のコンボは最強である。誰が自陣の足元が爆発すると思うだろうか。しかも火薬は少なめなので火力は爆竹程度。
実体を知らなければ妖術と思うしかない。
「さっすが兄弟! 妖術ってのは便利だな、俺にも教えてくんねえか?」
「お前の槍頭で覚えられるわけねえだろ。変な知識を覚えるより槍を振るう方が楽だぞ」
「マジかよ。じゃあ遠慮しとくわ」
そうしとけ。
妖術やら魔法やらなら兎も角、操術に関しては『スキルがあるから使ってる』状況だからな。教えられるモンじゃない。
「で? 吉田出雲守ってのはアンタ?」
アキラが視線を向けたのは、両手両足を縛られて正座させられている武士。
ザ・落武者という感じの丁髷を崩した、月代ツルツルのダンディーなおっさんだった。
吉田出雲守重高。
現代にも伝わる日置流弓術の伝承者である。出雲派とやらに分けられた弓術の開祖なのだとか。
流石にそんな人に死なれたら、ねえ? せっかく新しい技術を興したのに、ここで死んだら勿体ない。
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだ? あ?」
「おい利家、脅すな」
「兄弟、武士ってのは大概頑固なんだ。こういうのは脅さなきゃ声も出さねえぞ」
「いいから下がってろ」
2度言うとようやくアキラの後ろに下がる。
本当に犬みたいだなこいつ。耳が垂れた大型犬っぽい。……あ、猫派です。
「……あれが槍の又左か」
「ウチの犬がうるさくてごめんね? あれでも躾けてる方なんだ。アイツの家内が」
「何、構いませぬ。どうせ留め置かれている命。冥土に下れば犬も吠えますまい」
割と喋ってくれるな。
何が頑固者は喋らないだ。全然喋ってくれるじゃないか。
「でさ。アンタ確か日置流の継承者なんだよな? 次世代に残さなくていいのか?」
「既に子供に託してある。私はここでお役御免だ。近江の民の為、いま果てるが本望というものよ」
「なら死ぬ必要はないな」
「は?」
吉田出雲守は驚いた顔をするが、現実に起きていることなのだから仕方ない。
「織田家の方針でな。乱取りは禁止、女子供に暴力を振るおうものなら死罪って御触れが出てんだよ。自分の命と引き換えに民を救おうってんなら死ぬ必要はないよ」
「な、何故……? 甲斐の武田も、上杉だってそんな事は出来んぞ……!」
「まぁ、濃尾の経済力に感謝だよね。兵士には金払ってんだから乱取りなんてするなって話を出来るんだから」
「そんなことが……」
あるんだよね。これが史実である。
中世と近世の境目を作った男。神を信じた中世を殺した第六天魔王。それが信長だ。
熱心に神を信じて争いが無くなる日を想い、今日の他国を略奪や侵略で身を潤す中世とはやり方が全くが異なる。
「それにおっさんの技術も貴重だからね。せっかく命を拾える機会だ。もっと広めたらどう?」
「しかし……」
「なに迷ってんの。生き残れるなら生き残るに越したことはないよ?」
「……されど武士たるもの、戦に命を咲かせるが本懐というもの」
「あー、なるほどこれが頑固か。じゃあアレだ。武士としてじゃなく武芸者としての意見で聞いてほしいな」
頑固な武将ではなく武芸者としてならどうか。
戦いの中で死んだのではなく、アキラの卑怯な作戦の中で死ぬのならどうか。
それなら死ぬことは出来まい。なんせ弓術者としての戦いで、爆弾を使われて負けたのだから。
「何故、某を生かそうとするのですか?」
「死んでほしくないからだよ。せっかく死者0人だったのに、戦後に死ぬとかアホらしくない?」
「ここで生き残った某が、貴殿らに牙を掛けるとは思わないのか」
「思わないよアンタ武芸者でしょ。上泉信綱とか師岡一羽もそうだけど、やっぱ次の時代を生きて日本を強くしてほしいって思うからね。別組織の因縁とか関係なく」
アキラがそう言うと、吉田出雲守は黙り込んでしまった。何かを考えているようだ。
邪魔しないでおこうと「考えが変わったら呼んでよ」とだけ言って、邪魔しそうな利家に声を掛けようとすると――
「其方、嘉瀬殿と言ったか」
「ん? ああ、うん。嘉瀬アキラ。自己紹介してなかったね」
「勝者に想いを預けるは敗者の務め。貴殿の想いを無碍にすることは出来ませぬ」
「お。じゃあ?」
「この吉田出雲守重高。今より古くより仕えた六角家を出奔し、泥臭くも生き残る所存に御座る」
「マジかよ!」
利家が驚いた声を上げる。
よっし。これで全員生存か?
上手くいった上手くいった。メンタルケアって本当に効くのな。優梨に聞いといてよかった。
当主と家臣の仲が上手くいってないなら、生きる理由を与えるメンタルケアの方法が上手くいくとは言われたけど。
まさかここまでとは。
さすが勇者様。人心掌握術は口伝だけでもかなりの効果だ。
「予想より早く終わったな。どうする兄弟、他の救援にでも行くか?」
「行かない。箕作城が落ちれば他の城兵は動揺するだろうし。被害者0の報を聞けば武器を握る力も緩むだろ」
「なるほどな。城の防御も柔くなるってか。そこまで考えてたのか兄弟!」
「ごめん適当に言ったんだけど信じるとは思わなかった」
「なんだ嘘かよ」と飽きたように馬に騎乗する利家。恐らく秀吉や佐々殿でも労いに行くのだろう。
しかし適当に言ったけど、いまの策は割とアリだな。アキラは六角の旗印を見る。……思いついた。
「元六角兵の皆さーん。ちょっと先着おひとり様にだけ一攫千金のお話があるんですけどー」
そろそろ参謀殿らしいことしないと。